01「幼子と老執事」
「Alle Mitgliederーー」
石壁に木霊す少女の声。口にするのは目覚めの言葉。
ほらいつまで寝てるの?お前らで床が汚れるだろうと苛立ち混じりの声だ。
「aufwachen」
少女の使い魔によって運ばれてきた気を失った人間ども20名が目を覚ました。正直意味はないが、既に拘束の措置はとってある。そんなものなかろうが、私の前ではこいつらの命なぞあってないようなものだが。
「う、どこだ……ここは」
光沢のない金のような色の壁に、紅い絨毯が敷かれた部屋で彼らは目覚めた。見たこともない場所に驚きを隠せないようで、キョロキョロと見渡していた。
漆塗りの椅子に座る少女の一歩下がったところに、黒い礼服に身を包んだ老執事が立っているのを見てからようやく体の異変に気づいた。
「ああ……くそ……!からだが、動かね!」
20人の男どもはどこも拘束されていないのに起き上がることが出来ず、ただもがくのみ。
そんな雑魚どもに少女は冷ややかに問いかける。
「そこの、しょっぼい得物を持って何用で参ったの?」
幼い見た目に反した汚い言葉に驚愕をもって動きが止まった。
しょっぼい得物とは、そこら辺に転がっている銃や拳、十字架型のハンマー等々、彼らにとっては最高と思われる武器たちのことである。防具はヘルムを含め奪われていない。
金の髪に紅い瞳。黒を基調としたフリル付きのドレスが白い柔肌を一際引き立てる。
そんな見目麗しい幼子が怒りを露にする。
「貴様らは私に不干渉を一方的に押し付けてきやがったくせに、のこのこ領地に侵入してきやがった理由を聞いてんだよ!」
怒りに少女が降り下ろした腕の延長線上の床に、10mほど亀裂が入る。そしてその感情だけで建物を揺らしてみせ、石の破片がパラパラと赤いカーペットに落ちた。
街で猛者を語る男どもは竦み上がるばかり。しかし、一人だけ震えながらも答えた者がいた。
「ーーッお前に……!お前にユナが殺されたんだ!!だから俺はお前を殺すウ!!!」
どれだけ力を込めても、感情に任せて動こうとしてもその体は微動だにしなかった。感情と力は比例しない。出せたとしても人間の能力では無理な話だった。一向につりあいを見せない力では、土の中に埋められてしまったかのように一切の行動ができない。僅かに鎧が擦れる音が響くのみだった。
「だぁれが、人間なんて不味いもん喰うかよ!!そりゃ私じゃねえ。私はもう何年もこの城から出てねえぞ」
こういう、状況が掴めない中でも騒げる奴っていうのは、パニクっているだけだ。能力があるから喚くことが出来るなんて評価してはいけない。混乱した奴ほど煩いものはない。一度力の差を見せつけてやったほうが効果覿面に黙らせることができる。恐怖は従順にさせるというのを実践しようじゃないか。
「お前以外に誰がーー!!」
この混乱した人間だけ拘束を解いてやった。
「いるってんだよおおおおおおお!!!!」
動きを取り戻したという事実に、周りの人間は一瞬硬直したあと、「俺だって!」という掛け声と共に力を込める。「ぐぬぬぬぬ」「うおおおおおあああ」と叫びまくり……叫びまくりました、まる。自分もとか言いながらその様!笑。めっちゃ笑えるってもう笑ってた爆。
なんて幼子が心の余裕を見せる中、自由になった青年は迫り様に近くにあったロングソードを拾い上げ 、少女へと振りかざす。
「……」
少女は腰に携帯していた小太刀でロングソードの刃を柄の根本から切り落とし、その刃が青年頭上を放物線を描いて越えて床に刺さるときには、金属製の薄く加工されたヘルムは八つ裂きにされていた。
露になった青年のーー元は爽やか系なのだろうーー憎悪に歪んだ目先に小太刀を突きつけてやった。
一瞬の出来事に呆気にとられたあと、青年は一目で分かるほどの脂汗を吹き出していた。それは恐怖していることの証拠でもあった。そして恐怖とは、伝染するものだ。未だ拘束されている者たちも、今は静かに状況を見定めようとしていた。
くわんくわんと、刃が音を立て、物理法則に則って静止した。
「で、何人やられてんだ?私のとこに来るってことは、生半可な数じゃないはずだ」
人は私達を大層恐れている。だからもう、何十年も前に街に来ないでくれと嘆願され、それを守っている。自分達から持ち出したことを、人数的に考えて上からの命令でなく個人的に、それも他の人間にも被害が及ぶだろうことも考慮したとしても裏切る程には被害が大きいはずだ。
死を前に、青年は答えることしか出来なかった。
「20人だ。ここにいる者たちは……全員被害者と縁があった者たちだ」
「あ、そう。思ったより全然少ないねぇ」
20人と聞いて浮かんだのはこいつらの数だ。親族とか、そういうのも本当なのだろう。ならばその、ヘルムに隠された憎悪に歪む顔も頷けるってものだ。
「……兵士と騎士は、街と国に忠誠を誓ったとき生者の枠から外される」
つまり、死人扱いされるってわけね。嫌な身分。守ってもらいながら死人扱いするなんて、何時の間にやら、人間も格が落ちたらしい。
「兵士と騎士を合わせれば、200人は殺られた。あれはバケモノだ。直接は見てないが、ここいらでバケモノと言えば、お前しかいない。だからーー」
「あ、そう。でもその反抗的な態度はいただけないわね」
睨み付けてくるその視線の前で小太刀で悠然と円を描き、首を斬るモーションをとる。
「見る限り、あなたも、てめーらも兵士やら騎士やらみたいだけど……ふふ、死人ならどんな扱いされても文句は言わないわよね」
誰かが固唾を飲む音がする。体は動かない。ならば後は死ぬだけだろう。そもそも彼らは死ぬ覚悟で来たのだ。兵士と騎士を最低200人は殺っているバケモノを相手に生きて帰って来ようなんていう覚悟をした者はこの場にはいなかった。故に平然と訴えてくる。殺るなら殺れと。
「はあ、てめーらどんだけ死にたがりなんですか。めんどくさ」
幼子は小太刀を鞘に収め、ぱっぱっと手を振り払う。
「半分残れ。もう半分は街に戻って誰か殺されたら来い。それで分かんだろ」
気付けば全員体の自由を取り戻していた。彼らの一人が、誰が残ろうかと問いかけようとした所でまた飛び出す者が現れた。
「ああおあああああおおおああ!!!!!」
再び小太刀を振るう。今度はロングソードは斬らずに受け止めた。
「お前らああ!!殺されたんだぞ!!娘を!!!ううううがああああ!!!死ねえ!!お前も死ねよおおおおおお!!!」
「ケルディ」
「はい」
背後に控えていた老執事がすっと気配を現した時には、無謀にも突っ込んできた男は気絶していた。倒れ伏すその姿を見て、意外にも冷静に考えるのだった、自分達が死んでいないことから考えて探しているバケモノはこいつではないと。そして同時に思うのだ、こいつらもまた、バケモノであると。
「あと9人。残る奴決めてね、速やかに」
「……紅茶でもお出ししましょうか?」
老執事の問いかけに幼子が深く、深くため息をつく。
「はあああ……ったく、ケルディ。今の閉め所じゃない。物語で言うなら次への場面転換の台詞よ……まったく。20……いや私とケルディのも合わせて22持ってきてちょうだい」
かしこまりました、と音もなく老執事はその姿を消した。
「飲み終わるまでに決めてよね」
締めるまらないなぁと、幼子ーーメイディは再度ため息をついた。