四章 壁外南部
あなたは見た事があるだろうか、赤い大地の明星を、あの眩く光の粒達を
私は忘れる事が出来ない、私は目を瞑る度に思い出す。
あそこは世界の果てだった。何一つ見つけられなかった世界の中で、そこには世界のすべてがあった。
だから言うのだ、西に迎えと。
ただ東の風に怯えるのではなく、その意志を持って、西に向かうのだ。
世界はそこにある、世界の果てはそこにある。
世界の果てはそこにあるのだ。
「知ったこっちゃないね」
クルワカミネで聖書以上のベストセラーとなっている本、ジオドレ開拓史の最後のページを見ながら、ヒサシゲはそんな事を呟いた。
彼は、本音を言えばこの本が嫌いだ。なぜなら壮絶なネタバレをされている様な物なのだ。なにしろ西域に到達した男が、そのネタばらしをしているのだから、当然といえば当然の話だ。
自分が見るべきその西域のネタバレ、あまり気分のいいものではない。西域に向かう事に関してなら、このクルワカミネでも最大の執着と、自尊心を持っている男は、その本を見ながらでた言葉がそんなものだった。
普段ならこんな本を見る事など、ヒサシゲは考えもしないだろう。
ただ先立っての暴行によって、骨などは折れてないにしても、それなりに怪我をしてしまっため、一応安静も兼ねて少しの間、コルグートの駅(家)で、療養していた。
熱などもあり、結構重傷だったらしく、医者から十日感程度は動くなと言われている。
だがそれを守る男ではないが、それでも二日程度の療養は必要だと、ヒサシゲ自体も思っている為、動かないで眠ってたりする訳だが、二日目ともなると、暇を持て余していた。
その暇つぶしにと、コルグートの書棚を漁ってみたら、この世界では、最大の名声を誇る開拓者の自慢話を載せた代物が転がっていた。
「気の迷いでもみるんじゃなかったな。あの成功者、こっちからすれば自慢話を迂遠に語ってるだけにしか聞こえないんだよ。大体、西に行く奴は死に物狂いで行くし、行かない奴は頑として行きやしないってんだよ」
どこか抹香臭い老人の一室で、最後のページを見ながらグチグチと、ジオドレに対して、文句を言い連ねる男は、自身にある若干の嫉妬を隠そうともしない。
ヒサシゲの中でジオドレは、ペナダレンの製作者であると言うだけの存在であり、何より自分より先に、西域に到達した生まれだけが早かった男扱いである。だから彼が、ジオドレを呼ぶ時には決まって、成功者と言う。
ある意味では開拓者の中でも、ジオドレを尊敬もしていないのは、異端といえば、異端であるのだろうが、吐いた唾が呑める訳でもなし、変人は変人を突き通すしかない。
ちなみにこれが理由で、何度か乱闘騒ぎを起こしていたりするが、今更彼と敵対する開拓者はいないだろう。
「駄目だな、バカを浮かせる病気を作るだけだこれは」
デーブルに投げ捨てるように、書籍を放り投げると、沈み込むように寝具に、体を投げ出した。
そう否定したとしても、ヒサシゲは否定できないことがあった。ジオドレは、間違いなく西域を見ている、そしてその為に、命をかけたこともきっと間違いではない。そこだけは否定できない。
ペナダレン、踏破系などと呼ばれるが、正式には開拓者専用の間違いであるが、戦争のせいもあり、現在の製法では作ることの出来なくなってしまった機体は、間違いなく西だけを目指して作られた執念を感じさせる代物だ。
厄災すらもの跳ね除けて、それでも西を目指す為だけの力を持った機体。ジオドレはそれを作り上げてしまっている。ペナダレンはそう言う機体だ、何もかもを西に向けた、呪いに近い執念を刻みつけている。
それがジオドレと言う人間が、作り上げてしまった代物である。
ヒサシゲと同レベルの乗り手であるなら、ただ乗るだけで、そんな設計思想を容易く、理解してしまう程に、ペナダレンはあらゆる意味で重い代物であったのだ。
だから少しだけ歯噛みする。
今言っているコトバの全てが、所詮負け犬の遠吠えである事を理解しているからだろう。同じ時代に生まれたのなら、きっと自分が先に西域に到達していたのにと、それと同時に、相棒に会えない未来が待っているだけの事だった。
背反する感情を束ねながら、ひとつ呼吸を置く、どこからか冷えた何かが頭に入りながら、それは仕方のない事だと反省する。
「結構弱ってんな、ポーオレの所為もあるだろうが、女は強いね、そして男は弱いのか、それとも俺が弱いのか、どちらでもいいんだが、どうせ一番強いのは夢だし」
そう言うと、一度彼は目を閉じてみた。
これで眠れるのなら少しの間、くだらないことを考えずに済むと、そんな考えもあるのだろうが、眠れるはずもない。羊を数えようと、車両を数えようとそれは変わらないだろう。
どうしても心が火照るのだ。
彼は開拓者だ、西を目指して駆け抜ける。そんな男が、西にたどり着いた話を見て、何も感じない筈がない。
ジオドレの開拓史を見て、開拓者が何も思わないはずがない。
フィルター越しに見る赤い大地、その奥を何度も走った男は、さらにその奥を駆けた男の生涯に、どうしても心の熱を強めてしまう。
今ここで自分が動かない事が、まるでそれ自体が罪と思ってしまう程に。
ここで体の調子を整え、万全を期した方がいい事は、彼だってわかっているが、それでも逸る心を誰が否定出来るだろう。その男の人生は、やはり開拓史の男と同じく、西を目指す事だったのだ。
熱を持った体は、まるで炉に薪をくべられた蒸気機関の様に、熱を吐き出そうとしていた。だがそれは原動力に過ぎない、ヒサシゲはポーオレが呆れる程の馬鹿だ。
暗く沈んでいた、瞼の奥に、ゆっくりと光を与えながら、立ち上がってしまう。流石は馬鹿の実証行為であるが、用を足しにく可能性が、無い事もないが、流石に野暮だ。
「爺さん、なんか気が向いたからちょっと、跳ね馬の所行ってくる」
ちなみにだが、コルグートは、仕事の為にホームの方に居る為、ヒサシゲのいる場所から声を出しても聞こえるものではない。
ただポーオレに対して言い訳をすると共に、罪悪感を薄れさせる為だけの儀礼行為だ。なんやかんやで、彼が怯える事なんてそう多くはない、怖いのはポーオレぐらいのものだ。
泣かれると困る、昔よく言っていた自分の言葉に失笑しつつ、痛みに疼く体を動かしながら、未だ体は絶不調と、自己主張を繰り返していた。節々が痛むだけでなく、熱が取れても色々と、動くには残念な状況らしく、どこかボンヤリしていた筈の頭は激痛で、意識を正気に無理やり戻す。
「あてられたな、たかが成功者の癖に、こっちの夢を煽りやがって、そんなことしなくてもこっちは夢への邁進だってんだ。
ただ一つわかったな、俺は二度とジオドレの書籍は見るべきじゃない。嫉妬で胸を掻き毟りそうだ、こんなのポーオレにバレたら殺される」
よくある修羅場の一風景、私と仕事どちらが大切なのと、問われる男。これからの男女の関係を定める、その問いかけに対して、平然と仕事と答える男みたいな物だ。場の空気が凍る、ついでにどうあっても二人の関係が凍結する。
女側がアグレッシブなら、そこから刃傷沙汰か、それとも拳が飛んだことか、ヒサシゲはそれをやってしまう男である。
夢の為なら、捨てられると言えてしまう自分が嫌であった。
きっと最後の境界線、ヒサシゲはその為なら、ポーオレを意図も容易く裏切れる。愛していると断言できる。
それは間違いない、だが因果な事か、それでも、それでもなのだ。
彼を例える時に使われる言葉は、大体が天性の馬鹿だ、たしかにそうかもしれない。
ただ、それだけの表現でぬるいのだろう。はっきりと言えば、まともではないというしかない。ヒサシゲは、その内面にある執念が、常軌を逸しているといっても、何ら不思議ではないと、言わざるを得ないだろう。
なぜなら人は夢に狂える。
ヒサシゲはその典型的な例だ。自身の事を、理解しているが故に、どこかポーオレには、後ろめたい気持ちがあるのだ。
なぜなら、きっと彼は一緒について行くと言った、ポーオレを騙してでも、力尽くでもペナダレンに乗せるつもりはない。
人が思う以上に夢は重い。それは聞こえのいい呪いに過ぎないのだ。
人生という対価を払って賭ける、分不相応の賭博と何が違うだろう。しかもそうして、人生を賭けた所で叶えられるかも分からない、まさに分不相応の賭けだ。
しかもこれは誰も得をしない、ならどこかにその折衝があるはずだ。最も運命の胴元なんてのは、どこにも存在しない、それこそありもしない神様だけだ。
ただそれを人はきっと経験と呼ぶのだろう。たとえどれだけの月日をかけても成し遂げられない事がある。
しかし夢の残骸だけが、その場所へと導く何かを紡ぎ出す。
たった一つだけ折衝は、それだけの事であるはずだ。人が空を飛んだ時、諦めた時、それでも成し遂げた何かが、次を作り出していたはずなのだ。誰かが手にかけるその夢の為の足場となる残骸、だがそれを良しとする者はまずいない。
自分がと考え続けている、男はその中でも一頭にタチの悪い男だ。
多かれ少なかれ人は何かに狂っている、傍から見れば、異常にすら映るかもしれない所を持っている。
それが表に出るか出ないかの差だ、どうせ人間、皮膚をめくれば人類総人外だ。
そしてヒサシゲは、表に出るたぐいの人間なのだ。自分より先に夢を叶えた人間に、嫉妬しか抱けない、狭量な男ではある。
夢にだけは妥協したくないと言う、ある種の職人根性ではあるが、度を超えすぎると、ただの狂人だ。そして彼はそういう者だ、ポーオレはある意味では、ヒサシゲのその部分すらも受け止めている。
ある意味では、少し前までの方がマシだった。
順風満帆な旅立ちへの支援、これが西域を目指していたヒサシゲに対して、少しばかりの抑止力になっていたのかもしれない。
滲む薄笑いは、どこか冷たく意識すらも尖らせていた。
護身用である筈の単一結晶の粉末の入った入れ物だが、ヒサシゲはいつも硝子の瓶を使っていたが、スキットルの様な入れ物からも粉末のような音がする。
護身用にしても、随分と物騒だ。しかも体を動かすたびに、金属音がよく響く、多分だがまだ少量の単一結晶を入れたものを、隠し持っているのだろう。いや隠す気すらない、ただ周りに近づくものを威圧しているだけだ。
ただ銃社会ですら、ここまで物々しく装備している者はいない。
お前は戦場にでも行くのかと、コルグートが居たなら、皮肉の一つでも上げただろう。そしてヒサシゲも、間違ってはいないと言ったに決まっている。
これほどの武装をして、警戒するなと言われたら、平和ボケの馬鹿でも顔を真っ青にするだろう。
ましてこれから行く所は、三巨頭の中でも随一の武闘派である首領の縄張りだ。
大手を振って来るには、経歴の事を考えても、随分と神経が太いというしかないだろう。一度大損害を与えた相手が、完全武装して堂々と正面からやってくるのだ。
相手からすれば恐怖を感じて、夜も寝付けなくなる。
まして、相手は舐められたらお仕舞いのマフィアだ、メンツを潰される訳には行かない以上、こればっかりは、矛を交えずにはいられないだろう。
そんな他人の心情を無視して、無人の野を縦横無尽に歩き回る男は、一度メンツを徹底的に潰している相手に、会いに行くと言うのに、武装を固めないなんて正気かと言い放つだろうが、こればかりは平行線にしかならないだろう。
最もそれだけが理由で、わかり易すぎるこれみよがしをしている訳でもないだろう。
どちらにせよ、開拓熱に浮かされた男は、あまり隙を見せるような表情ではない。
しんと沈み込むように意思を、瞼の奥に押し込めて、ただいるだけで、迫力を伝える力があった。それでいて浅慮な笑というわけではなく、寧ろ痛くなるほどに、苛烈な感情をそれで蓋をしているようにすら見える。
吐き出したはずの熱はすぐに溜まって、体中の原動力へと変わっていく。だがその全てをここで吐き出してしまえば、ただの迷惑でしかない。最低限の理性を備えた暴走機関、考えるだけで恐ろしい欠陥品だ。
理性がある分迷惑だ、まともに動くと勘違いしてしまう。
そんな状態のヒサシゲは、病気で熱にうかされた罹患者だ。開拓病なんていう、本を見た壁内の大馬鹿者がかかる様なそんな、自殺病であるはずなのに、そこに冷静な思考を持ってくる彼は、扱うには確かに難物であろう。
そして意図した訳ではなかったが、そんな難物に対する跳ね馬の評価は、最悪ではあった、何しろかつてのヒサシゲは、これ以下の武装で、三巨頭を殺害一歩手前まで、追い込んでいるのだ。
自分を本気で殺す気かと、思われても仕方がないほど、ヒサシゲは恐ろしく見えるだろう。だがそんな武装が幸いしたのか、それとも跳ね馬自体が諦めたのか、彼を妨害するものはおらず、目的の場所までなんの障害もなく来ることが出来たことに、彼は驚いている様子だ。
壁外南部で、彼の悪名はそれなりに轟いているはずだが、これは跳ね馬が何かやったなと、考えたようで、表情に少しだけ余裕が出来ている。
彼のいた壁内の西部と違い、駅よりも随分とバラック建ての居住区が並んでいる。自警団のように跳ね馬の部下が、市場を見回りながら上納金と共に、治安を守っている。
間違いなく壁外の中では、人々が暮らすには一番ましな場所だ。列車王の拠点である西部などは、殺人が起きることすら比較的日常的光景だ。
そんな治安を守る男たちが、一様にヒサシゲに鋭い眼光を向けているが、近づく事もしない。跳ね馬の統治者としての能力は、かなりのものなのだろうと、無駄な事を考えながら、彼らの視線を忘れる。
目的地についたのだ、早々に目的を果たすべきだ。
「よう、バラッカの大親分いるかい。というかこっちが来てるの知ってるんだから、いるだろう」
「待っているが、合わせたくないのが流石に本音だ。通せとは、言われているが」
居住区より少し離れた場所になある、バラック建てばかりの建物の中で、唯一といっていい通常の建造物。景観的にはイロモノであるが、こうやって力を誇示するのも仕事である、マフィアにとっては仕方の無いことだろう。
とは言っても屋敷といっても、何ら差し支えのない建物だ、見上げるにはちょっとした感動がある。その門を守っている二人の男に少しばかり見覚えがあった。
「ん、なんでまた、こんなところに、幹部がいるんだ」
「それだけの武装ぶら下げて、言うことがそれか鉄砲玉。幹部相手なら無茶はしないだろうと判断されたんだ」
「悪いね、一応だが仕事を頼みたくてね。謝礼の代わりに持ってきたんだが、コルグートの作った単一結晶だぞ、相応の値があると思うんだが」
それを聞いたら、流石の幹部も目の色を変える。
三巨頭嫌いの大老コルグートは、優秀な単一結晶を作る。武器としても相当優秀で、武闘派である彼らなら、喉から手が出る程に欲しがる代物だ。
ある程度の単一結晶による感覚による変化を体得しても、ただその用途だけに使える道具が必要なことも多い。水などがその例だが、武器もそうだろう、瞬間で使えなければ拳の方がましだ。
「だいたい俺が本気だったら堂々とくるか、あの時手打ちは済んでるだろう、正直あのババアと偏執狂の所為で、跳ね馬には悪かったと思っている。こっちも理由が理由だ、容赦するつもりはなかっただけだ」
「それでこっちは、幹部も含めて半数が死亡か、割に合わないにも程がある。だが、流石にそれだけの量のコルグートの作品だ、首領も話ぐらいは聞くだろう。だがそのぐらいの事なら、我らでも対応できる話だろう」
「冗談だろう、俺は意外とバラッカの大親分の事が好きなんだぞ。裏切りを先導するような代物を渡すんだ、一応それなりに気は使ってる。なによりエースのバラッカだぞ、俺と同じ重機関乗りともなれば、ちょっとは情もわく」
「そうかい、だがこちらは、首領を裏切る気などない。それは侮辱だと覚えておけ」
狂信者にも似た目の色をした男はそう言う。
男気だけで、男を惚れさせる男は違うと、跳ね馬の事を手を叩いて賞賛したくなるが、それを今やれば、流石に喧嘩を売っていると思われる。
しかたなく悪かったよと頭を下げた。だが、それぐらいには気を使うべきものなのだ、コルグートの武装用の単一結晶は、そう言った考えのない者達にでも、二心を抱かせてしまう力がある。
「だが、感謝はする」
「あいよ、道案内頼むよ。こっちは駅暮らしだ、お屋敷暮らしは監禁された時だけでね」
それは幹部である男もわかっているようで、一応の心遣いに感謝の態度を見せる。
こう言うどこか面倒くさい男は、ヒサシゲは嫌いではないので、どこか肩の力が抜けた気がしてしまった。
だからと言って警戒が抜ける程、彼の前歴はぬるくないので、どうしてもあたりに対して注意の感覚を伸ばしてしまう。そこらにヒサシゲを開会した構成員が、姿を隠しているがそれぐらいならいつもの事だ。
彼が西部以外で監視の目を向けられないのは、正直な話をすれば、それ自体が異常事態だ。三巨頭が共通の敵にしてもおかしくない相手である為、いつもよりは窮屈であるが仕方の無いことだろう。
だが彼らが案内したのは、応接室ではなく跳ね馬の私室であった事だ。客を呼び込むには少しばかり、プライベート過ぎるのだ。調度品を見る限り、さすがは元エースと思うような重機関のパーツなど並んでおり、酷く油臭いが、ヒサシゲにはホッとする匂いだ。
そして何より部屋に入って驚くのは、いくらなんでも趣味の一品だと、目を向いてしまう、重機関のムッカの動力だ、これもヒサシゲほどではないにしても現役で使うには、古い型の戦闘機関の動力だ。
だいたい全盛期は八十年ほど前から作られ四十年前には、製造中止となっている。
だが、これが、エースバラッカの愛機であった、ムッカの動力かと思うと、感動もひとしおだ。
「やんちゃ坊主、来るのはいいが挨拶もなしに、まずは俺の相棒たぁ、流石は現代のエースと言ってやるべきか」
「古豪の方にかかれば、ひよっこですよ。もう十年ぶりぐらいですか、あなたを殺しそこねて、お久しぶりです首領バラッカ」
自然と敬語になるが、これはヒサシゲが、バラッカに対しての尊敬が嘘ではない証明だ。
同じ重機関乗りとして、彼の技術を真似たことも一度や二度じゃない。そんな人物に会うのだから、それなりの敬意を持って対応をするのは、苦でもなんでもないだろう。
前回の対面があまりにも最悪だっただけの事だ。
「十二・三年だ馬鹿が、あとそれをやめろ、殺されかけた相手に、その名で呼ばれると気持ち悪い」
年はコルグートと同じぐらいだろうか、皺を深くして、さらにガタイをよくすれば、コルグートもこれ程の箔が持てるのか、などと詮無い事を姦がてしまうヒサシゲだが、巨塔の一人と言われるだけのことはある人物だ。
その出で立ちから、立ち姿に至るまで、どこにも隙がなく人間という分類なら、間違いなく自分は隠しただろうと、ヒサシゲは笑ってしまいそうになる。しかもこの人物を、自分は殺せたという確信があるだけに、人間の器が耐久度に比例しなくてよかったと、世界の平等ぶりに感謝したくなっていた。
「しかし、あれからエースにまでのし上がるか。元々があの化け物爺の弟子だったから、そちら側に行くと思ってたが、まさか開拓者志望だったとはな。随分と腕がつのは知ってるぜ、あの三十人抜きは年甲斐もなく興奮したからな」
「あれは、重機関を甘く見た三下の油断が九割ですよ。あの程度で腕と言われても困りますね、あなたでもあの程度の雑魚、どうにでもして見せるでしょう」
各心を込めた言葉に、目をつぶって考える老人。
重機関を甘く見て居る相手になら、確かにと頷いてしまう。
「機動系の機関は、どうあっても戦争用ですからね。こっちの機体は、あの赤い大地に喧嘩を売る機体だ、どうあっても格が違う。でしょ」
「そんな事を言うへそ曲がりが、まだいたのか。若い子の俺そっくりと言いたいが、あいにくと、拳で終わらせてたなこっちは。っと、そういう話はじっくりとしたいが、お前には用事があるんだろう。
そっちが先だなまずは、そういう楽しい話は嫌な話のあとにするもんだ。ほれそっちに座れ」
促される様にソファーに座る、安楽椅子とも違う包み込むような座り心地に、品質という意味を理解しながら、殺しかけた相手をここまで歓待してくれる事に感謝する。
自身の夢に対する執着は、こう言う好人物すら裏切るのだと考えると、少しばかりヒサシゲは自分の業の深さに、懺悔の一つもしたくなる。
「二つ三つですがね、先ずは情報提供からしておきますか、三巨頭の大敵であるヒサシゲ=タナカは、半年以内に西を目指します。どうです、最高の情報の一つでしょう。
新鮮そのもの、二日前に決めましたからね。他の相手は知りませんよ」
「そりゃ、大盤振る舞いだな。それに加えてコルグートの作品、全くお大尽様にも程がある。それならそれなりに難しいことを要求するわけだろう」
「難しくはないですよ。頼みたい要件は二つだけですから、ちょっと壁内に行きたいので、手続きをお願いしたい、それと二日前に壁内に戻った男が一人いるでしょう。そいつのいる場所を調べてもらいたい」
さほど難しくない内容だ。
何しろ、手続き自体は、三巨頭の誰かの印があれば、壁内に行く事は難しくはない。そして情報ならば、武闘派であると同時に、情報に関してもそれなりに使える。流石にマダム程とは行かないが、十二分に跳ね馬で対応可能な仕事だ。
と言うよりも、仕事と代金が釣り合っていない。
「後輩よぉ、流石に情報だけでお釣りがくるレベルだぜそれ。それでもコルグーとの一品をくれるって事は、それなりに理由があるんだろう」
「以前の迷惑料ですよ。あれは本当にあなたは関係なかった、それに気付く事もなく感情で暴れましたから」
若気の至りを反省しているのか、それにしては、反省の色が見えないが、行なったことを後悔するヒサシゲではないと言うのもあるが、するべき事ではあったと、今でも思っているのだろう。
「後は、壁内にこっちが行ったら、殺人でもいいどんな手段でもいいから、俺の痕跡を消しておいて欲しい」
「やっぱり何かするんじゃねぇか」
「そうですね、確かにちょっとばかり大事を起こします。こっちもコケにされてばかりじゃ、帳尻が合わないんでね」
跳ね馬は目を剥く、ヒサシゲの表情はかつて見たことのある代物と同じだった。
たった一人で、三巨頭に挑んで勝利するような異常者、自分が殺されかけた時に見た顔となんら変わらない。
ゾッとするような冷たさを、まるで当たり前の表情にして、冷えた声で笑う。
「クルワカミネが、人の夢コケにしてくれましてね。なら、やられた事以上は覚悟してもらうしかないでしょう。王様も革命がおきりゃ首だけのずんばらりんだ」
「はっはっは、そりゃみてみてぇな。あの能面息子が、顔を青く染めるなんざ、酒の肴でも極上の部類だ。それにこっちには、ハズレがない、素晴らしい提案だ。
わかったぜ後輩、なかなか面白そうな仕事じゃねぇか、やってやるよ。ただこっちも生活がかかってるんでな、ずんばらりんは勘弁してやってくれ、あれでも一応は名君なんでな」
そこまで出来ると思っているのか、それとも出来ないと思っているのか、クルワカミネは強大だ、力だけなら三巨頭すら吹くように潰せる力を持っている。だと言うのに、跳ね馬は止めることもしない。
そもそもそんな義理もない、どちらに転んでもハズレがないのだ。
「あいよ、殴るぐらいで終わらせておく。人をコケにしくさって、ただで生きていけると思わせるのは、流石に不愉快なんでね」
その言葉を聞くと、ヒサシゲは頷いた。
実際に殺す気はなかっただろうが、物騒な物言いであるのは間違いない。
だが、ヒサシゲは痛む体を思い出しながら思った。
一歩西に進んだ、次は二歩進もうと、待っていてくれ相棒と。
「勝手に楽しんでてください先輩。そっちが顔を青くしても知らないですよ、後始末だけは気をつけてください」
待っていろ西域よと、誰に隠すこともなく、公然と牙を剥くような笑みを、彼は顔に貼り付けた。
執筆BGM
小南泰葉
嘘憑きとサルヴァドール Soupy World 世界同時多発ラブ仮病捏造バラード不法投棄