九
資料館や博物館、喫茶店などの店舗として利用されている建物の他に、街道には今も人が住んでいる古民家もある。
離れて見ると家の正面には木の格子窓があることしかわからないが、近付くと中に車が見えた。景観保護のために補助金が出ているらしいが、それだけでここに住み続けようと思うだろうか。
「見るだけならいいですけど、実際に住んでいる人は不便そうですね」
「外見だけで、中は普通かも」
「それでも、こうやって家の中をじろじろ見られるのはなあ」
水上は不満そうに言った。
「そんなに見てませんよ」
夏川は一歩退いて街道の方に向き直った。
「こういう家に住んでみたいとも思うけどね」
古泉は夏川をフォローするように言った。
「そう思う人が住んでるんだろ」
「たとえそうでなくても、協力して町並みを残してるってのがいいですよね」
「うん」
二人ともそれに関しては異論はないようだ。生活をしていればいいところも不便だと思うこともある。それは実家にいようと一人暮らしをしていようと変わらないことなのだろう。
街道の両側の家がまばらになり、道は下り坂になった。交差点の手前で道がアスファルトになる所に宿場町の名前が刻まれた石柱が立っている。
「帰るか」
と水上が言った。
「はい」
来た道を戻ると、彼らの後方から日の光が斜めに差し込んでいた。光の角度によってできる陰影が町並みの印象を変えた。
「すいません。待たせちゃって」
この静かさを表現したいと思って、夏川は写真を撮った。
「かまわんよ」
「いろいろ設定を変えて試してみたら。それがデジカメの強みだし」
古泉に言われて、設定を変えながら何枚か撮った。普段はカメラ任せにすることが多いので時間がかかったが、二人は待っていてくれた。
駅まで戻り、行きと同じ駅で乗りかえて、彼らの住む町に向かった。
日は沈みかけるときに最も濃い色になる。田園の先に聳える山々の向こう側に日が見えなくなるところだった。辺りから色が消え、町の明かりが目立ちはじめた。
今朝実家を出て、帰る先は別の場所。さらに路線も普段使わないものなので、帰るのではなくこれからどこかに行くような感じがした。
景色が見えなくなったので、夏川はカメラをとりだして年末年始に撮った写真を見始めた。水上と古泉は並んで本を読んでいる。
写真を見終わって顔をあげると、川にさしかかった。彼らの住む町の西側を流れる川で、彼の正面には街灯の並んだ橋がある。橋は街灯と車の光で照らされて、暗い中でもはっきりと見えた。
川を渡りきると見慣れた景色になった。
「もう着きますよ」
降りる一つ前の駅を過ぎたとき、本に集中していた水上に声をかけた。
「気付かなかった。ありがとうな」
古泉はすでに本をしまって、携帯電話を見ていた。アナウンスが駅名を告げ、電車はゆっくりと駅に入った。
彼らはホームに降りて、階段を上った。夏川だけ反対側の出口から出たほうが近いので、別れの挨拶をしようとしたが、
「夏川もこっち」
と古泉に言われ、付いていった。水上も事情は知らないらしい。
二人のあとに改札を出ると、薄暗い駅前広場で大きく手を振っている人影が見えた。
「おーい、みんなー。おかえりー」
聞き覚えのある声だった。
「さっきメールしといた」
手を振る人の元へ歩きながら、古泉が二人に言った。