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「気にすんなよ。……俺は楽しませて貰った。他の奴らもきっとそうだろう」
「………」
「なぁ、それよりさ。これ、ホントに痛くないんだよな?」
「……大丈夫。痛くないし、苦しくもない」
薬を投薬した場合、患者は急速に意識を失い、その後心肺停止及び呼吸器の停止が起きる。
安楽死が苦痛を伴わないと言われる理由はそこにあった。
「涎まみれになって死ぬとか、嫌だぞ」
「はは……綺麗にしてやるから任せろ」
「マジか。俺涎まみれになっちまうのか」
「ならない」
伊里塚はやっと小さく、笑った。
各地に散らばった兄弟達は、それぞれの地で、それぞれ全く違う経験を積んでいった。
だから会うごとに皆、伊里塚とは少しずつ違う人間になっていった。
木原もそう。
竹川先生によれば「木原の方がお前より男前」らしい。
笑った顔も同じはずなのに、何故か精悍に見えるから不思議だ。
「なぁ……何か、音聞こえねぇか?」
「音……?」
「ああ、近くで花火上がってるみたいだね」
槇が背後の窓に近づいて、カーテンを開ける。
すると本当に、右側の方に小さいながらも上がる花火が見えた。
どぉん、という破裂音も遠くに聞こえる。
「見える?」
「いや、音だけでいいや。……花火ねぇ。お前ガキの頃さぁ、手持ち花火の火を足に落としてなかったっけ」
「お前……よく覚えてんな」
「面白かったからな」
木原は声を出して笑って、思いつくままに彼は思い出話を続けた。
本当に話しておきたいこと、大事なことは前の日に全て聞いておいた。
もう何も思い残すことがないように。
……8分が経過した頃、木原の喋りが段々ゆっくりとした早さになり、表情も眠たげになってきた。
「……やっぱり。お前、何か心配だわ」
「心配?」
「余り何でも抱え込むなよってことだよ……ずっとそうだったろ。俺たちのことも、研究所のことも」
「……俺は大丈夫。死ぬ間際まで他人の心配すんな。お前は、”これから”のことがあるだろ」
そうして話が途切れると、彼は長いこと沈黙した。
ぼんやり天井を眺めているのを、伊里塚もじっと見つめている。
……もうすぐだ。
もうすぐで、その命が終わってしまう。
木原の瞼が、重く閉じかかる。
唇が、動いた。
……あのさ
「うん」
……天国って、どんなトコ?
「もうクローンとか関係無い……きっと本当のお前として、居られる場所だよ」
……また、会えるか?
「会えるさ。……また会おう」
……楽しみ、だな
「そうだな。お前らが居てくれるなら、俺も楽しみだ」
木原の瞼はついに、閉じた。
伊里塚はベッドに身を乗り出して、木原の顔にそっと自分の顔を寄せた。
「深く深呼吸をして。……そう、ゆっくり。深く、深く……」
穏やかな眠りに就けるように、囁きかける。
いつしか、同じように亡くなった兄弟の1人が「光が見える」と言っていた。
木原には、今何が見えているんだろう──
「光は、見えるか?」
………
「光が見えるなら、そっちに行けよ。……なぁ」
……剛 志
「うん」
あ りが とう
「……ありがとうな」
……おやすみ、マサ。
10分後。
握っていた木原の手から力が失われ、間も無く木原に繋げられた機械が、ピー……と鳴り続け、彼の死を告げた。
とても穏やかな、最期だった。
「……またな」
伊里塚はそっと言葉を手向けた。
「……よく、頑張ったね。伊里塚君も、木原君も」
槇も労いの言葉を2人に掛けた。
やがて医者や関係者が数人やって来て、木原の遺体の確認を始めた。
彼の遺体は普通の人間と同じように埋葬されず、医療用の検体として収容されることになっている。
「……伊里塚さん」
「………」
「お手を」
そう言われるまで、伊里塚は木原の手を握り込んで離すことが出来なかった。




