演説と紬
今年最後の投稿となります。
(正月はお休みします)
来年もよろしくお願いします。
―現在―
「退いたら負けるということは分かりきっていたというのに、どうして上層部は退くことを命じたのでしょうか」
「俺が本部に向かったのは、それを問いただす目的もあった。ただ―――」
「ただ?」
「いや、こういうことを言っても意味はないが、あの時、戦闘員が一人も退くことなく戦っていたならば、あんなことにはならなかった」
「あんなこと、とは」
「それを、お前に話すために俺はお前に会ったのだ」
―過去―
本部に繋がる四本の橋の上には、バリケードが構築されつつあった。
また、南側のゲート以外のところから運び出されてきた、武器や弾薬などもトラックに積まれて運ばれてきた。
どうやら、上層部は橋より向こう側の居住区を切り捨てるようだ。
だが、そんなことをすれば、居住区に住んでいた人々は住むところがなくなるし、なにより食料品が枯渇するのは間違いない。
なのに、何故。
「何故だ」
そう呟かずにはいられなかった。
自分達の預かり知らぬところで、何か悪い企みが蠢いているような気がしてならなかった。
「もしかしたら、これが作戦の一部なのか」
長田が不意に言う。
「作戦?」
「奴等をわざと引き付けたのか……」
「引き付けたところで、どうなるんだ。どうやって殲滅するというんだ?」
「…………いや、何でもない」
その時、俺達のもとに一人の兵士が走り寄ってきて、正面玄関前に集まるように促された。
指示にしたがって玄関前に行くと、校長が朝礼に使うような台が設置されており、その前に多くの兵士が待機していた。
「何が始まるってんだ?」
悟郎が言うと、英人が、
「死の宣告でなけりゃあいいがな」
と、縁起でもないことを口にした。
不意に、兵士がざわめき出す。
台の上に、一人の男が立った。
男は、大きなマスクとサングラスで顔を覆っており、素顔はほとんど見えなかった。
だが、俺には解る。
司令だ。
「私は、司令の井伊義正だ。諸君の前に現れるのは、初めてとなる」
ざわめきがいっそう大きくなった。
それもそのはずだろう。
不審者同然の格好をした男が司令を名乗るのだから。
そんな雰囲気を感じ取ってか、司令が続ける。
「諸君等が驚くのも無理はない。私は二年前の戦いで顔面に火傷を負い、とても人に晒せるような顔ではないのだ。……だが、私はあえてこの醜い顔を晒そうと思う。諸君に信頼されるため、そしてこの作戦を成就するために」
井伊がマスクをとった。
―???―
倒れた井伊の頭を踏みつけながら、第三班班長はほくそ笑む。
「ふ、ふふふはははははは!」
「な、何を……笑っている?」
「これで、俺は井伊義正だ」
「?」
「この戦いは失敗だ。各方面で撤退が指示されている。自衛隊が集まることは、この先ほぼない」
この男は、班長は考えている。
俺を助けるために井伊を殺したわけではない。
「まさか、入れ替わろうと……しているのか」
「その通りだ」
今後何らかの力によって、世界が再建したとき、彼は班長としてではなく、井伊義正の地位をもってスタートできる。
そして、その事実を、目論見を知っているものは生かされる筈がない。
男は次に、こちらに銃口を向ける。
一難去ってまた一難だ。
「当然、秘密を知るものは死ぬ。お前とて、例外ではないのだよ」
―過去―
井伊の顔。
それは、ゾンビを良く目にしているゲート守備の隊員をも震え上がらせるような顔だった。
「これが、私の顔だ」
誰もが息を呑む。
静寂が、辺りを包む。
周りから、一切の音が消えた。
「そのままで、聞いてほしい。今、我々は危機に瀕している。南側ゲートが破れ、大量のゾンビがやってきた。我々の勢力圏は大きく後退することになる」
井伊は少し沈黙してから、再び口を開く。
「だからこそ、今ここに、作戦の決行を宣言する! 作戦名は、『生屍の境界線』! 本部に繋がる四本の橋にバリケードを設置し、敵を出来る限り引き付け、これを殲滅する。我々は勝たねばならない。この境界線を守り抜け。決して破られてはならない」
井伊の声が大きく響く。
「現在、各ゲートに設置してあった固定砲台を、それぞれの橋に集結させている。全ての戦力を投入すれば、数万体のゾンビでも間違いなく迎撃する事が出来る。加えて、我々は戦車四輌、軍用ヘリを二機保有している。これらの戦力で、ゾンビを殲滅する」
兵士の間にざわめきが起きる。
これまで、戦車の存在が明らかにされていなかったこともあるが、何より、数万体のゾンビを殲滅できると豪語できるというところに、底知れぬ自信を感じたからだ。
「作戦は二日後の朝開始する。それまで、ゲートの補強を進めるのだ」
そういうと、井伊は台から降りた。
―現在―
「……実際、数万体のゾンビを相手にするなんて出来たんですか?」
「敵が決まった方向から来るのなら、簡単だ。来るやつを撃てば、自然と勝てる。背後からの奇襲も無いからな。あそこに残っていた戦力でも十分対抗する事が出来ただろう」
「まるで、対抗できなかったかのような言い方ですが?」
「ああ。ゾンビが『数万体』だったらの話だ」
「しかし、作戦は成功したんですよね? 現にゾンビは日本から消えたわけですし」
「成功といえば、成功だ。だが、俺達にとっての成功ではなかった」
―過去―
俺達は、最初に出会った会議室に戻っていた。
暫くはここで待機らしい。
「『生屍の境界線』か……」
俺が呟くように言うと、紬が口を開いた。
「隊長、どう思いますか」
「どうって……。確かに、戦車四輌に、ヘリの航空支援を受けられるなら、いけなくはないと思うが」
「どっちにしろ、これが最後の作戦だろうな。最期かもしれないがな」
英人は皮肉っぽく言うと、部屋を出て行った。
悟郎は、煙草を吸った後、散歩すると言って何処かへ行ってしまったし、翔はゲームをしてくるからと、休憩室の方へ行ってしまった。
紬と二人きりだ。
「……なあ、紬」
「なんですか?」
「何で志願なんかしたんだ? 志願しなければ、奴らと戦わなくても良かったのに」
「私、弟が『居た』んです」
「『居た』?」
「ええ。奴らに襲われました」
「そうか」
「弟は、口癖のように言ってました。『僕が早く大きくなって、あいつらからお姉ちゃんを守るんだ』って」
「……」
「結局、弟は私を守る為に、奴らに……突っ込んで行って……」
「すまない、辛い話を」
「いえ、いいんです。でも、あの時、私は逃げてしまったんです。弟を助けようとはしないで。最低です。だから、今度は私が、誰かを守りたかったんです」
「……弟さんも、きっと恨んだりはしてないさ」
「そうだと、いいですね」
紬はそれきり黙りこんでしまった。
一人にさせた方がいいかと思い、部屋を後にした。