2
バイト先から笠原が帰って来たのは、10時半を過ぎた頃だった。
リビングに姿を現した笠原は、やはり翳りを滲ませた表情で部屋に入ってきた。
そうして明崎の存在に気づいた時、驚いたようにハッとした表情を浮かべたのである。
「……起きていたのか」
「………」
明崎は答えなかった。
それよりも、言うべきことがある。
「紫己、」
「その鱗……」
もういい加減止めようや。
そう言おうとした明崎の言葉は、笠原の小さな声によってあっさり遮られてしまった。
笠原から発言すること自体、最近聞かなかったからだろう。
咄嗟に引っ込めてしまってから、明崎は笠原の顔を見て呆気に取られてしまった。
「俺の、せいだな」
それだけを言った。
笠原は今にも泣きそうな、傷ついた表情を浮かべていた。
その瞬間、明崎はしまったと冷水を浴びせられた様な心地で身体を強張らせた。
明崎はガーゼを外していた。
左頬には今、鱗がくっきりと浮かび上がっているはず。
笠原はそれきり何も話すことはなくて。
明崎が動揺した隙に、笠原は足早に自室へ行ってしまった。
……襖に鍵は掛からない。
こじ開けるまでも無く、部屋に入ることは出来る。
声を掛けることは確かに出来るだろう。
何でもいい。
慰められるし、さっきの話の続きだって出来る。
そこまで考えついても、明崎はもうそこから動く気になれなかった。
──最悪である。
その一言に尽きた。
何にせよ、不用意に笠原を傷つけてしまったのである。
だからあの後、明崎は大人しく自室に帰った。
それが昨日の今日なものだから、現在明崎は絶賛自己嫌悪中なのである。
「……はぁー……」
「やめろよ。俺まで落ち込むわ」
「んなこと言ったってさぁ……」
確かに見過ぎはよくない。
明崎はアンニュイな面持ちで須藤に向き直る。
「流石にキツい」
「……そりゃあ、そうなんだがな」
「……何か良い方法無い?」
「……………………、悪い」
「やんな」
もうすぐで授業が始まる。
須藤と別れた明崎が自分の席に戻った。
離れた後ろの席に居る笠原の表情なんて、窺い知れない。
けれど、深く傷ついているのは事実だ。
それが分かっていて、手が出せない。
──結局明崎は、今日もそのジレンマに悶え転げるしかないのであった。
今日も何も行動が出来なかった。