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因縁と部下

男に言われるがままに、司令室の前まで来てしまった。

知事室と書かれた札がそのままぶら下がっているが、この中にいるのは、県を纏める知事ではなく、この基地内にいる全ての自衛隊を束ね、或いは日本の未来を左右するかもしれない作戦を打ち出す人間がいるのだ。

脇に嫌な汗が伝う。

銃を持った男が三度ノックをし、「連れてきました」と言うと、中から「入れ」という、低いくぐもった声が聞こえた。

俺は思わず顔をしかめる。

なぜなら、その声は俺にとって最高に嫌いな奴の声だったからだ。

耳から侵入して脳内をかき混ぜられるような、不快感に苛まれる。

あいつの声だ。

死んだはずの、男だ。



男が扉を開き、中に通される。

右端にあるのは、革張りのソファとテーブルのセット。

中央に大きめのデスクがあり、その隣にはホワイトボードが置いてあり、この基地の見取り図が簡易的に書かれている。

そして、窓側を向いて座る人物が一人。

その男が口を開いた。


「碓氷、二年ぶりだな」


「お前、生きて…いたのか?」


「長田、下がれ」


男がそういうと、長田と言われた、俺をここまで案内してくれた兵士が部屋を出ていった。

部屋に取り残された俺に、男が顔を向ける。


「!?」


瞬間、俺は全身がまるでコンクリート漬けにされたくらい硬直し、身動きができなかった。

男の顔面は、もはや顔面とは言えなくなっていたのだ。

恐らく火傷によるものであろう傷跡が顔面を覆っている。

奇怪な肉塊の中に、鋭い目と鼻らしき突起物、そしてナメクジみたいな口が乗っかっている。

直視できないほど酷い顔だったが、この二年間多くの死体やゾンビを見てきたお蔭か、声をあげずに済んだ。

とはいえ、恐怖心は見抜かれていたようだ。


「恐ろしいか…。無理もない」


「よく、生きていたな」


「身体中こうだが、なんとか生きている。肩の傷の具合はどうだ?」


「…………」


俺が無言のまま立っていると、男はデスクの上に数枚の紙をスライドさせた。

俺が手を伸ばしても止めないから、きっと俺に寄越したのだろう。

俺は紙を手に取り、パラパラとめくる。

それは、履歴書のようなものだった。

人名、年齢、性別、二年前までの職業、性格、趣味嗜好まで載っている。


「それが貴様と、貴様の部下だ」


「部下? 入社していきなり係長になるようなもんじゃないか。 そういうの、コネとか言われそうであんまり好きじゃないんだ。特に、俺とお前は知り合いだしな」


「残念ながら、貴様に拒否権はない。東側第2ゲートの守備隊4班として、近接支援を任せる」


俺は再び履歴書を見た。

その中には、年齢の欄に13と書かれた紙があった。


「冗談だろ? 13っていったら元小学生じゃないか。ここは学校でも経営し始めたのか?」


「そいつは志願兵だ。それに、兵として採用する基準は満たしている。もっとも、兵として採用する基準は二年前とは大きく異なっているがな」


「他を当たってくれないか?」


「拒否する場合はこの基地から出ていってもらう。希望の無い日常にUターンだ。果たして、貴様はそんな世界で何日持つだろうな?」


「…どうして、俺にそこまでこだわる?」


「お前が二年前と変わっていないと知っているからだ。英雄よ」


「…英雄ねぇ。お前等が造り出した幻想だろ」


「民衆にとっては希望だよ」


俺は自分の履歴書を手に取る。


「趣味嗜好、ジャズ、映画鑑賞、マラソンか」


「我々の調査は正確だ」


「家事が出来る大人なお姉さんも追加しといてくれ」


「決まりだな。お前は長田に第2会議室に案内してもらえ。そこで部下が待っている」




長田に再び案内され、第2食堂に入ると、中に六人の部下がいた。

背の高さも、顔つきも、年齢もバラバラだ。

当然、性格もバラバラだろう。

人数が少ないというのが唯一の救いか。

纏めあげるのは難しそうだ。

俺は全員の注意を集め、口を開く。


「俺が隊長になった、碓氷蓮だ。よろしく頼む」


すると、一番大柄な男が立ち上がった。

見た目からすると、一番年長のようだ。

履歴書には32と書いてある。

身長は190を越えているようだ。


「熊谷悟郎、32歳だ。陸自出身で、ゾンビとは何度か御目にかかってる。まあ、この中で実戦経験が一番豊富だろうな。よろしく頼む」


「よろしく」


握手をかわした手はまるでグローブみたいに硬かった。

しかもやたらに力が強い。

手の骨がへし折れるかと思うほどだ。

俺は叫び出すのを必死に堪えて、次の自己紹介を促す。


次に立ったのは、ややひねくれた印象のある男だった。


「地獄の一丁目にようこそ。鶴屋英人、26歳だ。短い付き合いだとは思うが、よろしく頼むぜ」


台詞まわしまでアウトロー気取りか。

それにしても、地獄の一丁目は古すぎるだろう。


「ここは地獄の一丁目なのか?」


しかし、英人は地獄の一丁目発言については言及せず、「直にわかる」とやや口角を吊り上げて言っただけだった。


部下は残り二人だ。

俺はその内の女の方に声をかけた。


「合庭紬、16歳です。元中学生です。英雄にあえて光栄です!」


……英雄。

俺は、いや、俺達は作られた英雄だった。

二年前の戦いで多くの犠牲を出した自衛隊が打ち出した政策の一つ、宣伝製作だ。

あの戦いでの生き残りの内の何人かを数多くのゾンビを駆除した英雄として祭り上げたのだ。

絶望の日本列島は、まるでその英雄を祭ることで自分達が救われるかのように、熱狂的に支持した。

その中の一人に、俺が選ばれた。

それだけの話だ。

名前ばかりが先走って、中身が伴ったことはない。

やれ、『黄泉送り』だの、『ゾンビキラー』だの、『死者の介錯人』だの、色んな名前で呼ばれたが、二年前の俺は、そして今も大したことはしていない。


「やめてくれ、俺は英雄なんかじゃない。褒められたことと言えば、ガキの時に十円玉を交番に届けたことくらいだ」


だが、それを謙遜と受け取ったのか、紬はますます目を輝かせた。

快活な笑顔を見せた紬は、食べることが好きと言う割には細く、全体として華奢だった。

今16歳なら、パンデミックが起こった二年前は14歳だ。

二年前に学校というシステムはすでに崩壊していたから、中学生のままということか。

果たして、この子が無事に学校に通える日が来るのだろうか?


「戦闘経験は?」


「ありません」


「…まあ、そうだろうな」


16歳で、しかも女で戦闘経験があることなんてまずない。

紬もその範疇のようだ。

戦力としてはかなり不安だが、この隊のムードメーカーにはなるだろう。


最後の部下は、例の13歳だ。

先程から、こちらを一瞥目せず、『考える人』のようなポーズをとっている。

じっと俯いて何をしているのかと思えば、ここ二年ほど見ていなかったゲーム機だ。

よくもまあ、こんなものを後生大事にとっていたものだ。

電気が確保しにくい今では、ゲーム機持っている子供など、世界中の子供の内の1%にも満たないだろう。


「名前は?」


「那間翔」


名前だけ言って、手元のゲーム機に視線を落とす。

かなり素っ気ない。

俺よりも遥かにゲームに気が向いているようだ。


「面白いか? それ」


「うん」


「でも、ここ二年間新しいゲームも出てないだろ?」


「やり込み要素があるから」


確か司令は、こいつが志願兵だと言っていたはずだ。

13歳の志願兵なんて、中々お目にかかれる物じゃない。


「なんで、志願したんだ?」


「……お前には、関係ないだろ」


どうやら、最近の小学校では口の聞き方を習わないらしい。

俺はゲームを中断セーブさせて、全員に呼びかける。


「お前たちは、今日から俺の部下になる。司令がどんな作戦をするつもりかは知らないが、ここにいる全員で無事にこの戦いを終えられるように努力する。皆も、力を合わせて頑張ってくれ」


部隊結成の挨拶はこんなものだろう。

今回の作戦がどんなものかすら知らないが、激しい戦いになることは必至だろう。

この場に居る何人がゾンビのいない世界を見る事が出来るのかはわからない。

だが、ここにいる全員という事は無いだろう。



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