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「宙。紫己にいちゃんに挨拶せな」
「紫己にいちゃん……?あ!にいちゃんがいつも言ってる人!」
「せやで〜」
明崎は宙と呼んだ男の子を一度腰から引き剥がすと、両肩に手を乗せたままその小さな身体をぐりんと笠原に向けさせた。
「はい、挨拶」
「菅野 宙です!よろしくお願いします!」
ああ、やっぱり。と笠原は思った。
性格や笑う感じは何処となく似通った所があるのに。
顔立ちを見ていて、3人ともてんでバラバラな様に思っていたのだ。
槇は柔和ながら整った容貌をしているし、宙はくりくりした大きい目で少しやんちゃな顔立ちをしている。
誰も少しも似ていなかった。
3人共名字が違うとなれば……団之介と宙の両親は、一体。
「よろしく。笠原 紫己です」
それでも笠原は、ひとまず微笑んで挨拶を返した。
見届けた明崎が「偉いやんか〜!」と宙を嬉しそうに褒める。
宙は得意げに、くすぐったそうに笑って明崎を見上げた。
そこへ槇から声が掛かる。
「じゃあ、続きは中でして貰おっかな。外あっついでしょ」
確かに。
現に明崎と笠原は、暑い中を歩いてきたせいで額に汗を滲ませている。
背中なんかは、言うまでもなく。
外に出ていた3人は、言われた通り速やかに屋内へ退避した。
「はぁ〜、涼しい〜!」
「部屋のほうがもっと涼しいよ」
早くおいで、とにこやかに促す槇と、Tシャツの襟元を掴んでパタパタさせる明崎、そして彼の腰に纏わりついてはしゃぐ宙。
「お邪魔します」
最後に若干おずおずしながら入った笠原は、そんな彼らの様子を眺めることになった。
「あっつ〜」
「にいちゃん服びっしょり〜」
「わぁーあかんっ!ピヨちゃんそこ触ったらあかん!」
「あーっ!!ピヨちゃんって言うなぁ〜!」
「団之介、シャワー浴びる?」
「そうする〜……」
親子というより、歳の離れた兄弟みたいだ。
そう思っていると、「笠原君もシャワー浴びるよね?」と槇に聞かれた。
一瞬笠原の心に遠慮するべきかという迷いが生まれる。
いや、ちゃんと考えれば「浴びる」を選択するに決まっていた。
けれど初めての他人様の御宅で、"如何に気分を害させないように動けるか"に全神経を向ける笠原である。
まず初めに"遠慮"から始まるのは仕方ないことだ。
「笠原君、そこまで遠慮しなくていいよ」
笠原はハッと槇を見た。
槇は笠原と目を合わせると、ニコリと笑った。
「自分の家みたいに、気楽に過ごして貰える方が僕らも嬉しいからさ」
振り返った明崎も、うんうんと頷かれる。
「ね?」
「……ありがとう、ございます」
「いいえ」
「あの、お言葉に甘えて……」
槇は更に笑みを深くして、頷いた。
廊下を通って2人が寝泊まりする部屋に案内された後、先に笠原からシャワーを浴びることになった。
もちろん順番も気になって遠慮しかけたが、明崎によって「はいはいはいはい」と強引に浴室へ押し込まれたのである。
だから笠原は、明崎と槇の間でこんな遣り取りがなされていたことも知らない。
「……やっぱ槇さん居ったらなぁ」
「うん」
「紫己の気持ちがめっちゃ”聞こえてくる”」
「僕も良く”聞こえてくる”よ。……話には聞いてたけど、思った以上に礼儀正しいというか、慎み深い子だね。あの歳で偉いなぁ」
「うん」
「……あ。今、僕のこと羨ましいって思ったでしょ」
「……そうゆーのんまでバレちゃうの良くない」
槇の能力はテレパシーである。
けれど槇の場合、伝えるだけでなくて相手の心の声まで意図せず聞いてしまうのである。
それは、相手が槇のことを考えた時。
そう。
槇と一緒に居る間。
"明崎について考えた"笠原の気持ちを、明崎は聞き取れるようになってしまったのだ。




