明崎は気にしすぎ
「その辺の漫画とか、好きなように読んどいてな?」
やがて夜も更け。
寝る準備をするため、自室に入った明崎は電気を付けて、押入れの布団を引っ張り出す。
連れて来られた笠原は、室内を見回した。
四畳半のフローリングの部屋だ。
勉強机や本棚があって、そこには明崎の物がそのまま残されている。
床に布団を2組敷いたら、部屋は一杯一杯になるだろう。
笠原は勉強机に並べられた教科書や参考書の列から、何気なく英語の問題集を手に取り、中身をパラパラとめくった。
……答えが書き込まれているが、赤い丸やバツは付けられていない。
その代わり赤ペンで、間違えたらしい箇所には改めて計算と答えが記されていた。
目を通した笠原は──思わず笑ってしまった。
「……汚い字」
「廊下で寝る?ええで、布団持ってったろか?」
「やめっ……悪かった、もう言わないから」
布団を敷こうとしていた明崎が、冗談で手にしていた布団をずるずるドアに引きずって持って行こうとしたので、笠原は慌てて阻止する。
そして可笑しくなって、2人で小さく笑い合いながら一緒に布団を敷いた。
「何で笑ってるん」
「アンタが笑わせてくるから」
「人のせいにするんやぁー。へぇー。ふぅーん」
「アンタのせいだろう」
「寝まっせ〜」
布団を隣同士、2つ並べてから、寝間着に着替える。
明崎が「寝るで」と言ったので、笠原が布団に入ると電気を消された。
豆電球の微かな灯りの下、明崎も布団に身を滑り込ませたのが見えた。
布団の擦れる音が止んだ後には、静寂が広がる。
「……なぁ、」
しかしそれも、ほんの少しの間だけで。
すぐ明崎の声に呼ばれた。
笠原はちょっと顔を上げて、明崎の顔を見た。
「今日……楽しかった?」
「急にどうしたのだ」
声色が、心なしか不安げに聞こえる。
「……楽しかったぞ」
今日なんか、いつも以上に笑った気さえしているのに。
「うん。……ほんじゃあええねん」
「やっぱり、アンタ今日は変だ」
笠原は訝しい思いで明崎を見る。
「いや、別に何も無いねんで。ホンマ気にしやんといてな」
……何か、変だ。
「……アンタらしくない」
「おやすみ!」
笠原の言葉を遮るようにして、一方的に話を切り上げた明崎は大きく寝返りを打って、笠原に背中を向けてしまった。
……気になる。
本当にどうしたというのだろう。
「何かあるなら言え」
「何も無い〜」
「……嘘つけ」
絶対何かある。
そうでなきゃ、こんな……
「………」
けれど。
それを今問い詰めた所で、きっと明崎を困らすだけだろう。
「……分かった」
笠原は内心溜息を零しながら言った。
「おやすみ」
明崎は律儀にまた「おやすみ」と返してくれた。
背中は、向けられたままだが。
笠原は目を閉じた。
明日から、いつもと違う日常が始まる。
明崎のことは気掛かりだが……それでも楽しそうだ。
そんな思いを抱きながら、ゆっくりと意識は降下していく。
静かな水底に、沈むように。
──笠原が眠りに落ちた頃になって、明崎は漸く身体を笠原の方に向けた。
……何か、ごめんなぁ。
呟くように思う。
不自然な態度ばかりとって、笠原を戸惑わせてしまった。
明日から、ちゃんといつも通りするから。
今日のは許して。
眠る笠原の顔を見ながら、心の中で弁解する。
……あーあ。
明崎は何だか居た堪れなくなって、布団を頭の上まで引っ張り上げた。
もう何も聞こえないように。
見えないように。
やっぱり人の心を覗くって……よくない。
全然、よくない。




