序章 西域到達戦争
万能結晶と呼ばれる世界を変えた鉱物の再現はどこだろう。
火を起こし、水を作り、人の紛い物を作り、鉄になり、植物になり、虫になり、魚になり、ありとあらゆるものに変貌するまさに万能の結晶。
運動エネルギーを操り列車自体を音速で走らせ、中には被害も与えないで動き回る。そんな事をするための動力に使われ、もはや何でもありもいい所だと言うのに、その男は結晶の変化の中から現れた。
二つの予想をラディアンスは思考に浮かべるが、どちらであってもその結晶の際限の無さにはもう笑うしかない。
一つのは空間転移、もう一つは彼女の思考を読み取った怪物を作り出したである。
どちらでも冗談じゃない話だが、これが出来るのなら前者なんてのは西の果てにすぐに辿り着けてしまうし、後者であるのなら人類の人口の壊滅ぶりをどうにか出来てしまうが、どちらにしろろくでもない事は間違いない。
彼女個人としてはあれが自分が作り上げた怪物であってほしいが、想像よりも結晶と言うのは万能過ぎて、目の前の機体も含めて偽物には思えない。
世界は美しかった。だがその世界が吐き出したのは、本物かも分からない予想の果てをいく結果である。
空間を繋いだにせよ。人を作り上げたにせよ。
彼女が何の気なしに操ってきた結晶の触りにしか彼女は辿り着けてはいないのだろう。結晶と言う物の幅はまさに埒外と言えるほどの広く、そして奈落よりも深いのだ。
そりゃ人類が負けるわけだと彼女は笑う。
こんな天地創造でも出来そうな結晶が自分たちの敵だったのだ。そりゃあそこまで追い込まれるし、追い詰められるだろう。
星間移動すら成し遂げるであろう技術が行われたかもしれない。
だが何より驚くのはそれすら一つの現象でしかない事なのだ。もしかすると思っている以上にこの世界に広がる赤い地平は想像のはるか上を言って居るのかもしれない。
ラディアンスは一度目を閉じた。目を見開くまでに心臓の音を六度聞く。
その声を聞いた後に感情を整えるように三度大きく息を吸って吐いた。
現状の認識は意味不明だが、確証を持って言える事が一つがあるのだ。自分はまだ何もぶれちゃいないという事と、ヒサシゲと言う男がどういう存在であろうとも、次に向かう手段であるのは間違いない。
なら手前の原理原則は一切変わらないのだ。
そもそもどちらでも叩き潰す相手であるし、自分の実力が同等になってからなどと言う甘い事が許される場所でもない。
理不尽を乗り越える為にここにいるのだから、時期を願う様な安易な妥協は許されない。
自分が望んだ絶望、自分が望んだ理不尽、自分が望む成長の糧、ここまで世界は整えてくれたのだ。ここまで自分に優しい状況を作り上げてくれたのだ。
そんな配慮の限りを尽くしてくれたこの大地にこれ以上を求めるのは流石に失礼だ。
ゆっくりと目を開く、毎度変らない世界に黒い機体が停止している。
かつてから今まであこがれ続けている機体だ。開拓の鏑矢 BT-EDGE02-CJ 本当の意味での最初の開拓専用機、博物館行になるほどに歴史が深いジオドレが作り上げた初めての機体だ。
BT-EDGE01 を開拓用に改造し、それでも足りないと改修を重ねて作り上げられた。
この機体が開拓者の始まりだ。
燕の機体、今となっては誰も知りもしないだろう鳥の名を与えられた最初の機体。赤い大地に戦いを挑む為に作り上げられた代物だ。
憧れ続けた開拓の始まり告げる機体。
憧れ続けた開拓者であるヒサシゲ。
覚悟はしていたはずだと自分に言い聞かせながら、その為に犠牲を重ねてきたのだと、憧れを踏破し果てに辿り着くと決めた時から、だがそれでも怖いと思ってしまう自分に笑うしかない。
なにせ震えている。
あれだけの事をしていたラディアンスは、笑ってしまう程に怯えているのだ。
「今更になってだけど、一つ笑うしかない事に気付いた」
「怯えているのは全身全霊で体現していますが、それ以上に何かあるのですか」
「私を相手にしてたあの人達の感情だよ」
人を捨てないと勝てないと思った男がいた。
第四に到達し、第五に辿り着いた。そこまでしなければ彼女には勝てないと思っていた男は、彼女に蹂躙されつくした存在達は、こういう感情で自分を見ていたのだと、それは皮肉ではあるがそりゃ恐ろしいやと感情をリセットするように笑った。
ずっと果てにあると思っていた場所が来ただけだ。
彼女にとっての最終厄災地点が現れただけだ。
果てへの道がたどり着いただけに過ぎないのだ。
彼女は笑えと自分に何度も言い聞かせる。
どれほどあの開拓者が恐ろしくても気持ちで負けてしまっては、手も足も出せないままに終わるだけだ。生身の体は減ったが、まだ出来る筈の手段を自分で切り取る様な選択を彼女は選ぶことを認めない。
踏み出す足があるなら前に進むしかないし、手を伸ばして登れるのなら動き続けるしかない。そう分かっているのだから、そう行動しなければ何もできないままだ。
挑む事が出来る場所に立った。まずはそれを誇る事から始めるよう。
この世界で星に手を伸ばすよりは確実な行為を、視線を定めて敵を認識する。極度の緊張が目を潤ませて敵をにじませていくが、それを拭い自然と震えている体を矯正するよう太ももを叩く。
「勝てる気が一切しない」
だがそれでも震えは止まらない。
現状の自分の手段では詰んでいると理解するしかないのだ。
「負け切っていると言っても過言じゃない」
それでもと彼女は頭を振る。
「でも、それでも、それでもって言い続けないと心が死ぬ」
ゆっくりと腕を上げながら、足掻けと言い張る。
下手に実力が付いたから分かってしまったヒサシゲの場所が理解できてしまう。
弱音が口からあふれ出して吐き出し続ける。諦めを知らないが、下手に賢しくなるから分かってしまうのだろう。
純然たる実力差と言う当たり前の事実が絶望として壁になる。
笑えと、いつだってしてきたように、どんな状況だってそれしかないのだと自分を鼓舞する。
相対して分かる事もあるが、ずっと敗北を確信し続けてきた彼女は自然と自分でそれを認識しすぎたのだろう。
骨身に渡る毒のようにそれを流し続けていた。
これを中和しようと足掻いているようだが意味すらない。いつもの様な傲慢を見せつけるしかない状況だが、そう思うにはこの対面は早すぎたのだろう。
「どえらい負け犬根性染みついてますね」
「油汚れよりは確実にね。そして困った事にこれがあったからここまでこれたと言う事実もある」
「なら簡単じゃないですか乗り越えるしかないと、それ以上に何かあるのですか」
不思議な事を言うと今までだってそうやって生きてきたラディアンスが今更できない手管だとは言わしてもらえる訳がない。
言葉に詰まる彼女の顔は恐怖も忘れたように間抜けだ。
「私が正しいとかぬかしてたのに、土壇場でこれなら西の果てに辿り着くとは到底思えません」
「否定も出来ない」
「否定しなければいけないでしょうに、あなたの言ってた三流ですら最後まで抗ったのに、ただ負けを認めるななんて無駄な行為を仕方ないとは言わせませんよ」
ヒサシゲと言う基準は彼女の敗北の証明だ。
あいつには届かない。あいつには勝てない。あいつはこんなものではない。そう重ねてきた言霊がここで彼女を縛るようになったが、これが彼女の成長の理由の全てだ。
自分が劣るからこそと必死になってきた。だがその結果が劣ると重ねてきた自分の認識こそがここで彼女の体を縛っただけだ。
「ここからあなたと言う人間はあれを追い越す必要がある。悲鳴を上げなさい、絶望を語りなさい、表情は醜くて、感情は負け続けても結構ですが、踏み出さないなんて事はあなたが死んでも認めない」
だがポーオレはどこまでも辛辣だ。
彼女は自分の都合で人を殺し続けた。
それを仕方ないと言ったのだ、ご愁傷様とのたまったのだ。自分の夢の供物だと言って切り捨ててきのだ。
ならばそれを曲げる事など許される訳が無い。
「傲慢をかざした死体が生み出したのがあれです。意味もなく殺した彼らの結末があれです」
ヒサシゲを指差し糾弾を彼女はやめもしない。
踏み止まりいざ後ろを振り向いてしまうなどと言う茶番は認められない。
彼女の選んだ道と方法は途中下車が許されるほど安い道のりである筈がない。なりふり構わず西を目指し続けて朽ち果てろと、お前が見なかった犠牲を今更見て可哀想などと言うことが許されるなら、それは本当の意味での死者への侮辱だとポーオレは言う。
「世界で誰も認めない方法を選んで、誰にも認証される行為を私が正しいと言い切ったのです。
泣き言が許されるとでも、あなたは人殺しで虐殺者でしょう。そんな存在が人並みの生き方が出来るなんて安い生き方が出来るなんて茶番は起こりえません」
酷い言葉だが彼女はヒサシゲに怯えて踏み止まるなんてことが許せるわけがない。
今更人らしい感情をもって怯えるなんてことが、人でなしであるラディアンスに認められる権利だなんて彼女は思っていないのだ。
「それから逃げる行為をあなたに納得させてあげるつもりなんてありません。あれがたとえ誰であったとしても、あなたはこの世界を踏破する為に動き続けなければ存在の価値すらあなたにはありはしない」
納得なのだが救いを求める様にポーオレを見るが、彼女の眼はどこまでも冷たい。
それが許される場所にお前はいないと切って捨てる様に鼻で笑って見せた。
「おや不満そうですが、何があるかも分からない西の果てに辿り着く機能しか有しない極潰し共が開拓者と言うのでしょう。
大体本質的に開拓者ってのは、諦めなんて知りはしないのでしょう。
その指は一体何なんです。弱い振りをして、健気な振りをして、可憐な乙女でも気取っているのですか。何も諦めていない人間が、諦めてるふりをしているのは少しばかり滑稽ですよ」
馬鹿みたいな話だとポーオレは笑う。
彼女は残念ながらあれがヒサシゲだとは思っていないのだ。どちらかじゃない、絶対に彼ではないと言う確信がある。
だからこそ不快でしかない。
彼女の欲しいのはヒサシゲであり紛い物ではない。空間転移の可能性は残念ながら存在しないのだ。
そしてそんな紛い物を殺せるのは残念ながら自分ではなく、ラディアンスと言うもう一人の開拓者だけだ。
だからこそ発奮させるようなことを言う。あれがヒサシゲと同じものであるなどと認めさせてはならないからこそ、彼の敵になれる彼女を使うのだ。
「なによりあれがヒースだと思っているのですか。彼が空間転移如きに掴まるとでも、彼がこの大地如きにとらえられると本気で思っているのですか。あれが本物であるわけがない、彼がその程度の物に捕まるのなら私が監禁している」
「それは、確かにそれは無いと思うけど監禁って言わな」
ちょっと気になる言葉にかぶせる様にポーオレはラディアンスを叱咤する。
「私が彼を見誤る訳がない。あなたは西を諦められる訳がない。理屈はもうできましたし、諦める理由は最初からないのでしょう。ここであなたが落とされるのは私の目的の為にも困るのです。
十中八九あなたは荒れには勝てないかもしれませんが、道半ばで諦められる夢じゃない以上は、乗り越えて下さい。私がヒースに届く為に、あなたは精々に死を目指して朽ち果てて下さい。それしか出来ないんですから、今更開拓者から人間の振りをするのはやめて下さい。
あなたが殺した人たちに失礼極まりない。人でなしが人間になれる日なんて甘ったれた望みを抱く時間は無いんですから」
開拓者と書いて人でなしと読まれるとは思いもしないが、彼女の感情なんて興味もないと言うように切って捨てるポーオレの言葉にラディアンスは口をポカンと開けるしかない。
人間扱いされないのは慣れているが、流石にそんな表情にもなるだろうと言う言動だ。
「う、うごく、うごくよ。いう通りだし納得はするけど、私もやっぱり、いや止めよう私はそれを与えて、さらには奪った人間だしその権利はない訳だ。ポーオレが言うのには私は人間ではないようだし」
「開拓者なんでしょう。あなたはそれだけの事をした人間だ。ここに何があったか忘れたとは言わせませんよ」
人でなしと言われても納得するだけの行動しかない。
だが少しだけ心の荷が下りた。絶望と言う物をようやく認識し、震えもようやく慣れてきた。
「まさか自己暗示の様にあいつには劣ると言い続けていた結果が怯えに出るとは思わなかったけれど、ここまで負け続けているとは思わなかった」
「そりゃ思い込みが強い人間じゃなかったら開拓者なんて選びませんしね」
「そのチャチャ結構グサッとくるよ。ただ動く、とりあえずなりふり構わず必死に動いてみるよ」
指を三度振って路線を作る。
視線を確認して標的を定める。
直接操作の球体を触れながら路線が世界に刻まれていく。
まだ震えも隠せないままに動く意思を視覚的に展開させる。
逃げられなくなったと言う後退の場所を自分から消していく。
そうでもしないと自分が動けないと罵倒するように西を目指す事を止めない意地を張る。
幽霊が踊り狂う西域到達戦争の最終幕がゆっくりと開いていく。
グランドフィーナレはまだ遠く、汽笛の音もまだやまず、そして彼もまだ現れてもいないがゴーストダンスの始まりはここからだ。
曲がりくねった腕に辿り着くまで彼女は止まる事なく動き続ける。




