表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

壁の向こうとストリッパー

―過去―

俺は上半身を岸にあげると、激しく咳き込んだ。

落下の時、水を飲んでしまったのだ。

一段落ついてから、陸に上がった。

まず、周囲の確認をしなければならない。

辺りを見回すと、どうやらここが湖のようになっていることがわかった。

これは非常にラッキーだ。

もし川だったとしたら、流されて溺れたり、現在地がよくわからなくなっていたりしていたところだ。

ヘリが墜落する音はかなり大きかっただろうから、ゾンビはそちらに集まっていくだろう。

ゾンビは臭いよりも音に反応しやすいことは、この二年ですでにわかっていることだ。

となると、出来る限りヘリから離れておきたい。

果たして、ここから基地はどの方角なのだろうか。

パイロットがあと数分と言っていたから、さほど遠くはない筈なのだが。

空を見上げると、煙が上がっているのが見えた。

ヘリが墜落したところに違いない。

そこと真反対に動けば、少なくともゾンビに追われることはないだろう。

俺はデイパックの中身を確認した。

そして、中からいくつかの包みを取り出した。

それらは、ラップによって何重にも巻かれた包みで、中身は弾薬や、拳銃である。

元々ラップは銃や弾丸を湿気から守るために開発されたものだ。

幾重にも巻かれたラップでできた包みは、しっかりと水から中身を守ってくれていたのだ。

包みの二つを取り出し、包装を外すと、中からは、9mm拳銃と、弾倉が三つ出てきた。

レザージャケットを脱ぎ、デイパックの中に放り込むと、チェストリグのマガジンポーチに弾倉をねじ込んで、銃をホルスターに入れた。

もっとも、ゾンビは音に寄ってくるので、そんなに使うことはないだろう。


―現在―


「俺の予想どおり、その方向にはゾンビはほぼ居なかった。俺は少し拓けた場所に出て、近くにあった建物に入ることにした」


「それは何故?」


「建物の屋上に行って、とにかく位置を確認したかったのだ」


―過去―


俺は玄関の扉をそっと開けた。

開けてまず目に入ったのは、廊下だ。

埃が厚く積もっているところが、二年の歳月を感じさせる。

次に目に入ったのは、玄関に散乱している靴だ。

この家の家主はよほど急いで避難したのだろう。

写真立てが床に落ちて割れていた。

俺はその写真立てを拾う。

割れたガラスの奥に見えるのは、一組の夫婦と幼い子供だ。

紅葉した山を背景に微笑んでいる。


「家族…ねぇ」


両親とはパンデミック後すぐに連絡が取れなくなったし、兄弟や妻もいない俺には、家族は遠い存在となっていた。

俺は小さな溜め息と共に写真立てをそっと立て直し、奥に進む。

廊下を進むと、正面にリビングが見えた。

中に入ると、それなりに綺麗な内装だった。

血で汚れていたり、死体が転がっていたりするわけではなく、ただ、主が居ないだけだ。

リビングのすぐ横にはキッチンがある。

俺は引き出しを開けて、缶詰を二、三個頂戴し、デイパックに詰め込む。

食料がないわけではなかったが、あるに越したことはないだろう。

缶詰を詰め終えて立ち上がったとき、微かに音が聞こえた。

俺は銃を構えて、周囲を警戒する。

だが、ゾンビが出てくる気配はない。

しかし、微かな音は、断続的に聞こえてくる。


「上か?」


よく耳を済ますと、キッチンの真上から、音が聞こえてきている。

俺は再びデイパックを開け、中から円筒状の物体―サプレッサーと呼ばれている―を取り出し、拳銃に装着した。


二階に上がると、閉まっているドアが一つだけあり、そこから微かな音は聞こえていた。

カリカリ、カリカリと、扉を引っ掻くような音だ。

おそらく、この向こう側にゾンビがいる。

それも、子供のだ。

鍵が掛かっているドアの向こうで、ゾンビ化したのだろう。

写真に写っていた、小さな男の子だろうか。

俺は扉に向けて銃を構え、三発撃った。

辺りを静寂が包み、微かな音は聞こえなくなった。

俺は扉から離れ、窓から屋根の上に出た。

ぐるっと一周見回すと、少し離れたところに、フェンスのようなものが見えた。

おそらく、あそこが基地なのだろう。

かなりの規模だ。

もう一度周囲を見回して、他に基地のようなものがないことを確認し、コンパスで方角を確認して、屋根から降りた。


―現在―


「その後、俺は基地に向かって歩き続けた。ゾンビは見なかった」


「質問ですが、なぜ扉の向こうのゾンビを撃ったのですか?弾が勿体無いし、サプレッサーをつけていてもある程度音が鳴る筈ですが。それほどのリスクを冒してまで、なぜ?」


「……可哀想だったからだよ」


「は?」


「眠らせてやりたかった。それだけだ」


その瞳は真っ直ぐで、そして温かかった。

彼は、こちらを見ているようで見ていない。

遠い過去を見つめていた。


―過去―


道が想像していたよりも曲がりくねっていたせいで、最初の予定より十分ほど遅れてしまったが、ゾンビに出くわすこともなく、高さ五メートルほどのフェンスの前に立った。

すると、フェンスの向こう側にある、櫓のような建造物の上から、声をかけられた。

俺は両手を振って、ゾンビではないことをアピールする。


「参加者か」


「生憎と、まだ何に参加するか知らないんでね。参加するかどうかは保証できない」


「どこから来た?」


俺は空を指差していった。


「天国に行く乗り物から溢れちまったのさ」


「お前、もしかしてあのヘリの生き残りか?ここから落下していくのが見えてな。調査隊が派遣されたところさ」


「まだ調査隊は帰ってきてないのか?ゾンビが居るところにわざわざ行くなんて物好きだな」


「仕事だ、仕事。行きたくて行く奴なんか居ねぇよ。…調査隊はまだだ。まあ、生存者はお前ぐらいだろうな」


「わかった。で、何処から入れば良い?」


「待ってな。今ゲートを開ける」


櫓の上の男が、下に向かって、何か指示を出すと、目の前のバリケードが二つに裂けた。

どうやら、開閉式らしい。

俺はバリケードをくぐる。


すると、そこはまるで別世界だった。

この二年で崩壊した世界とは全く違う。

人がいた。

ほとんどが自衛隊や警察出身らしく、それぞれの制服を着ているが、ちらほらと、女や子供の姿も見えた。

どうやってバリケードを張ったのかはわからないが、そのバリケードのおかげで、たくさんの人が生活することが可能になっている。

俺が呆けたように立ち尽くしていると、先程とは違う男に、銃を突き付けられた。


「このまま前へ進め。そこで検査を受けてもらう」


「検査?」


「感染しているかどうかを調べるためだ。あと、武器は没収だ」


自分の武器を手放すのは惜しいが、治安を守るためならば、仕方がないだろう。

誰もが武器を持っていた場合、気が触れた人物による事件が起きたり、暴動が起きやすくなる。

ならば、不安の芽を摘んでおいたほうが得策だと、ここの指揮をしている者が考えたに違いない。

男に言われるがまま、テントの中に入れられる。

狭いテントの中には、椅子とテーブルが一脚ずつ、そして男の医者が一人いるだけの、簡素なつくりになっていた。


「まず、武器をテーブルの上に置いてくれ」


言われるがままに、持っていた9mm拳銃や、デイパックの中身をテーブルの上に置いていく。

ここに自分を案内した男は、ずっと俺に銃を向けたままだ。

すべて並べ終えると、また別の男がやってきて、装備を箱に詰め、どこかへ運び去った。


「次に、感染の有無を検査させてもらう。服を脱いでくれるか?」


少々原始的な手段かもしれないが、噛み傷や引っ掻き傷がないかを確かめることが、最も確実な方法だろう。

迅速かつ簡単な作業だが、男二人に、自分の体を舐めるように見られるのは、あまりいい気分とは言えない。

というより、最悪な気分だ。

だが、そうも言ってられない。

この検査をクリアしない限りは、この先に進めないだろうし、そもそも射殺されるだろう。


「ストリップショーは、見物客としてしか参加したことはないんだがな」


「安心しろ、こっちも男の裸で興奮する趣味はない」


俺が渋々ながら服を脱ぐと、医者が俺の体を眺める。

暫し沈黙の時間が流れていく。


「……よし、噛み傷と引っ掻き傷はない。合格だ」


「服を着てもいいか?風邪をひきそうだ」


「ああ、勿論。服を着終わったら、そこの男に案内してもらえ」


「了解」








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ