第1話:城への招待状
私の売り渡しの交渉はほんのわずかで終わった。
みなしごの命なんて、その程度のもんなのだ。
こき使えるだけこき使われ、その後どっかに売り飛ばされるのが孤児の運命ってやつ。
けど私は、ここに来た時からずっとこの日を待っていた。
キツーい肉体労働と大嫌いなおかみさんから解放される日を。
ここでの生活ときたら本当に散々だった。
朝から晩までこき使われ、茶碗一杯もないご飯に、薄っぺらのボロ布団。
水一滴さえもらえない日もあった。
この家から出て行けるならどこでもいい。たとえおかみさんの次に嫌いな侍のもとへだって。
ここよりはマシに違いないから。
「わははは!よくやったなお前たち、これでわしらへの褒美は確実だ」
ひげ面は足取り軽く先頭を歩き、私は下っ端の侍に取り囲まれるようにして外に出た。
横にはさっきの若い男がいる。さほど年は変わらない感じがする。
だからって親近感が湧いたりはしない。こいつも侍なんだから。表には城の旗を背負った馬が停められていて、その周りにはざわざわと巨大な人だかりができていた。
私が出て来るとどよめきがいっそう大きくなった。
「なんであんな娘が?」そう囁くのが聞こえた。にらみ付けると女たちは目を逸らして何くわぬ顔をした。
男は荷物を取ってこさせようとしたけど、私はいいと言った。
荷物になるようなものなんて持ってないから。
おかみさんは自分の着物やかんざしを買うのにお金を使いまくるので、私たちにお金がまわってくることはなかったのだ。
この着物だって何年も着続けてるからすっかり小さくなってしまっている。
下っ端は哀れむような目で私を見たけど、男は
「そうか」
とだけ言った。
「その子はどうする?わしの馬に乗せるか」
ひげ面の上機嫌な声が飛んできた。
げっ、こんなオヤジと乗馬なんてまっぴら。
「いやっ!」
私が叫ぶと、ひげ面の顔がピキッと固まり、場の空気が凍り付いた。下っ端たちは寒くもないのにカタカタ震えている。
若い男だけが落ち着いていた。
「突然のことで気が動転しているのでしょう。馬が走りにくくなりますから、俺が乗せて行きます」
「おお…ゴホン。まあ、そうだな。そうしよう」
ひげ面は機嫌を取り直して、自分の馬にぴょんと飛び乗った。
いきなり小太りが自分の上に落っこちてきたので、馬はグヒッと苦しそうな声を出した。
「お前はこっちだ」
内心スカッとしているところを男に引っ張っていかれ、私はやや乱暴に馬に乗っけられた。
「あいたっ!」
鞍は信じられないほど丈夫だった。ジーンと痛むおしりに手をやる暇もなく、はあっ!という掛け声とともに馬は走り出した。
たくさんの馬が走る音が、ドドド…と地響きのように聞こえた。
「あまり世話を焼かせるな」
うしろにいる男が小声で言った。
「今のお前は売られた身だ。立場をわきまえろ」
「侍相手に立場もくそもないわ」
私は必死に鞍にしがみつきながら言った。そうじゃないとお尻が毬みたいにポンポン跳ねてしまう。
「嫌いなのか?侍が」
私はふんと鼻を鳴らした。
「大っ嫌い」
男は嫌いと言われても気にしていないみたいだった。
「残念だったな。お前は今日から侍がわんさかいる所で暮らすんだ」
「わかってる」
私はうめいた。
「で?私の仕事は何?汗くっさい服の洗濯?血まみれの刀ふき?」
「仕事はない」
「…は?」
「そうだな…あえて言うなら、暮らすことが仕事だな」
「どういうこと?」
「行けば分かる」
それ以上は教えてくれそうになかった。
まあいいや。どんな仕事だろうと、今までの暮らしのことを思えばつらいことなんてない。
今一番つらいのは、この揺さぶりに耐えることだ。