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明崎は立ち上がって窓に向かった。
笠原と宙も後からついて来る。
窓を開けて、ベランダに出ると蒸し暑い空気が笠原の身体に纏いついた。
けれど、それも気にならなかった。
花火はすぐ正面で上がっていたから。
眩い紅色の花火が、夜空を煌々と照らしていた。
「花火ィ!」
宙がはしゃいだ声を上げる。
「綺麗やなぁ」
「うん!」
笠原はすっかり目を奪われていた。
ひゅー……と、細い銀の緒を引いて夜空を昇った幾つもの光が、大きな音を立てて鮮やかな大輪を次々に咲かせる。
ドンッと一発炸裂するたびに、音がずんっと身体に重く響いた。
綺麗だね……
残り香のような記憶が、不意に笠原の脳裏を掠める。
幼い頃、1度だけ母と観に行ったのだ。
……久しく誰かの傍で花火を観たからだろうか。
今までずっと奥底で眠っていた記憶だったのに、急に思い出してしまった。
数少ない、愛しい思い出だ。
タエさんに引き取られてからは、タエさんと3・4回は観に行ったと思う。
後は、1人でそっと行っていた。
時折知っている子達が、友人や家族と観に来ていて。
それを目にしながら、笠原は1人で夜空を見上げる。
去年も一昨年も、ずっと同じで。
これからもそんな日々を過ごすのだろうと思っていた。
だから、誰かとこうして花火を一緒に見られるなんて、思いも寄らなかった。
笠原は鼻の奥がツンと痛くなり掛けるのを感じる。
……何だろう。
泣きたくなるくらい、幸せだ。
ススキの穂のような形の眩い花火が、勢いよく地上から噴き上がる。
それを飛び越えて小玉の花火が連続して打ち上げられた。
色とりどりの花火が、真っ暗闇の中で美しく映える。
それらが夜闇に消えると、一発の大きな銀色の玉が一際高く空に打ち上げられた。
轟音と共に破裂したのは、見事な銀冠であった。
火花はすぐには消えず、丸で枝垂れ柳のように銀色の線を引いて地上へ伸びていく。
ザァァ、という火のゆっくり散る音が聞こえたかと思うと、それを掻き消すように、新たな銀冠が2発、3発と上げられた。
夜空は銀色の光で満ち溢れた。
幻想的な光景だった。
それが自宅のベランダから拝めるなんて、と明崎は花火を目に映す。
本当に綺麗だ。
……ところで、地上に火がついたまま落ちたりしないんだろうか。
ふとそんなことを思いついたので、「めっちゃ火事起きそう」なんて冗談を笠原に言おうと、隣を向いた。
……花火を眺める笠原の瞳が、潤んでいるように見えた。
明崎は思わず声を引っ込める。
「……紫己」
そっと声を掛ける。
すると笠原がゆっくりとこちらを向いた。
「……綺麗だな」
笠原は微笑みを浮かべた。
それが心成しか、ほんの少し泣きそうにも見えて。
「何か目、潤んでない?」
聞くと、首を小さく振られた。
もう一度空を見上げた笠原だったが、クツリと可笑しそうに笑ってまた明崎を見た。
「これ、真上から降ってきたら怖いな」
「やっぱ思う?真下の家とかめっちゃ火事になりそうやない?」
「洒落にならんぞ」
笠原は普通に笑っていた。
……気のせいなら、ええねんけど。と、明崎は思うことにする。
……でも気になるなぁ。
「団之介」
笠原から声を掛けられて、明崎は笠原を見た。
「……ありがとうな」
急に礼を言われて、思わず明崎は目をパチクリさせた。
「ど、どしたん急に」
「凄く、楽しい。……それだけ」
そう言ったきり、笠原は花火の方を向いてしまった。
明崎は笠原の傍に寄った。
そうして2人は言葉も無く、空に燃える花火を眺め続けたのだった。




