二
町の中ほどを流れる川に面した、古い町並みが残る道を歩く。駅前と比べると人は少なかった。神社の近くならともかく、この辺りの店は年末年始は休業しているので、観光に来ても寄る場所がないためだろう。
この道に面して建っている水上がバイトをしている古本屋も閉まっていたが、店の前の棚の上で首輪を付けた腹の白い茶色の猫が毛繕いをしていた。ちょうど日が当たっていて暖かそうだった。
猫は二人が近づいても、ちらっと視線を投げかけただけで気にする様子もなかった。その態度が何となく飼い猫に似ていたので天水は親近感を覚えた。
「このぞんざいに扱われる感じ、たまりませんなぁ」
「え? そういう趣味なの?」
鷹見は天水から少し距離をとった。
「猫限定ですよ。写真撮ってもいいですか?」
後半は猫に向けて言った。カメラを向けると、猫は大きなレンズをのぞき込むようにしてから顔をそらした。天水が顔を向けた方に回り込んだが、そうするとまた別の方向を向いてしまった。それでも、逃げる様子はない。
「これは、どっちだろう」
「恥ずかしがり屋さんですかね。でも、それもいい」
「たしかに」
鷹見は肩にかけている革製のケースからグレーの二眼レフカメラをだして、猫に向けた。すると、うってかわって興味深そうに鷹見のカメラを見つめた。
「あれ、目そらさないね」
「ずるい、こっちも見て」
そんな天水の声なんて聞こえないかのように、猫は鷹見のほうに目を向けている。二眼レフカメラが珍しいのだろうか。
鷹見は露出計を猫に向けて、シャッタースピードと絞りを設定し、首を曲げて足下を見るような姿勢でファインダーを覗き込み、ピントレバーを動かした。レンズシャッターの小さなシャッター音がして、フィルムを巻き上げた。
焦ることも急ぐこともなく写真を撮る一連の動作を終えた。
毛繕いを終えて、猫は建物の間へと歩いて行ったが、そのときも鷹見のカメラが気になっているようだった。
「最後までこっち見てたね」
「いいですよ別にー。ウチの子が一番ですし」
と、天水は悔しそうに言った。
古本屋の数件隣にある喫茶店に入った。ここは古泉がバイトをしている店で、鷹見とも何度も来たことがある。あらかじめ今日開いていることを確認しておいたので、休業しているかもという心配はしなかった。
古泉は実家に帰っていてこの町にいないため、他のバイトの人がいるかと思ったが、カウンターに店主がいるだけだった。他に客もいない。
「開店休業?」
入って、天水の第一声はそれだった。
「そんなこと言うと本当に閉めるぞ」
店主はそう言ったが、よほど退屈していたらしく二人の来店を喜んだ。
この喫茶店は、かつて横を流れる川が運河として利用されていた時代に蔵だった建物を改装したものだそうだ。外観は和風だが、喫茶店ということもあり内装は洋風のものもある。なんというか、大正時代っぽい。
飲み物とケーキを注文して、鷹見は旅行の話を、天水は最近の写真部の話などをした。そうしていると、天水はふと、こうして話せるのもあと何回もないんだろうなと思った。
そんな思いを顔に出さないように、天水は努めて明るく話した。