3
花……花屋ねぇ。
何のことやろう、と明崎がリビングでテレビを見ながら考えていると。
"団之介……"
不意に声を聞き取ったので振り返れば、風呂から上がった笠原がやって来る所だった。
ただし笠原自身は呼び掛けた訳ではなく、「あ、団之介居る」ぐらいのつもりでぼんやり名前を呟いただけのようだ。
それでも微かに篭った好意が、明崎の心にどうしても届いてしまう。
濡れた髪をそのままに、肩でタオルを羽織っている。
……笠原は髪が濡れているだけでも良い匂いがする。
そしてやはり、笠原マジックが発動して綺麗に見える。
敢えて意識しないようにテレビへ集中しようとすると、隣に座られた。
ふわっと漂う花みたいな香り。
つい、チラッと隣を見ればいつもの3割増しに綺麗な笠原がそこに居る訳で……
やばいやばい、挙動不審。
挙動不審やで自分……
そわそわする心を頑張って落ち着かせていると、笠原はおもむろに半ズボンのポケットからスマホを取り出した。
画面を操作して……動きが一旦止まる。
そうして、聞こえたのは。
”……花屋……奈良市……”
ゆっくりと画面をタップして、文字を打ち込んでいく。
使い慣れていない笠原は、明崎よりもタイピングが遅い。
多分今まさに打っているであろう単語を、タイピングの速度に合わせて呟いているのだ。
隣の部屋でパソコンと向き合っていた槇がそっと振り返って、笠原を見た。
明崎とも目が合うと、ちょっと笑ってまたパソコンに向き直る。
”まだ僕らに聞くべきか迷ってるみたいだね”
”花屋の場所ってこと?”
”いや、多分その先のことだと思うけど”
検索結果が出たのだろう。
画面をスクロールする仕草をして、笠原は幾つかのサイトを覗いている。
”やはり……変だろうか。昨日一昨日会ったばかりの、知らない人間がこんなことをするのは”
昨日一昨日。
会ったばかり……。
悩んでいる様子だった。
笠原の真意が未だ分からない明崎に、槇から再び声が掛かる。
”そっか、笠原君って意外と行動家なんだね”
”へっ?”
”昨日のお婆ちゃん、気にしてるんじゃないかな”
それでやっと明崎も納得した。
だから竹川先生の名前聞いて、反応したのか。
……あー。
お婆ちゃんかぁ。
全然思いつきもしなかった。
ほんの少し、槇に負けた気がした。
それにしても、笠原が至って澄ました顔の奥でそんなことを考えていたとは。
お婆ちゃんと笠原は、確かに今まで接点なんて無かったはず。
確かに聞く限りでは寂しそうな印象のお婆ちゃんであったが……
”……粘土……樹脂粘土?”
何処に売っているものなのだ、それは。という笠原の困ったような声が聞こえた。
表情は全く変わらないままで。
──かくして笠原は翌日、槇宅から1人で出かけていったのである。
そういえば前回の転校だって1人で決めたのだから、笠原はかなりの行動家なのだ。
「俺も行ってきまーす」
「先生のトコ?」
「先生のトコはほんのちょっとだけ、友達に会ってくる」
明崎もスニーカーを履くと、太陽煌めく空の下に飛び出した。




