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墜ちるヘリと屍烏

大変永らくお待たせ致しました。

新作を投稿させていただきます。

内容はこれまで通りゾンビ小説です。

これまでの作品とは大きく異なる作風になっていますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。


では、本編をお楽しみください。


━過去━


機体が大きく揺れた衝撃で目が覚めた。

到着したかと思ったが、ヘリのローター音がまだ続いているから、飛んでいる最中なのだろう。


「パイロット、何かあったのか?」


『さっきからヘリのご機嫌が斜めなんだ。何せ燃料が粗悪品なもんでな』


それもそのはずだ。

海外から一切輸入できなくなってから、既に一年の月日が流れている。

国内に残っている燃料をギリギリまで薄めて使っているから、今でも燃料が無い事は無いが、質は最悪だ。

俺は向かいに座る男の顔を見やった。

赤いランプに照らされた顔からはすっかり生気が抜け落ちている。

その隣の男も、そのまた隣の男もだ。

ここに居る全員が、同じ顔をしている。

原因は、同じだ。

今から二年前、世界中で未知のウイルスがパンデミックを起こした。

最初はごく少数の感染者数だったが、その僅か一年後には、世界の半分が発症しているという、とんでもない事になってしまった。

その原因は、ウイルスの特性にある。

ウイルスにかかった人間は、一度死に、蘇る。

そして、蘇った人間は、歓喜を忘れ、悲哀を忘れ、仁義を忘れ、食欲のみに支配されるようになり、生者の肉体を求めて歩き続ける。

噛まれた人間は100%感染し、また生者を求めて歩きはじめる。

つまり、ネズミ算式に増えていくのだ。

対策を練ろうと、悠長に準備している間に、感染者は急増を続け、パンデミックから二年たった今では、世界の非感染者は十億人よりも少ないだろう。

日本にも上陸し、当初は『ゾンビウイルス』と名前を付けて面白おかしく放送していたマスコミも、次第に事の深刻さに気付き、やがて放送が不可能な状態となった。

そこで、総勢十万人まで減っていた自衛隊は、政府のゾンビ撃滅の命令を受け出動した。

投入された自衛隊員は約五万人。

ゾンビの正確な数はわからなかった。

日本史上最大の、人間対ゾンビの戦いが起こったの

だが、結果は燦々たるものだった。

自衛隊はこの戦いで三万人以上の犠牲者を出し、這う這うの体で各地に逃げた。

実は、この作戦は、自衛隊の威信をかけた作戦であり、放送能力を失ったマスコミがなんとか設備を復旧し、生放送までしていた。

国民も、ゾンビから逃げ延びながら必死でテレビを見つめていたわけである。

これが、日本の命運を決めるといっても過言ではない戦いということは、国民全員が感じていただろう。

しかし、さっきも述べた通り、自衛隊は負けた。

つまり、微かな希望にすがった国民の面前で醜態を晒したわけである。

この出来事をきっかけに、ゾンビに対して戦う意思のあるものはほぼいなくなり、息を潜めて暮らすようになった。

民衆は自殺や、餓死、感染で減っていき、自衛隊の中にも、暴徒と化す者も出始め、地上はゾンビが悠々と闊歩する、そんな時代になってしまった。

俺も、息を潜めて生きていた者の一人だ。

先月までは。

先月、自衛隊に招集命令がかかった。

一か月の間に、X県の県庁に集結しろと言う命令だった。

詳しい内容は良く分からないが、招集がかかったという事は、何らかの作戦行動があるのだろう。

もしかしたら、ゾンビを倒せるかもしれない。

そんな希望が、日本中に発信された。

ヘリに乗れた俺は最高にラッキーだったと思う。

もし地上を車や徒歩でえっちらおっちら移動することになっていたら、ほぼ確実に奴らの仲間入りをしていただろうからだ。

俺は再び目を瞑り、眠りに入ろうとした。

しかし、その眠りは、けたたましい警報音に阻害されることになった。


「またヘリの機嫌が悪くなったのか?」


『今度は違う! 奴らだ!』


ウイルスには、もう一つ、特徴がある。

それは、殆どの動物に感染することだ。

確認されているだけでも、犬、猫、狸、狐等々。

そして、鴉だ。

窓から外の様子を窺うと、黒い小さな点が徐々に大きくなってくるのが見えた。

俺は、機内の男たちに呼びかける。


「聞いただろ、敵だ!」


その声を皮切りに、それぞれが配置につく。

このヘリには、左右にそれぞれ機関銃が設置されている。

弾薬帯を肩にかけた男が左側の機銃につき、俺は右側の機銃についた。

まだ烏は点のようにしか見えない。

だがこの機関銃の有効射程は2000mだ。

十分に届く。


「撃て!」


左右の機銃から、弾丸が撃ち出される。

たちまち、数羽の烏が錐揉みをしながら落下していった。

だが、大半は落ちない。

ゾンビ化した烏に恐怖心や警戒心などは一切無いから、脳を銃弾がぐちゃぐちゃに掻き乱すか、翼が水玉模様みたいに穴だらけになって、物理的に飛べなくなるかしない限りは、仲間が撃ち落とされようが何をされようが食らいついてくる。

機銃からは銃弾が大量に吐き出されていくが、落ちる量は少ない。


『畜生! 目的地まであと数分ってところで!』


「パイロット! 機体の中に入られたら全員感染しちまう!」


こんな狭い機内に、ゾンビ化した烏が大量に入ってきたら、爪で引っ掛かれ、嘴で啄まれて、確実に感染するだろう。

俺は、デイパックの中から、レザージャケットを取りだし、それを身に付けた。

引っ掛かれた際に、少しでも肌へ到達しないようにするための配慮だ。

ヘリに乗っている他の男達も、服をもう一枚着込み始めた。

しかし、そうしている間にも、黒い点はどんどん大きくなる。


「もっとスピードを出せ! 追い付かれる!」


『これが目一杯だ! このクソ燃料のせいで、エンジンがおかしい!』


「左から烏が突っ込んでくる!」


肩に弾薬帯をつけた男が叫ぶ。

男の肩越しに外を見ると、烏が一斉に左側に突っ込んでくるのが見えた。


「パイロット! 左だ!」


『皆掴まってろ!』


パイロットの声が聞こえた瞬間、機体が大きく角度を変えた。

その角度は段々急になり、やがてほぼ垂直に落下を始める。

急降下をすることによって、なんとか烏の一撃をかわそうとしたのだ。

だが、中に居たものは突然の急降下で、ヘリの壁に激しく体を叩きつけられた。

いや、叩きつけられた方はまだ幾分かましだ。

この急降下の最大の犠牲者は、肩に弾薬帯をかけていた男である。

いきなり角度を変えたため、体が空中に投げ出されてしまったのだ。

間一髪で機関銃の銃架にしがみついたものの、そのヘリに迫っていたのは、飢えた烏共だった。

俺はなんとか体勢を建て直し、男に向かって手を差し出した。

男も必死で手を伸ばす。

その時だった。

烏がヘリに辿り着いたのは。


『駄目だ、ぶつかる!』


そのパイロットの言葉が発せられたと同時に、俺の目の前で、男が烏に群がられた。


「離せ! 寄るな! た、助け……」

男は烏を振り払おうと、思わず手を離してしまったのだ。

彼が必死に掴んでいた銃架から。

俺は男を救おうと、機銃に向かって駆けたが、そこから見えた光景から、男の死を悟った。

男は無惨にも空中で食い散らかされ、臓物が飛び散っていた。

数十羽の烏が群がる様は、何か得体の知れない一体の怪物が蠢いているように見えた。


『次の一波が来るぞ!』


その言葉で我に返ると、一羽の烏が突っ込んでくるのが見えた。

ゾンビが現れてから、俺は一つ大事なことを学んでいた。

それは、出来る限り距離をとることだ。

近接攻撃よりも、中、遠距離攻撃をすることはゾンビと戦う際の鉄則だった。

俺は座席の方に身を投げ出しながら、ホルスターの拳銃を抜き、数度引き金を絞った。

烏は体に幾つか風穴が開き、落下していった。


『Shit! 今度は直撃しちまう!』


パイロットがヘリを半回転させ、プロペラが烏の一波にぶつかるような角度になった。

少しでも機内に烏が入らないようにする努力だろう。

だが、迫ってくる烏の数は、その程度では、防ぎようもなかった。

烏の一波と接触した途端に、強い衝撃が走り、ヘリが激しく回転を始めた。

後ろのプロペラが破壊されたのだろう。

通常、ヘリは上についている方のプロペラの反作用を後ろのプロペラが抑えることによって、飛んでいる。

つまり、後ろのプロペラがなくなると、ヘリ自体がくるくる回り始めてしまうのだ。


『制御不能! 墜ちる!』


ヘリが落下していく。

機銃のところから、大量に烏が入ってくる。

隣の窓から水面が見えた。

だから、俺は咄嗟に叫んだ。


「飛び降りろ!」


俺は空中に身を投げ出した。

その後に続いて、一人の男が空中に飛び出した。

だが、不運なことに、機体が烏にぶつかって急に角度を変えてしまった。

プロペラの角度も変わり、ちょうどプロペラの回転する範囲に、男の頭が入ってしまったのだ。

男は頭部を横薙ぎに払われて即死した。

正確に死を確認したわけではないが、あれで生きていたら、それこそ化け物だろう。

俺は水面に叩きつけられる直前に、視界の端にヘリを捉えた。

大量の烏に群がられているせいで、殆ど機体は見えなかった。

脱出できただろうか。

恐らく、不可能だろう。

そこまで考えたところで、俺は水中に落下した。


―現在―

僕は、病院の前で汗を拭った。

指定された場所は、ここの四階の病室だ。

何の指定かというと、一言で言えば取材場所だ。

僕が記者としての仕事を始めてから、もう二十年が経つ。

その仕事を志した理由は、父にあった。

僕に父は居なかった。

物心ついたときから、私には母親しか居なかったのだ。

ある日、母に訪ねたことがある。


「どうして父さん居ないの?」


母は少し困ったような顔をして、


「母さんにもわからない」


と答えた。

父の行方を知りたいと、心から思った。

そして今日、二十年の努力が報われる。

父について語ってくれる人を見つけたのだ。

僕は急いで病室への階段を上った。


病室の中に居たのは、小柄な、痩せた老人だった。

脇に看護婦が居り、体に様々な管がくっついている。

白いベッドに横たえられた体はとても弱々しく見えるが、その目は、確固たる意思を持った、真っ直ぐな目だった。


「あなたが…」


「そうだ」


老人は上半身を起こす。

それを看護婦が支えた。


「末期の癌でな…。もう長くはない」


「そうでしたか」


「父のことが知りたいか?」


当然だ。

その為に僕は記者になったのだし、ここに来たのだ。

僕はその旨を伝えた。

すると、老人は大きく溜め息をついた。


「…迷っていた。この事を話すべきか。闇に葬られた真実を話すべきか。正直、あんたがこの話をするに足る人物かもわからないし、信じてもらえるかどうかもわからん」


「はぁ」


「今から大体四十年前、この世にゾンビウイルスが誕生したのは知ってるな?そして、それがパンデミックを起こしたのも」


「はい。世界の人口が、七十億人から約九億人まで減った、世界最悪の事件として、認識しています」


「ウイルスは日本にも瞬く間に広がった。自衛隊も完全に敗北した。しかし、今この日本でゾンビを見ることはない。そうだな?」


「ええ」


「不思議に思ったことはないか?どうやってゾンビを排除したのか」


「それは常々感じていましたが」


「どうしてかを知るものは居ない」


「そうです」


「当時、ある作戦があった。その作戦で国内のゾンビの七割を始末したのだ」


「七割!?」


国内のゾンビの七割というと、数千万人だ。

それを始末できる作戦が存在したということは誰も知らない。

あまりに突拍子もない話だったから、つい吹き出してしまった。


「ご冗談を。七割も一気に始末できるわけが…」


「今、元X県だった場所は立ち入り禁止になっているだろう?そして、航空機もその上空を飛べない」


「はい」


「衛星写真すら閲覧できない」


「それが何か?」


「立ち入れないのは、ゾンビウイルスがまだ残留しているかもしれないと言われているが、それは嘘だ。政府が隠しているものがある」


「それは、一体なんですか?」


「悲惨な戦いだった。これから語ることは誰も語れなかった戦争の話だ…」


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