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「一昨日会っただけ!?それホント!?まさかのボーイミーツガール!」
あっはははは、何だそれめっちゃ面白い!と話を聞いた青年は、肩を揺らして可笑しそうに笑った。
その隣の笠原といえば、居た堪れずに身体を縮こまらせていた。
「やっぱり……変、ですよね」
「ううん、んなことないよ!いやぁ、俺はもう綾さんの逆ハーレムに貢献出来ればそれで」
「何言うてるんやアンタは」
全く……、と呆れたように笑うお婆さん改め、錦野 綾子さん。
「子供に囲まれとっても、しゃあないやないか」
「子供ってか孫でしたね、そういえば」
「ホンマやで。70のお婆が孫でハーレム作って、どうせぇっちゅうねん」
「いや、せっかくなんでお小遣いを」
「アホウ」
青年はよく喋って、よく笑った。
丸で嵐のように笠原や錦野さんを巻き込む。
錦野さんと親しい間柄のようだが、どうも祖母と孫という訳ではないらしい。
「あ、やばいやばい。また話し込むトコだった」
「アンタ、こっちにはいつまで居るんや?」
「2週間。でも仕事も依頼されてるから、次いつ来れるか分かんないなぁ……」
「そうけ。暑いさかいな、気ィつけて頑張りや」
「うん、頑張ります」
光にもメールしときますね、可愛い彼氏が出来たって。
誤解されるやないか。
いいじゃないですか、若い証拠です。
よう言うわ。
そして青年は帰る前に、笠原へそっと名刺を手渡して来た。
「綾さんとどこまで進行したか、逐一連絡貰えたら嬉しいなぁ」
「いや、ですからそういう仲ではっ……」
本気っぽく言うものだから、笠原が本気で否定しようとしたら、今度は声を潜めて言われる。
「綾さん、独りで居たがる人だからさ。今日だけでも君みたいな子が来てくれて良かったよ」
「………」
見上げれば、青年は先ほどまで浮かべていた開けっぴろげな笑みでなく、どこか切ないような色を宿した微笑みを浮かべていた。
「今日はありがとう」
笠原の肩をポンと叩くと、青年は病室を出て行った。
その後ろ姿を見送った笠原は、貰った名刺に目を落とした。
蔦のような、幾何学模様のような非常に凝ったデザインの枠の中に、名前と連絡先が記されている。
『 浅井 賢翁 』
あさい……下の名前は何と読むのだろう。
難しい名前だ。
「やれやれ……やかましいやっちゃで」
そう言いつつ、錦野さんの口元にはまだ笑みが残っている。
ベッドに取り付けられたテーブルボードに置かれた花籠を持って、彼女はこちらを見た。
「アンタ、」
呼ばれて笠原は顔を上げた。
「この花、ホンマに貰うてええんか?」
「はい。錦野さんに、」
渡そうと思って、と言おうとして思い至ったことがあって止めた。
いや、そんな分かりきったことを言ったってしょうがない。
何か別の、もっと気の利いた言葉を言わないと。
「錦野さんに……」
でも言葉が浮かばない。
元気になって貰いたい……部屋が殺風景だったから?
いや、どれも言えたような言葉じゃない。
もっとマシな言葉は思いつかないのか。
「………」
結局言葉を詰まらせたまま、笠原は再び錦野さんの顔を見ることしか出来なかった。
錦野さんは言葉の続きを待ってくれていたようだが、笠原が何も言わないのを見て花に目を戻す。
それから籠の中にそっと指を差し入れ、淡い紫の花を一輪取り出した。
茎の感触を確かめるように指先同士で擦り合わせる。
「……プリザーブドフラワーやな。高かったんとちゃうか?」
「いえ、そんなことは……!」
「そうけ。……ありがとう、大事に飾らして貰うわ」
錦野さんは微笑を浮かべ、花をそっと籠に戻した。
「いつ見ても、花は綺麗なモンやな」
錦野さんの言葉を聞いた笠原は、知らず知らず強張らせていた身体から、ふぅっと力が抜けたのを感じた。
……持ってきて、良かった。
「昔はこんな花そっくりのモン作っとってな……」
錦野さんが、ぽつりぽつりと話し始める。
それは昔話だったり、孫や家族の話だったり、近況であったり。
笠原はそれに対して多く言葉を返すことは出来なかったが、相槌を打つなり、下手ながら言葉を返して、誠意を込めて錦野さんの話に耳を傾けた。
それが恐らく浅井も望むことであり、錦野さんを元気づける一番の方法であろうと、笠原も無意識に感じていたのだ。




