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4

……再び静寂が広がる。

そこには息が上がってしまった笠原の、忙しない呼吸が聞こえるだけ。

痺れたようになっていた心は、強張りが段々と解けていったが、後には嘘寒い空虚さが広がった。


……言ってもどうしようもないことを、明崎にぶつけてしまった。

明崎には何ら関係の無い、全部自分の話である。

幾らか頭が冷えてくると、もう居た堪れなくて、明崎の顔を見ることが出来なった。

笠原は呼吸が落ち着くのを待ちながら、次の展開を待ち構える。


明崎はどう思っただろう。

何を言うだろうか。

何にせよ、笠原はこれ以上話す気にはなれなかった。

後は、明崎の言葉がどんなものだろうと聞くつもりでいた──


「……他には?」


ぽつり、と聞こえた声に笠原は顔を上げた。

目が合った明崎は怒った様子でもなければ、困惑した様子でもなかった。

ただ、平静という訳ではないらしく、顔は何処か緊張を帯びたままだ。


「それだけ?……他はもう無いの?」


もう一度問われた。

他……?

まだ聞かれるとは思わなくて、笠原はぽかんと明崎を見返した。


「紫己にとって、悲しかったことは聞いたけどさ」

「………」

「紫己がホンマそういう……辛い、苦しい中で必死で生きてきたっていうのは、俺も分かってるつもりやねん」


でも、と明崎は続ける。


「俺、まだ紫己がどうしたいんか聞いてへん」

「どうって……」

「言ってくれやんな分からへんよ。ホンマはこうしたいとか、これが嫌やとか……そういうの吐き出して欲しいのに」


ついさっき、胸の膜を突き破ったばかりの思いが、再び笠原の中で暴れ出した。


どうして人並みを求められないのだろう──


違う、と別の意思が必死で押し留めようとする。


今そんなのを望んだ所で、目先の苦しみから逃れるだけだ。

後で、きっと後悔することになる。

これまでもそう思って、自分で全て背負う覚悟も持っていたではないか。

他人に助けを求められるようなことじゃないと、分かっているはず。

今更、それを覆すというのか。


しかしその言葉の1つ1つが制止の意味を持つどころか、寧ろ刃物のように笠原の心を惨く切り裂いた。


だからって──


その傷口から溢れるように、心が軋んだ本音を露わにしていく。


だからって、俺は何も望んではいけないというのか。

友人1人、望めないというのか。

今までも、これからも。

何もかも、切り捨てていかなければならないというのか。

他人のためと言って、誰も振り向いてくれないと分かり切ったことを延々やり続けるというのか。

皆が幸せに暮らしている、隣で。

どうして、俺ばかり。

いつまで、これは続くのだ。


俺が幸せだと言えるのは、いつだ。


これまで見ないように抑え込んで、漠然と抱えていた思いだ。

見たくなかった。

見ても、それで不条理を叫んだとしても、所詮己ではどうにもならないことを幼い内に学んでいた。

だから欲求は胸の内に押し込むことでしか、笠原には道が残されていなかったのである。


それを真正面から問い正されて、言葉にされてしまったら……もう駄目だった。




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