2
悶々と考え込んだ矢先、部屋のドアが開けられて、槇がひょこりと顔を覗かせた。
「わっ。……何か、水族館みたくなってる」
「あ、いや、これは……!」
驚いた様子の槇に対して、笠原は慌てて腰を上げる。
「すみません!バケツとか、勝手に……」
槇は物珍しそうに部屋を順繰り見渡している。
魚を1匹1匹見て、床のバケツを見て。
それから言葉を途切れさせた笠原を見ると、
「これってクジラも作れるの?」
魚を指差して、槇は興味津々に聞いてきた。
──────
おおよそ20分の試行錯誤の末。
魚達は元のバケツに還って、そこから今度は勢い良くクジラが躍り出た。
「クジラだー!」
歓声が上がる。
一番喜んだのは宙だった。
透明な身体で泳ぐクジラは、笠原の意識に合わせてゆったりと宙の傍に身を滑らせた。
クジラといっても、宙が両手で容易く抱えられるぐらい小さなものである。
槇がタブレットで見せてくれた、クジラの動画を参考に形造った。
「いやぁ、スゴいねぇ〜。本物そっくりだ」
槇が感心した様子で呟いた。
空気に触れる水の表面はさざめいているが、そこには動画で見た模様がくっきりと浮かんでいる。
宙が手を伸ばした。
するとクジラの身体は、宙の手を抵抗も無くスッと体内に呑み込んだ。
水で出来ているので、クジラは何の滞りも無く通ってしまう。
クジラは宙の手に涼やかな感触を残し、ゆっくりと通り抜けていった。
「宙、クジラの感触どんなやった?」
「冷たかった!」
宙は嬉しそうに笑うと、クジラの後を追ってまたその身体へ手を伸ばした。
「むっちゃ気に入ったみたいや」
「良かった」
明崎の言葉を聞き、笠原は嬉しげに目元を柔らげる。
「やろうと思えば、出来るものなのだな」
「俺も出来るかなぁ」
「アンタは無理だ」
「即答って……!酷いやんもうー」
明崎が唇を尖らせれば、「自他共に認めるポンコツだろう?」という容赦ない答えが返ってきた。
「ちょっ、それ!それ本人に向かって言う?!ひっど!」
「そうそう。もっと言ってあげて。団之介ってば、美術ギリギリの成績だったんだから」
「槇さーんっ!?」
話に槇も加わって、たちまち明崎をイジる方面へと転がっていく。
「ちなみに団之介って、どこまでなら作れるの?」
「星も少し怪しかったと思います」
「あはは、やっぱり!この子、どうにも絵心が無いっていうか」
「全然無い、ですね」
「うん、センス無いと思う」
「ちょっちょっちょっ!」
どんどん重なる言葉の数々に、明崎は堪らず間へ入った。
「待って!?絵心無いかもやけど、紫己の真似しよう思ったら、ちゃんと出来んねんで!?」
「もうその人任せなスタンスじゃ、養えるものも養えないよ。ねぇ笠原君」
「そうですよね」
えええーー……
2人共酷い……
「そういえば、」
笠原がふと思い出したように、槇に質問する。
「槇さんって、能力は……」
「ん?僕?」
明崎はおっと、と槇を見た。
どう答えるつもりなのだろう。
槇は「そうだなぁ」とほんの少し考える素振りを見せると、こう答えた。
「霧ケ原君や、シイナ君みたいな系統だね」
「……未来が視えるとか、ですか?」
「そう、そんな感じ」
「ああ……」
笠原は頷くと、それ以上この話には踏み込んでこなかった。
"嘘はついてないでしょ?"
明崎の心に、槇からそんな言葉が届いた。
槇は明崎と目が合うと、そっと笑った。
──その時、スマホの着信音が部屋に響く。
「誰だろ?」
槇のスマホであった。
槇は自分のデスクに置いていたスマホを取り上げると、足早に部屋を出て行く。
その後、槇はしばらく部屋に戻って来なかった。
「仕事かな」
「お忙しそうだな」
「まぁ、いっつもこんな感じやで」
「紫己にいちゃん、もっと何か作って!」
「相当気に入ったんやな〜。次何作るのん?」
「次は……」
その日はずっと、笠原が作った水の生き物で宙が遊び、明崎も笠原も宙の遊び相手になって過ごした。
穏やかに時間は流れていく。




