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「あ、帰ってきた」
明崎が声を上げると、須藤もハッとした様子で教室の入り口を見た。
明崎の言った通り、笠原が廊下を歩いてくるところだった。
左頬には大きめの肌色のバンドエイドを貼って──
3時間目の終わった休み時間なので、たった今登校してきた笠原に対して皆、興味津々で注目している。
ただ、それでも誰も声を掛けなかったのは、いつもの無表情に隠し切れず滲み出た陰鬱さのせいか。
「紫己ー」
教室のドアをくぐって来た笠原を、明崎が早速出迎えた。
その明崎の左頬にも同じ様にガーゼが貼られている。
「あっ!何だお前ら!まさかのペアルックか!」
「おいー、マニアック過ぎんぞ!」
「抜かりねぇなぁ〜」
2人してそんな出で立ちなものだから、クラスメイトは面白がって大いに囃し立てた。
明崎も「いやぁ〜」と笑って応える。
「バレてもうたか」
「バレてるっつーか見せつけてんだろ!」
「へへ〜ん、ええやろ〜?ざま〜みろ」
「あーくそ、その笑った顔ムカつく!」
「まぁ紫己が怪我したんはホントやねんけど。な?」
笠原に向かって明崎が首を傾げて見せると、場を眺める様に黙り込んでいた笠原も控えめながら困った様に微笑む。
明崎が、笠原を含め周りに配慮した意図を読み取ってのことだろう。
けれど朝の状況を思えば、それは余りに痛々しい微笑みであった。
笠原の頬に、突然鱗が出来てしまった経緯は明崎にも全く分からない。
少なくとも昨夜の時点で、そんなことは無かった。
今朝だって、血相を変えて部屋にやって来た須藤に叩き起こされ、慌てて洗面所に駆けつけたのだ。
その時には、もう。
顔から血の気を引かせた笠原が、明崎を認めた途端、酷く怯えた様子で後ずさった。
アンタまで……本当に化け物になる──
未だ脳裏から離れない、震えた笠原の声。
その瞬間に、鏡で見なくとも自分がどんな姿になっているか明崎は察することになった。
確かにそれに気付いた時には驚いたし、不安とも戸惑いとも取れない感情が胸の内で、どくんっと緊張を帯びて膨張しかけたことは覚えている。
だがそれも一瞬のことだった。
ここで笠原を独りにさせてはいけないという咄嗟の判断で、明崎は笠原を抱き締めたのだ。
あの時少しでも明崎が離れる素振りを見せていたら、笠原を深く傷つけるばかりか、本当に取り返しのつかないことになっていただろう。
明崎自身、笠原にとって今や自分が大きな存在になりつつあることは自覚している。
「笠原……」
須藤がそろりそろりと、2人の元に近づく。
朝、本当に突然のことだったとはいえ、笠原の姿を見て驚愕し、何の言葉も掛けてやれなかったことを酷く気にしているようだった。
気遣わしげに声を掛けてきた須藤に対し、笠原は一瞬身を硬く強張らせた。
それから申し訳無さそうな、哀しげな表情を浮かべ……そして、
「すまない……」
一言だけそっと詫びを伝え、2人の傍から離れてしまった。