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明崎のスマホにメッセージ通知が入ったのは、笠原達がフォトスタジオに姿を消して2時間経った後だった。
「……あ。やっぱ撮影しとったんやって」
「長かったな。何にそんな時間掛かったんだ、現像?」
「ってか何の撮影しとったんかな」
フードコートで優雅にソフトクリームを舐めてダベっていた明崎達は、席を立って早速件の2人の元へ向かった。
──────
「おお……」
池上はホゥ……とため息を吐いて、感慨深げに出来上がった写真を眺めている。
「……素晴らしいな」
「……いらんぞ」
「何故だ、こんなに綺麗なのに。持ってろ」
「いらん」
「持て!」
「いらん!!」
押し問答の末。
A4サイズの台紙に納められた2人のツーショットと、笠原の赤いドレス姿のソロショットは笠原の手元に押し付けられることになった。
ちなみにもう一枚あって、それは池上がしっかり持っている。
「それにしても、ドレス姿まで美しいな」
「破るぞ」
「そんなに嫌か」
笠原は苦い表情を浮かべて、やっぱりそっぽを向く。
彼は言葉が少ない代わりに、ちょっとした仕草で意思表示をすることが多い。
全く……そういう照れる辺りも可愛いと、池上はまた一つ笠原に取り込まれそうになる。
「まぁ、それは置いておくとして。寄りたい店は無いのか」
「アンタは?」
「ついてく」
「アンタこそ無いのか」
「お前の行きたい所にって言ってるだろ、何も気にするな」
池上がそう言うと、笠原は何だか困ったような表情を浮かべる。
実際、笠原は服や雑貨にそこまで興味を持っていないし、財布すら持っていない今、買える物も無い(池上は買い与える気満々だが)。
強いて言うなら、食品売り場ぐらいか。
しかし幾ら何でも、言えることじゃない。
……と、そこまで考えて笠原は、はたと気づいた。
「……何を探してる?」
笠原が辺りをキョロキョロ見だしたので、池上は首を傾げる。
「いや……」
言いながら笠原は、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
さっき明崎にメッセージを送った時、すっかりスルーしてしまっていたが。
スマホは時刻15時半と表示していた。
……笠原は、ここから帰るまでに掛かる時間を逆算する。
「……すまん。そろそろ」
「帰る、か?」
「夕飯の支度とか、色々放ってきてしまってる」
帰ったら洗濯物も取り込まねばなるまい。
掃除機も掛けなければ。
手紙も、放りっぱなしだ。
「そうか……」
項垂れた池上は目に見えて、ずぅぅん……と気分を落としてしまった。
う……。
そんな憐れな姿を見てしまっては、別に何の落ち度もない笠原も罪悪感を覚える訳で。
もう少しぐらい、居てもいいのではないか。
脳内に過る声が、笠原を悩ませる。
と。
「……家まで送る。行くぞ」
池上が歩き出したので、笠原は慌ててついて行く。
2人並んでエスカレーターを降り、メインストリートを歩いて出入り口に向かう。
その間、何だか気まずい雰囲気が2人の間に流れてしまって、お互い話しかけることが出来なかった。
それでも駐車場に出て車まで行くと、朗らかに出迎えた執事のお陰で空気が多少和らいだ。
「お帰りなさいませ。撮影は如何でしたか?」
「ああ。良かった、とても」
「それは良うございました。私も是非拝見したいのですが」
「見るか?」
「や、やめっ……!」
後部座席に乗り込みながら交わされる少年2人の遣り取りを、執事は微笑ましく眺めながらドアを閉めた。