八
終点で乗り換えて一駅。着いた駅は、白塗りの壁に瓦屋根の小さな駅だった。水上は旅行鞄をコインロッカーに入れ、ある程度身軽になった。
駅前の国道を横断すると、ゆるい上りの砂利をまぜた舗装路が見えた。その道を進んでいくと、同じような舗装路に行き当たった。その道沿いは古い町並みが続いていた。
彼らの住む町にも古い町並みの残る地区があるが、ここはその何倍も長い。木造の建物が並び、さっきの駅舎のような白塗りのものも多い。銀行や郵便局もあったが、周りにとけこむようにそれらも木造だった。
水上は買ったばかりのカメラを使いこなしていた。
「説明書は付いてませんでしたよね?」
「買ったときに、簡単に使い方を教えてもらったんだ」
「使いやすい?」
「操作性よりも自分でピントを合わせるのとか、一回毎にレバーを動かすのが面白い」
そう言って水上は古泉にカメラを差し出した。古泉はそれを色々な角度から見たり、ファインダーを覗いたりした。
「一枚撮っていい?」
「仰せのままに」
古泉はしゃがんで、近くにあった宿場町の名前が書かれた行灯にカメラを向けた。カシャンという小気味良いシャッター音がした。カメラ上部の右側にあるレバーを動かしてフィルム送りをした。
「感触がいい」
と古泉は感想を言って、水上にカメラを返そうとした。
「夏川もやってみるか?」
「いいんですか」
「もちろん」
古泉からカメラを受けとって、何を撮ろうか考えながら周囲を見回した。正月にはこの道を大名行列を模した一行が歩いて行くという行事がある。夏川はテレビでその様子を見て、ここに来たいと思った。今はテレビで見たような人だかりはないが、観光客はそれなりにいて活気がある。
夏川は水上と古泉にカメラを向けた。二人は写真に入らないようにどこうとしたが、
「そのままで」
という夏川の言葉で止まった。絞りは開放のまま、ファインダーを覗くと右の方に数字が縦に並んでいて、その横に緑色の光が点いていた。
「数字の右になんか光ってるだろ。シャッタースピードをその数字に合わせるんだ」
水上に言われて、シャッタースピードのダイヤルを回した。再びファインダーを覗いてピントを合わせる。二人の間には微妙な距離があった。
「はいチーズ、って古いですかね」
シャッターボタンを押すとファインダーの中が一瞬暗くなり、少しだけ手に振動を感じた。撮ったという感覚があった。
「古いのか?」
水上が聞いた。
「さあ?」
と古泉が返した。
「日本の道百選」と刻まれた丸っこい石碑の向かいにある喫茶店に入った。注文したものを待つ間、水上はフィルムを入れ替えた。
「そういえば、あのフィルターはどんな効果なんですか」
「夏川、カメラかして」
夏川は言われるままに古泉にコンパクトデジタルカメラを渡した。古泉のミラーレスカメラの横に並べて、両方の液晶に写真を表示した。どちらも先ほど撮った街道の写真だった。
「空の色が違うな」
古泉の写真の方が空の青が濃い。
「うん。偏光フィルターを通すと色が鮮やかに写る。それに水面の光の反射も抑えられる」
写真を見比べていると、飲み物が運ばれてきた。