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2

──気がついた時には、笠原は土砂降りの中を走っていて、医院最寄りのバス停に来ていた。

呼び止める声を聞いた気がしたけれど、もう分からない。

あの場には、居られなかったから。


……雨が酷い。

雨音に混じって、耳の奥で「化け物」という囁きが聞こえた。

一体どれだけの人からそう言われただろう。

繰り返し畳み掛けるようなそれは、笠原の心にこびりついた声だった。

笠原はこうして何度も、同じような終わりを繰り返してきた。


……ああ、でも。

錦野さんとの関係を、こんな形で終わらせたくはなかった──


囁きはやがて、人々の低いざわめきに変わった。


化け物

化け物

どうして生まれてきたんだ

気味が悪い

消えればいい

死んでしまえばいい

早く、死んでしまえ


かつて浴びせられてきた言葉の記憶が蘇る。

その1つ1つが、既に傷ついていた笠原の心に鋭く爪を立て、ざりざりと裂いた。

「違う」と叫ぶことは出来ない。

ずっと、あらゆる人間にそう言われ続けて来たのだから。

他人から見た己はやはり「化け物」。

……それは最早、笠原にはどうすることも出来ない不条理で。


けれど心は今にも引き千切れてしまいそうに痛くて、堪らなかった。

これ以上、何も聞きたく無い。

何も見たく無い。

傷つけられるのは……もう、嫌だった。


……その内、ずっと掌で頬の鱗を隠したままであったことに気付く。

流石にこのままではいけない、と微かに思う。

空いた片手で肩掛けカバンの中を探り、ハンカチを取り出していると、間も無くバスがやって来た。

笠原は停車して入り口を開けたバスに乗り込んだ。

車内は空いているが、びしょ濡れのままでは座れない。

笠原はハンカチで左頬を抑えたまま、バスの吊革を掴んだ。

ぐっしょり濡れた服や髪の先から雫が垂れ、床にポタポタ落ちていく。

顔面も蒼白で……そんな尋常でない様子の笠原に気づいた人物が居た。


笠原君ちゃうん……?


花屋の沢崎であった。

沢崎は一瞬声を掛けようとしたが、思い止まってやめる。

……何だか様子がおかしい。

スマホを取り出すと、ひとまず一番事情を知っていそうな人間にメッセージを送った。



──────



『笠原君、なんかあったん?』

『顔の左側、ハンカチで抑えとるし。ずぶ濡れやし……』

『明崎どこおるん?』


明崎が沢崎のメッセージを読んだのは、送信されたおおよそ15分後のことであった。

内容が、異常でしかない。


『△△△で降りたで。明崎ん家の最寄りやんな?』


間違い無く、何かが起きたのだ。

居間に居た明崎はすぐさま立ち上がって廊下に出る。

大声でキッチンに居る槇へ声を掛けた。


「槇さん!ちょっと出掛けてくる」

「えっ?こんな雨なのに?」

「多分すぐ帰る!」


玄関に降りてドアを開けようとした。

その瞬間、ドアノブが勝手に回った。


ガチャ、


ドアが、開いた。

そこには案の定、笠原が立っていて……


「紫己……?」


ずぶ濡れだった。

酷く強張った表情で、沢崎が言った通りハンカチで左頬を抑えている。

鱗がある方だ。

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