槇さんの家
今日は日差しが強い。
気温は33度。
JR奈良駅を降りてから、2人は逃げる様にバスへ乗り込み、住宅街の方面へ向かう。
中心地であるにも関わらず、建物は低い構造のものが多い。
景観保存法というものがあって、寺社仏閣などの雰囲気や景観を損なわないようにするための決まりがあるのだそう。
確かに、お寺のそばに高いビルがそびえ立っていたら、何だか有り難みが無い。
それでも古都と言われるだけあって、大変そうだ。
それと笠原はもう1つ気になっていたことがあって、バスから景色を──特に道を見ていたのだが、「う〜ん」と苦笑した明崎に教えられる。
「鹿さんはねぇ〜、奈良公園ってトコに行かんな居らんのよ」
「あ……そうなのか」
「奈良県の何処にでも出るって訳ちゃうねんで」
てっきりそうなのかと思っていた。
鹿は奈良公園を中心にその近辺を歩いているらしい。
後は当たり前だが、山の中に。
ちなみに人馴れしているし管理もされているとはいえ、一応は野生動物として扱われているそうだ。
「それにしても……お寺や神社の名前があちこちに出てくるな」
「まぁ奈良県ってどこ行ってもお寺さん神社さん多いからなぁ……。ってか関西地区って皆そやけど」
透季島や、本当の神奈川県なんかに比べたら、やはり街並みそのものも古さがある。
見慣れない、けれど何処か素朴な温かさもある街並みを眺め続けて15分。
バスから降りて、更に7分ほど歩いた閑静な住宅街の中に、そのアパートはあった。
この辺りから蝉の声がよく聞こえる様になった。
2階立てのそこの階段を上がって、幾つかのドアの前を通り抜けて、その内の1つの前で明崎は止まる。
笠原は向かって左から2番目の部屋と覚えた。
ピンポーン
チャイムを鳴らすと、インターホンのスピーカーから微かなノイズが聞こえた。
『ちょっと待っててね』
笠原と槇は、今回が初対面となる。
その柔らかくて優しげな声は、明崎から聞いていた印象を全く裏切らなかった。
そうして。
ガチャっとドアが開いた途端、中から小さな人影が弾丸のごとく飛び出してきた。
「にいちゃーーんっ!」
「ぅおっと!!」
ドンッとまともにぶつかった衝撃を受けたものの、明崎はしっかりと抱き留めてその場に踏み止まる。
ちょっとよろけて危なかったけれど。
明崎の腰にぎゅうとしがみついたのは、まだ小学生くらいの男の子であった。
男の子はお腹に埋めるようにしていた頭を上げて、弾けるような笑顔で明崎に向けた。
「お帰り!」
「ただーいま」
明崎は男の子の頭をくしゃりと撫でて笑った。
短めに切った男の子の髪は、明崎と違って真っ黒だ。
「お帰りー」
後から遅れて、槇が玄関口まで出てきた。
すると、明崎の表情に嬉々とした輝きが増した。
「槇さんただいま!」
「長旅ご苦労様。で、笠原君は初めましてだね」
笠原に顔を向けた槇は、「槇です。いつも団之介がお世話になってます」と穏やかな笑みを浮かべて挨拶してくれた。
見ているだけで、じんわりと温まるような優しい微笑みだ。
笠原も自己紹介を済ませてから、「3週間、よろしくお願いします」としっかり挨拶をした。
写真で度々見ていたが、風貌もさながら性格も優しそうな人である。




