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清掃と回想

俺は銃を持った男に連れられ、宿泊施設まで案内された。


「かなり広いんだな、ここの基地は。あんまり居心地は良くなさそうだが」


「まだまだこんなものじゃない。ここから司令部のある県庁の庁舎までは倍くらいの距離があるぞ」


検査用のテントから約三百メートルほど歩いて辿り着いたのだが、男の口ぶりから察するに、この基地の敷地はかなり広いようだ。


「よくこれだけの敷地を確保できたな」


「それは、ここの庁舎の立地に理由がある」


「立地?」


「もともと庁舎のところには城が築かれていたんだ。空襲で焼けた後、残った石垣の上に庁舎を建てた」


「石垣に阻まれて、ゾンビは庁舎には入れないということか」


「それだけじゃない。この城の周りには巨大な堀が二重にあってな。堀の外と庁舎は東西南北四本の橋でしか繋がっていない。そこを封鎖し、バリケードを徐々に広げることで、ここまでの拡張に成功した」


「なるほど」


俺は遠くに見える庁舎を眺めた。

庁舎自体は至って普通な長方形のビルだ。

近くに行けば、その石垣とやらも見えるのだろう。

俺が立ち止まっていると、銃の先端で背中をつつかれた。


「宿泊施設内を案内する。ついてこい」


俺は目の前にある、やや古いアパートを見上げた。

築十数年といったところか。

どうやら、既存の建物をそのまま軍施設に流用しているようだ。


「家賃は?」


「任務に文句を言わず従事することだな」


「そりゃ、中々高い家賃だ」


「ほらよ」


銃を持った男が鍵を投げて寄越す。

鍵についているタグには、『427』の数字があった。


「……凄く、アンラッキーな部屋だな。嫌味か?」


「それは、部屋の中を見てから言え」


早速鍵を開けて部屋の中に足を踏み入れると、強烈な悪臭が漏れてきた。


「なんだ、この臭い…」


「何しろ、二年間放置されてきた建物だからな。ゾンビどもが居ない事は確認してあるし、死体も処分してあるが、内装はそのままだ。当時腐っていて持ち出されなかった食料が全部そのまま放置されている」


「Shit!」


俺は中身が幾分か少なくなったデイパックを、比較的綺麗―かなり汚いことに変わりは無い―な床に投げると、ビニール袋をポケットから取り出し、臭いの元を廃棄する作業に従事した。


━現在━


「当時は、まともな医療施設なんて殆ど残っちゃいなかった。だから、変な病気に罹れば自然治癒に任せるしかなかった。ようするに、一刻も早く病原菌の元を排しておく必要があったのだ」


「衛生状態は、かなり悪かったようですね」


「あの時代には、もう衛生観念なんてものは崩れていたさ。二年間手付かずの死体があちこちに放置されているんだ。血痕が彩る街を歩く死者の世界。生きている人間にあるのは、『感染しない』という生への執着。それだけだった」


━過去━


汚い部屋の掃除を終えるのに、一体どれほど時間がかかったのだろうか。

今日一日でヘリから飛び降り、泳ぎ、殺し、歩き、掃除をした。

正直なところ、身体が限界を迎えている。

だが、その身体に鞭打った成果は、しっかりと表れていた。

板張りの床に付いていた血痕は綺麗さっぱり無くなっていたし、冷蔵庫の中身は全てビニール袋に詰めて廃棄して換気をしたから、悪臭もある程度は押さえられた。

染み付いてしまったものはどうにもならないが、これくらいの悪臭なら、なんとか生活できるだろう。

そうとなったら、やることは一つだけ。


「寝るか」


まだ日用品などの配布はされていないが、いずれ来るだろう。

今はとにかく、身体を休めたかった。

デイパックを枕代わりにして、横になる。

すると、微睡む暇もなく、一瞬で眠りに落ちた。



―???―


「隊長。作戦エリアに入りました」


「そうか」


隊長がゆっくりと視線をずらし、車の窓越しに外を見た。

その目から感じられるものは何もなかった。


「ブリーフィングで説明した通りに動け。我々は三方向に展開。一班は左のビルを、二班は右のビルを。制圧が完了次第、三班が前進する。貴様は二班についていけ」


「了解しました」


車が停止して、追従してきた自衛隊の車から続々と自衛隊員が下車してくる。

俺はその中の二班と合流した。


右側にあるビルを見上げると、所々の窓ガラスが割れているのが見えた。

見たところ、建設からそれほど月日は経っていないようだから、感染者―所謂ゾンビ―らの暴動によって破壊されたのだろう。

その時、ビルの四階の窓から、女が顔を出した。


「助けて! 誰か助けて! お願い!」


髪を振り乱しながら一心に叫んでいる。

だが、俺の目はその後ろに奪われていた。

そう、女の後ろには、大きく口を開けた感染者がいたのだ。

女は後ろから迫ってきたゾンビに肩を掴まれ、そのまま窓ガラスからフェードアウトしていった。

耳をつんざくような悲鳴を残して。

俺は無意識の内に小銃を握り締めていた。

俺はあの女とは違い、武器がある。

安全だ。

自分にそう言い聞かせると、セーフティがかかっていないことを確認する。

すると、俺と、他の隊員の緊張した様子を見て、班長が声をかけてくれた。


「心配するな。無線は常にONだから、いつでも助けを呼べ」


自衛隊はこれまでに感染者の暴動鎮圧のため何度か出動したが、この班長は直属の部下からまだ一人も犠牲者を出していないということで隊の中でも有名だった。

隣に立っていた男が、俺の肩を叩く。


「大丈夫。班長はまだ犠牲者を出してないんだ。今回も安全だって」


俺はそうかもしれないと楽観した。

ただ、その隣に立っていた男が小さく、大丈夫に決まってる、と呟いたのが嫌に耳についた。



―過去―


俺は頭を何かで叩かれた痛みで目を醒ました。


「痛っ!」


顔を上げると、さっき俺をここまで案内してくれた男が立っていた。


「いつまで寝てるつもりだ。早く支度しろ」


「なんのだよ」


「司令が会いたがっている」


「司令…司令ねぇ」


司令と言われてもあまりピンとこない。

俺は暫く思考を巡らせた後、事の重大さに気がついた。


「司令!?」


「何度言わせるんだ」


「な、なんで? 俺何かやらかしたか?」


「さあな。まあ、司令が直々に呼ぶのだから、お咎めではないだろう」


「そうであることを祈るよ」


俺はきちんとした制服に着替える。

…ことができなかった。

上半身をさらしたところで、銃を持った兵士がこっちを凝視していることに気づいたからだ。


「お前、男のストリップに興味があるのか?」


「違う! その、肩の傷が気になってな」


「これか?」


そう言いつつ、俺は肩の傷に触れる。


「まあ、ゾンビに噛まれた訳じゃないから安心しろ。医者も何も言わなかっただろ? というか、お前見てなかったのか?」


「後ろに立っていたからな。背中しか見えなかった。その傷、なんの傷だ?」


「昔のヘマの証だ」


それ以上を語るつもりはなかった。

そして男もそれを悟ったのか、それ以上聞いてくることはなかった。

俺が着替え終わると、男が案内を始めた。

しかし、司令の呼び出しとは一体なんだろう。

司令に呼ばれるほど、階級が高いわけではないのだが。(もっとも、階級という概念が未だに残っていればの話だが)

不可解の呼び出しと寝起きの毛怠さで、数百メートルの道程がとても遠く感じた。




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