1歩、2歩、3歩
プリザーブドフラワー。
ブリザードフラワー、ではないらしい。
利点については花屋の店員さんに教えて貰った。
悪い点で言えば、脆くて紫外線に当たると色が褪せてしまうらしい。
扱いに気をつけなければならない。
けれど、陽が当たらないように鑑賞する分には良い訳だ。
これであのお婆さんが喜んでくれたら、嬉しいが──
病院に入ると、冷房の効いた待合室がとても涼しく感じられた。
スリッパに履き替え、笠原は「こんにちは」と受付に声を掛けた。
「錦野さんのお見舞いに来たのですが」
「どうぞ、お入りください」
「それと、」
「はい?」
竹川先生にはご挨拶するべきだろうか。
一昨日に紹介されたのだから、と思ったがお医者さんだから、きっと忙しい。
まして今は診療時間中だ。
結局「……いえ、大丈夫です」と言って、遣り取りを終えた。
仕事の邪魔はしたくなかった。
待合室を抜けて、階段を上がっていく。
……考えなしに来てしまった。
一歩一歩段を上がる毎に、濃くなる一方の緊張と後悔。
そりゃあそうだ、いきなり一昨日少し話しただけのお婆さんの所へ突撃するのだ。
タエさんに何か聞いたら良かった。
タエさんなら歳も近いし……
来てしまった理由は2つあるが、1つはあのお婆さんをタエさんと重ねて見てしまったことにある。
お婆さんはタエさんより幾らか歳上に見えるが、それでも笠原の中ではどちらも”お婆さん”という感覚である。
お婆さんが寂しそうにしていた姿も、見ていると丸でタエさんが寂しそうにしているみたいで……
もう1つも、似たようなものか。
とにかく放っておけなかったのだ。
でも……今から何を話せば良いのか、全くシュミレーションもしていない。
ただでさえ話すのが下手な自分が、何十も歳がかけ離れたお婆さんと話を続けられる訳が無いのに。
”考えなし”というのは、突き詰めるとそういうことであった。
2階の入院棟に着いて、通路を歩いていく。
立ち並ぶ病室ドアのプレートを1つ1つ、目に留めながら。
やがてその中に「錦野 綾」という名前を見つけて笠原は立ち止まった。
「………」
花籠を入れて貰った紙バックの持ち手を、知らず知らずきゅうっと握り込んでしまう。
……とうとう、来てしまった。
いざ辿り着いてドアの前に立つと、何だか気が遠くなるような思いがした。
自分がいかに無謀なことをしようとしているか思い知らされる。
けれど花も買ってしまった。
こうして病院に来て、自分は既にドアの前まで来ている。
この事実は病院の事務員さんも知っているのだ。
ここで引き返すなんて……臆病が過ぎる。
行くしかない。
意を決して、笠原はドアに手を掛けた。




