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「ここね、善哉が美味しいところなんだ」


そう言って連れて来られたのは、小さな座敷のある茶店で、奥に小さな日本庭園風の中庭が見える、趣のある所だった。


「綾さんが本当、お世話になりまして」

「いえ、こちらこそ……」

「あはは、笠原君いっつもカチンコチンだなぁ。そんな俺相手に、硬くならなくていいのに」


そうは言われても、こういう性質なのでどうしようもない。

冷やし善哉を2つ頼むと、先に温かい番茶と葛で出来た干菓子が出てきたので、2人はそれを摘みつつ、中庭を眺めた。


「こういうちっちゃいのだったら、俺たちでも作れそうだよね」

「俺、こういうセンスは全然無いので……浅井さんだったら、本当に作れそうです」

「いやぁ。それが、俺こういう日本庭園の見方って余り分からないんだ。ほら、石の配置とかあるじゃん?京都の龍安寺みたいな、ああいうのがね。紅葉を見たり、苔蒸した地面を見たりして「綺麗だな」って思うのは分かるんだけど」

「龍安寺って、世界遺産のですか?」

「あれ、石にそれぞれ謂れがあるんだって」


確か綾さんが、何か言ってたっけ……。と、浅井は呟いて思い出そうとする素振りを見せた。


「あの、浅井さん」

「うん?」

「錦野さんのご家族って……」


笠原はこれまでずっと気になっていたことを、そっと切り出す。

踏み込んだ話なので多少嫌な顔をされるかもしれないと覚悟の上だったが、浅井は「ああ〜」と、特に不快な思いをした様子も無く答えてくれた。


「6年前に旦那さん亡くしてからは、ずっと一人だねぇ……。娘さんご一家は今関東に暮らしてるし、前に話した光っていうのも今はアメリカに行っちゃってるからさ」

「俺、浅井さん以外に錦野さんの所へ来た人を見たことがないんですが、ご家族は来られたりしてないんですか?」

「それがね。綾さんが娘さん追い返しちゃったんだ」

「えっ……仲、悪いんですか?」

「ううん。全く」

「じゃあ、どうして」

「そっちはそっちの生活を送ればいい。無理に来る必要は無いって、言ったんだって。心配掛けさせたくなかったみたい。……本当は寂しいと思うよ。たった独りで死ぬかもしれない状況は怖いだろうに」


じゃあ初めて会ったあの時は……

笠原の脳裏に、静かな病室でぼんやり窓を見ていた錦野さんの姿が蘇る。

翳りの帯びた寂しげな表情。

やはり、何処か諦めているのですように見えたのは気のせいでは無かったのだ。

親しい誰かと、家族ともう二度と会えなくなるかもしれない──そんな思いを抱いて、ずっとあの人は過ごしていたのだ。


笠原はもう一歩踏み込んで質問をする。


「その錦野さんのご病気って、なんですか?」

「あれ?知らなかったの?」

「はい。……御本人には聞けなかったので」

「そっか、そりゃそうだよね。……綾さん、ここ最近に2回も心筋梗塞起こしちゃって倒れたんだ。それから経過を見るってことで、あの病院にお世話になってるみたい」

「手術とかって」

「……本人は寿命かもしれないからって、特別に処置はして貰ってないよ」


話が途切れると、その場には沈黙が降りた。

今まで浅井と話す時は沈黙することなど無かったから、その静けさが妙に耳へ障った。

けれど、それを破るように店員が冷やし善哉を持ってきたことで、周りに動きと音が戻ってきた。

枯れ草色の丸い器に、つやつやでとろりとした餡こと白玉が盛られている。


「おっ、美味しそう。早速頂いちゃおうか」


浅井の顔には笑顔が戻っていて、言いながら既に器と蓮華を持っていた。

笠原もそれに倣って器を持つと、器はすでに汗を掻いていて、ひんやり冷たくて手に心地よかった。

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