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2

紫己がええ言うてくれるまでは近づかんことにする──


望んでいた言葉のはずなのに。

耳に届いた途端、頭の中が真っ白になった。

それから、身体中の至る所まで冷たい痺れが走って、漸く笠原は思考を取り戻す。

けれど、明崎の答えに対して何も言葉が出なかった。


「学校でも家でも。俺はまぁ、この通り何とでもなるから心配しやんといてな」


コップを床に置いた明崎は──諦めて笠原の願いを受け入れた彼は、困ったように笑っている。


「ともかく君は自分のこと優先して」


立ち上がった明崎は出入り口に向かう前に、そっとこんな言葉を掛けた。


「でも、何かあったら言ってな。……いつでも、力になるつもりで居るから」


──本当に、これでいいのか。


笠原の心が、不意に揺らぐ。

こんな風に遠ざけて、本当にこれで良かったのか。

良いに決まっている。

望んだことだ。


……なら、何故こんなに気持ちが揺らいでいる?


何故、こんなに迷っている?

何が怖いことがある。

……いつものことではないのか。


けれど笠原の目の前で、明崎が背中を向けた瞬間。

突然、身体の奥底から針に刺されたような痛みが突き抜ける。



嫌だ



それに押されるようにして、迷いの正体が薄い膜を破り、胸の内から飛び出した。



1人は、もう嫌だ……!



これまで笠原が目を背けながら、心の何処かで訴えていた叫びだった。

目頭が熱くなって、抑える間も無く涙が溢れてくる。


──その衝動に駆られたまま、気づけば明崎を引き留めていた。


反動で明崎は思い切りすっ転び、ちょっと腹を立てた様子で振り返ってきたが、笠原はただ明崎を見つめることしか出来なかった。

千々に乱れた心では、何から伝えたらいいのか分からなかったのだ。

明崎もまさか笠原が泣くとは思っていなかった様で、驚いた表情を浮かべ暫く固まっていたが、やがて「……どうしたん?」とおずおず聞いてきた。

でもそう聞かれて、言葉が見つからなかった。

先程、己が口にしたことと正反対の理由で引き止めたからである。

それこそ、我儘でしかなかった。

自分こそ明崎を振り回すような真似をしていると思い至れば、やはり何も口には出来ない。

震える唇をきゅっと引き結んで、笠原は俯いた。


けれど笠原の気持ちを察した様に、明崎は笠原の両肩に手を置いて、問い掛けてきた。


「ホンマはどうしたいの?」

「………」


何か、話さなくては。


何でもないのだ、と。

大丈夫だから。

心配しなくていい、帰ってくれと。


そっと口を開いて言い掛けるが、何かが喉でつかえて邪魔をする。

浮かんだ言葉のどれもが、声にならないまま、あっという間に霧散して消えていく。


「……他人に迷惑掛けるどうこうは置いといてさ。君ホンマはどうしたいんよ?」

「………」

「言いたいこと、何でもええ。我儘でもええから。……ホンマの気持ち、言ってくれへん?」


違う。

こんなの、言うべきことじゃない。

こんなことを言って、団之介を困らせたくない。


「言って」


明崎は強い口調でもう一度言った。


「言うまで俺帰らへん」

「違、」

「ん?」

「違う……」


言うべきじゃ、ない。



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