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伊里塚先生に呼ばれている。
笠原は確かにそう言った。
けれど伊里塚のあの反応。
丸で忘れていたみたいな風だったが、ほんの一瞬の内に生まれた違和感を明崎は敏感にキャッチしてしまった。
多分自分は……笠原に嘘をつかれたのだ。
そう気付いた時には、あっという間にショックからの戸惑いが胸一杯に膨れ上がった。
だって今朝あれだけの騒ぎになったのに、伊里塚が笠原より何かを優先するはずが無い。
約束を忘れるわけが無いのだ。
伊里塚も、自分が嘘のダシに使われたことに驚いたのだろう。
けれど「そんな約束をしていない」と敢えて言わなかったのは──
そこで明崎はハッとして、再びトイレに駆け込んだ。
周りに誰もいないことを確認して、素早くガーゼを少し剥がす。
……思った通り、明崎の頬から鱗が跡形もなく消えていた。
そこには柔く白い肌が広がるばかりだ。
来るな……
「………」
アンタまで……本当に化け物になる……──
「──っ!」
突然込み上げてきた怒りに、明崎は顔を歪めて毒づいた。
「くそっ……!」
こんなん……
こんなん、転校してきたばかりの頃と変わらへんやないか……!
あの頃と同じだ。
誰も傷つけないようにと、他人を寄せ付けなかった。
そして今は、笠原は明崎から離れることで、鱗をコピーさせないようにしているのだ。
守ろうとしているのだ、明崎を。
本当は誰よりも助けが必要なはずなのに。
誰かを守る余裕なんか欠片も無いはずなのに。
きっとこの先、出来うる限り明崎を遠ざけようとするだろう。
向こうも、明崎が笠原のために動こうとしているのは分かっているはず。
分かっていて……いや、分かっているからこそ余計、巻き込みたくないのだ。
笠原の考えることなんか、すぐ分かる。
やり切れない気持ちが抑え切れず、ついに明崎の口から重たい溜息が溢れた。
「……最悪や」
初めて、自分の能力を恨めしく思った。