陰謀とロマン
「……さて、任務について説明をさせて頂きます」
粕男が上目づかいでこちらを見ながら口を開く。
「現在の任務は、ゲートの周囲の警備です。近寄ってくる感染者を処理するのが仕事ですね。行われる作戦がどのような物か――内容は私も聞かされてはいないのですが――とにかく、何らかのアクションがあった場合は、今よりも忙しくなるでしょう」
そういえば、これまでに何度か銃声のようなものが聞こえていた気もする。
人間が集まれば集まるほど、感染者たちは何処からともなく湧いてくる。
鈍器で殴るだけでは対処できない様な数が来た場合のみ、銃を使うのだろう。
そこで、ふと思った。
「なあ、烏はどうやって防ぐんだ? まさか、烏が道路をひょこひょこ歩いてくるわけもないだろ」
ゲートは当然のことながら、空中まで覆う様な物ではなく、単に道路を塞いでいるだけのものだ。
地上を駆ける感染動物や感染者ならともかく、空中から襲ってくる敵など防ぎようがないのではないか。
しかし、粕男はそれに動じることなく、俺の後ろを指差した。
その方向には、戦艦大和の対空砲もかくやと思わせるほどの対空砲陣地が設営されていた。
ヘリに付いていた重機関銃では歯が立たなかったが、あれだけ対空砲があれば、痛覚を感じない敵とはいえ、一瞬で蜂の巣だろう。
「凄いな」
「でしょう? これが東西南北に設置されていますから、対空防御は万全です。このゲートが破られることなんてありませんよ」
「だといいんだが…」
「ゲートの左側にプレハブ小屋があるのが分かりますか?」
「ああ」
「見張りに立つ際の装備は、あそこに保管してあります。担当の兵士の前で貸出書にサインをしていただければ、用意してくれますので」
「了解した。で、いつ俺たちは警備をするんだ?」
「今夜です」
―現在―
「その装備とは、一体どのような物だったんですか?」
「小銃一挺と、マガジンが一つ。あとは無線だ」
「それだけ、ですか?」
「ああ。夜の警備だから灯りがもらえるかと思っていたが、何せアウトブレイクから二年だ。電池もそうそうない。防寒具等は持参だった。もっとも、俺達が冬を迎える事は無かったがな」
―???―
「Shit! 壊滅かよ」
ビルの中からは、もう銃撃の音も、叫び声も聞こえない。
このビルに入った二班はもう俺だけになってしまったらしい。
もしかしたら、どこかで息を潜めているかもしれないが、使い物にならなくなっているのは間違いないだろう。
反対側のビルから聞こえる銃声も疎らになってきている。
制圧が完了しているなら心配はないが、恐らくそうではないだろう。
俺は再びヘッドセットをつけると、ビルから出た。
「隊長。二班は、恐らく壊滅です」
「そう、か」
「一班も連絡が取れないのですか?」
「ああ」
「隊長、撤退を」
「撤退?」
「このままでの作戦の続行は不可能です」
「まだ三班が残っている」
「結局両側のビルの制圧は出来なかったのです。今三班で無理に推し進めても、両側から挟み撃ちにあいます」
「…………」
「隊長」
「三班に告ぐ。『前進』だ。一班と二班は不甲斐ない連中だったが、貴様たちがそうでないと私は信頼している。以上だ」
「隊長!」
「退がれ」
「退けません。このままでは、全滅します!」
「…一つだけ、貴様に言っておく。お前は何故ここに居る」
「隊長の補佐のため、送られました」
「ならば…」
「だからこそ言っているのです! 隊長は冷静な判断が出来ていません」
「私に補佐はいない」
「は?」
「もう一度貴様に言う。『補佐など存在しなかった』のだよ」
隊長が銃を取り出す。
そして、俺に向けた。
「な、何を…」
「自衛隊、碓氷蓮一等陸士は、本作戦において井伊義正二等陸佐の補佐の任務を受け、現地に向かう途中で感染者の襲撃に遭い、殉職した」
「貴様っ!」
銃弾が放たれた。
―過去―
「暇だな」
夜になると、周囲の一切の明かりがなくなり、テーブルの上にある蝋燭の火が瞬いているだけだ。
夜の警備は、特筆することもなく、ただだらだらと過ぎていく。
することもないということは、すなわち何もやることがなく、手持ち無沙汰なわけで、要するに凄く暇である。
「隊長、チェスでもするか?」
「チェス?」
暗闇に目を凝らすと、英人がチェス盤らしき物を持っているのが見えた。
英人がテーブルの上にチェス番を置くと、蝋燭の明かりでそれがチェス番であると言うことがよくわかる。
「そこの棚にあったんでな」
「チェスか。すまん、ルールを知らないんだ。将棋しかしたことがない」
すると、暗闇から不意に声が聞こえた。
「基本ルールは将棋とほぼ同じ。ポーンは最初だけニマス移動できて、斜めの駒をとれる。ルークは飛車、ビショップは角、ナイトは桂馬でクイーンは飛車+角」
翔の声だった。
どうやら、携帯ゲーム機だけでなく、ボードゲームにも明るいようだ。
「ありがとな、翔。じゃあ、やるか」
「ああ」
悟郎と紬が帰ってくるまでチェスを続けたが、英人は中々手強く、勝つことはできなかった。
二時間ほどチェスに興じていると、交替の時間となり、悟郎と紬が部屋に入ってきて、英人と翔が出ていった。
「うわぁー、ここは外よりも暗いんですね」
「そうなのか?」
「はい、今日は、月が良く見えますから」
「月、か」
そういえば、最近月を見上げてなかったなぁとしみじみ思う。
不意に、蝋燭の明かりが消えた。
どうやら悟郎が消したらしい。
「この方が、月が良く見えるだろう?」
「案外、センスがあるんだな」
「こう見えてもロマンチストなんでな」
紬が少し噴き出したのを、俺は聞き逃さなかった。
―現在―
「なるほど、そういった和やかな風景も見られたんですね」
「なにも、殺伐とし続けていた訳じゃなかった。……というよりも」
「というよりも?」
「無理矢理雰囲気を明るくしている感じは伝わってきた。来るべき作戦への不安を消すために、な」




