灰色の先行き
「今朝起きたら、既に鱗が顔に出来ていた。寝るまでは何も無かった。……これで合ってるな?」
「………」
「それまで、少しでも変わったことは無かったのか?」
「……ありません」
「そうか……」
登校を遅らせて、笠原は伊里塚と共に研究所へ来ていた。
個室を借りて、伊里塚は問診した内容を用紙に走り書きしている。
……どうしてこうなったのか、分からない。
けれど、背中の鱗がいつか別の所にも転移するのではないかと、前からずっと恐れていた。
原因が分からないとすれば。
これは昨日今日の話では無くて、そもそも鱗を持ったが最後、全て覆い尽くされる運命にあるのではないのだろうか?
頬のこれは、その予兆で。
だとしたら、この身体は──
悪い想像は次から次へ湧いて出てくる。
だから笠原は、椅子に座って力無く俯くしかない。
「原因は追い追い突き詰めていくとしてだな……」
用紙から顔を上げた伊里塚は、笠原を見て手を伸ばした。
「あんま気ィ落とすな」
ぽんぽん、と頭を撫でられて、笠原はそっと目を上げた。
悲愴な色を秘めた瞳が、伊里塚の目に写り込む。
「前みたいに、お前は一人じゃないんだ。俺も全力を尽くす」
「……あの、」
「ん?」
「松浦タエさん……その、家の人間には話さないで貰っても、いいですか?」
「……向こうさんは、能力のことは受け入れていない訳じゃないんだろ?」
「……心配させたくないので」
笠原を育てたタエさんは、もう既に還暦を迎えている。
タエさんにはこれまで、色々な心労を掛けさせてしまったし、今は持病も抱えている。
加えて、現在息子夫婦と暮らしている身だ。
これ以上、笠原が割り込んで迷惑を掛けるようなことはしたくないのだ。
「俺から、また話します」
「……まぁ、お前が言いたくないなら」
伊里塚も無理強いすることは無かった。
「肌色のバンドエイド持ってくるから、それ貼って今日は学校に行ってくれ」
「分かりました」
「少しでも何か異常を感じたら、保健室来い。すぐ俺も行くから」
「……すみません」
「謝んな。俺の仕事だ」
伊里塚はそう言うと、立ち上がって部屋から出て行った。
一人残された笠原は、再び床に視線を落とす。
これから……どうなってしまうのだろう。
そればかりが頭の中をぐるぐると巡って、次第に色んな人の顔が浮かぶ。
どれだけの人を困らせてしまうのだろう。
どれだけの人に気味悪がられてしまうのだろう。
なにより、
「団之介……」
彼の顔が浮かんだ瞬間、笠原はぎゅうっと目を閉じる。
もう、顔を合わせられない。
何と彼に詫びたらいいか、分からなかった。