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3

明崎は立ち上がって窓に向かった。

笠原と宙も後からついて来る。

窓を開けて、ベランダに出ると蒸し暑い空気が笠原の身体に纏いついた。

けれど、それも気にならなかった。


花火はすぐ正面で上がっていたから。

眩い紅色の花火が、夜空を煌々と照らしていた。


「花火ィ!」


宙がはしゃいだ声を上げる。


「綺麗やなぁ」

「うん!」


笠原はすっかり目を奪われていた。

ひゅー……と、細い銀の緒を引いて夜空を昇った幾つもの光が、大きな音を立てて鮮やかな大輪を次々に咲かせる。

ドンッと一発炸裂するたびに、音がずんっと身体に重く響いた。


綺麗だね……


残り香のような記憶が、不意に笠原の脳裏を掠める。

幼い頃、1度だけ母と観に行ったのだ。

……久しく誰かの傍で花火を観たからだろうか。

今までずっと奥底で眠っていた記憶だったのに、急に思い出してしまった。

数少ない、愛しい思い出だ。

タエさんに引き取られてからは、タエさんと3・4回は観に行ったと思う。

後は、1人でそっと行っていた。

時折知っている子達が、友人や家族と観に来ていて。

それを目にしながら、笠原は1人で夜空を見上げる。

去年も一昨年も、ずっと同じで。

これからもそんな日々を過ごすのだろうと思っていた。

だから、誰かとこうして花火を一緒に見られるなんて、思いも寄らなかった。

笠原は鼻の奥がツンと痛くなり掛けるのを感じる。


……何だろう。

泣きたくなるくらい、幸せだ。


ススキの穂のような形の眩い花火が、勢いよく地上から噴き上がる。

それを飛び越えて小玉の花火が連続して打ち上げられた。

色とりどりの花火が、真っ暗闇の中で美しく映える。

それらが夜闇に消えると、一発の大きな銀色の玉が一際高く空に打ち上げられた。


轟音と共に破裂したのは、見事な銀冠ぎんかむろであった。

火花はすぐには消えず、丸で枝垂れ柳のように銀色の線を引いて地上へ伸びていく。

ザァァ、という火のゆっくり散る音が聞こえたかと思うと、それを掻き消すように、新たな銀冠が2発、3発と上げられた。


夜空は銀色の光で満ち溢れた。


幻想的な光景だった。

それが自宅のベランダから拝めるなんて、と明崎は花火を目に映す。

本当に綺麗だ。

……ところで、地上に火がついたまま落ちたりしないんだろうか。

ふとそんなことを思いついたので、「めっちゃ火事起きそう」なんて冗談を笠原に言おうと、隣を向いた。

……花火を眺める笠原の瞳が、潤んでいるように見えた。

明崎は思わず声を引っ込める。


「……紫己」


そっと声を掛ける。

すると笠原がゆっくりとこちらを向いた。


「……綺麗だな」


笠原は微笑みを浮かべた。

それが心成しか、ほんの少し泣きそうにも見えて。


「何か目、潤んでない?」


聞くと、首を小さく振られた。

もう一度空を見上げた笠原だったが、クツリと可笑しそうに笑ってまた明崎を見た。


「これ、真上から降ってきたら怖いな」

「やっぱ思う?真下の家とかめっちゃ火事になりそうやない?」

「洒落にならんぞ」


笠原は普通に笑っていた。

……気のせいなら、ええねんけど。と、明崎は思うことにする。

……でも気になるなぁ。


「団之介」


笠原から声を掛けられて、明崎は笠原を見た。


「……ありがとうな」


急に礼を言われて、思わず明崎は目をパチクリさせた。


「ど、どしたん急に」

「凄く、楽しい。……それだけ」


そう言ったきり、笠原は花火の方を向いてしまった。

明崎は笠原の傍に寄った。

そうして2人は言葉も無く、空に燃える花火を眺め続けたのだった。

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