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すると。
「手伝うてくれへんか?」
お婆ちゃんの声が聞こえたので、ハッとまた顔を戻した。
お婆ちゃんは脚をベッドに上げようとして、「いたたた……」と呟いている。
関節を曲げる時に痛いのだろう。
すぐに気付いた笠原はお婆ちゃんの所へ行くと、お婆ちゃんがベッドで横になるのに手を貸す。
仰向けに横たわった所へ、薄いタオルケットを胸元まで丁寧に掛けた。
点滴のポールも取りやすいように傍へ寄せる。
これで多分、大丈夫なはず。
お婆ちゃんは「すまんねぇ」と、やはり小さな声で言った。
「見舞いに来たんか?」
そう聞かれたので、「いえ」と首を振った。
「竹川先生に用事があって」
「そうけ。……アンタ、関東の人やな」
「はい。神奈川から」
「えらい遠いトコから……」
頷くと、お婆ちゃんはぼんやりと窓に視線を投げた。
その顔をよく見ると、昔は美人であったであろう名残を感じる。
けれど、何処か諦めたような翳りを帯びていて……
もうお婆ちゃんは何も口を開かなかった。
笠原は声だけ掛けて、今度こそそっと病室を後にする。
お婆ちゃんは最後まで窓を眺めたまま、返事をしなかった。
「──あ!」
廊下に出た瞬間に、また別の声が聞こえた。
見れば、明崎と竹川がこちらにやってくる所だった。
「居った居った!」
「おお、そんなトコに居ったんか」
「何してたん?」
「ここのお婆ちゃんの介助を……」
帰りの遅い笠原を気にして、わざわざ来てくれたらしい。
事情を説明しようとすると、竹川が合点のいった様子で病室のプレートを見遣った。
「錦野のばあさんか」
言われて笠原もプレートを見上げる。
……なるほど、あのおばあさんは「錦野 綾子」という名前らしい。
「……綺麗な名前ですね」
「手先の器用なばあさんで、入院するまで花作っとったらしい」
「花、ですか」
「樹脂粘土でな」
「へぇ〜!芸術家なんやぁ」
花と聞いて病室の様子を思い出した笠原は、ふと気になったことを尋ねる。
「あの方、ご家族って……」
ベッドの傍らには、備え付けの引き出しがぽつんとあるだけで、私物らしい物が全く見当たらなかったのだ。
何だか寂しい雰囲気があった。
「余り他人寄せつけへんからなぁ……」
竹川はそれだけ言って、後は答えなかった。
3人は2階から降りて、応接室に戻った。
その後歓談を終えて、医院から家に戻っても、笠原の頭からどうにもお婆ちゃんの姿が離れなかった。
あの寂しげな姿が、何故だか。
どうしても──




