十章 一切合財全てが無意味
第四音速域、操作不能領域とされる段階の世界は、人間がその場を万全に使うのはかなり難しい段階だからだ。少しのミスが、一キロ以上離れるなんて言う認識との隔絶が、人の領域内における感覚との開きとなって現れ、それが戦闘ともなればその誤差が命を奪いかねない為、普段は戦闘機関ですら普段ならば踏み込まない領域である。
そもそもがこの速度領域は、緊急退避や回避、また奇襲などに使うものであり、技能の一つとして使うものは要るが、相手の意表をつくための緩急等として使うのが主軸であり、わずかに残るトップエースの中にのみ、この領域を掌握したものが存在するだけだ。
そのエースこそが対要塞列車級エースの一人、羽によって撃墜されたが、六次到達戦争における最強を掲げるに足る人物だけだ。
「あいつも、こいつも、なんでこう」
それでもエースは声を上げる。
機体に振り回されている素人は、不可能と呼ばれる領域で踊り続ける。まだ踊りと見間違える程度には、機体を動かし続けていた。
そして重機関と軽機関に横たわる絶望的な差がここに着て顕になる。ヘッドオンからブレイクする一瞬、そう本当にその一瞬、相対的な速度は第五音速域にすら匹敵する代物に変わる。その一瞬こそが絶望的だった、確かに捉えることはできる。
だが軽機関は、この領域に入ってこれない。
すべての機能を人間に使える範囲に狭め、格闘能力を上げた機体と言う前提が、彼女を追いかけるには足りない事実として現れる。
厄介と言うしかないのは理解している。速さはいつだって致命的な武器に変わる。ただ動くというだけで現れる膨大な熱量を処理しきりながら、ラディアンスもまた悲鳴を上げていた。
「無理無理無理、格好付けたけどなにこれ、把握に絶望的な能力が私にはないよね」
「この速度域を掌握したのは後にも先にも、エースの中のエースだけですよ。しかも路線展開には、ほとんど未来予知染みた感覚が必要だというのが常識でしょう」
「知ってるけど、違うの、そういう目が必要なんじゃない。もっとシンプルに、もっと単純に」
ほとんど叫ぶような声だが、彼女も余裕があるわけではない。
めまぐるしく変わる世界に対応できないまま、あっちだこっちだと酔っ払いの様な起動を繰り返す。だがそれはまだTCMの本質を揺るがすには足りないが、限りなくそれにすり合わせた機動ではあった。
最低限の部分に、人類が積み重ねた殺戮の本質を押し当てて、それだけに練磨された知識の根幹を揺るがさず、ラディアンスはその領域を必死に掌握しようと足掻いている。
馬鹿みたいな機動だ。だがそれでもエース達が、彼女に決定的な一撃を加えられなかったのは、侮るなら首を噛み千切るだろう獰猛な牙をラディアンスが隠しもせずに、その殺意を辺りに撒き散らしていたのも一つの要因である。
それをわかりやすく証明しているの0が、俗に蜘蛛掛けと呼ばれる重機関戦闘機動の一つ、本来はただの座標路線による軽機関対策として編み出された、格闘能力の向上を旨とした路線展開戦術の一つである。旋回力の劣る重機関路線展開の対策として用意され、最高速をキープしつつ機体を反転させる為に、いくつかの細かな路線を配置し、連続の段階を持って方向転換を成し遂げる技術だが、この機動の本来の長所は対応力にある。
最初から路線を配置することによって、相手に対して威圧を見せる事と、最初からそういう展開をしておきながら使わないという手段をとる事もでき、敵に対していくらでも喉笛を噛み千切ると宣告することが出来る為に、闘技場などでは重機関の必勝戦闘機動の一つとして知られている。
とは言え、エース達はその闘技場で名を馳せた存在だ。その程度の対策は出来ているというのが本音である。
だがキチガイに刃物という言葉もある。ラディアンスは誰が言ってもそうだが、これに当てはまり過ぎる稀有な人間だ。だからこそエースである彼らは警戒をするのだ。
もう彼女という一存在は、エースにとってではなく人類にとっての厄介者の一人である。
そんな彼女を警戒しすぎて損があるわけもなく、分かりやすいほどに展開された路線を見て、この女はこの状態からでも何かをやらかすと言う確信をもたれてしまっているのだ。
それは路線展開戦と言う以前の戦いの定義。
こいつなら何かをすると思わせる事だけで、それは一つの戦術になりえる。疑心暗鬼を生み出すのだって、示威行為の一つとしてはテンプレート的な方法だ。
ラディアンスはすでにそう思わせるだけの存在となっている。実際の話をすればだが、彼女が形振りかまわず暴れまわれば、これから三十秒以内にクルワカミネは致命的な破滅を迎えるだろう。第四音速域とは本来だが、そう言う事を出来る領域なのだ。
それが出来る事をラディアンスは知らないでいるが、相手の心臓部に存在する戦略兵器と言うのは、それだけで脅威にしかなり得ない力を保有している。
クルワカミネが作り上げた決戦兵器、それがシュベーレの本来の役割である以上は、そう思われても仕方がないのである。その機体の産まれは、要塞列車を単艦にて撃墜することなのだ。
道具に産まれは選べない。道具は目的を遂行する為の潤滑油過ぎない。
そんな道具に価値を与えられるのは、人と言う別の価値観をもつ存在がいるかどうかに過ぎないのである。ラディアンスは兵器に価値を与える、西を目指すと言うただそれだけの価値を。
「それで慣れてきましたか」
「そんな訳ないじゃない。慣れじゃ、次をこなせないよ。だから目指すのはこの速度域の掌握だよ。もう一度言うよ、私はこの速度を掌握するんだよ」
この領域を操れると言うのは、つまり一つ人から外れるという事だ。
もともと人間の発想をしていないのだから、ラディアンスは人類をやめていると言えなくもないが、人の限界をエースだとするのなら、彼女はまずそこから超える必要がある。
人を超えてでも成し遂げたい願いは、世界を滅ぼすに足る願いだと確信する個体の意志だ。群生の意思はその場にはない、その意思すらも捻じ伏せて世界で荒れ狂う。それがきっとだが、災害の現われとなっているのだ。
「あの男なら出来る。絶対にこなして見せるよ。いや、次の領域だって踏み込んでいると思う」
「私も出来ないとは思いませんが、経験値が違いすぎますよ。素人と玄人の差を分かっていないとは言いませんよね」
「分からないわけないじゃない。私はアノラックしかも、あの男のファンだったんだよ」
彼は天才と言うしかない。ラディアンスですら思うのだ、あの重機関を手足のように操ってしまったひさし下と言う存在は、戦闘機関の申し子とも言うべき実力を持っている。
その天才がただ黙々と、二十年以上に重ねた練磨の域にラディアンスは辿り着けない。だが彼女は認めない。
「ただそれが諦める理由にならない。足掻く理由にしかならないのが、私のちょっと長所であり短所なんだろうね」
「ヒースを除けば間違いなくですが、短所としか言ってくれないでしょうね」
「ならいいじゃない。あの男だけは、私が辿り着けると思っているんだよ。だから長所と言ってくれる、そして短所と呼ばせるのが私の仕事だ」
指標操作を多用しながら、まるで蛇がうねる様な機動を見せるラディアンス。操ると言うより、体が速度に慣れていっているのか、酔っ払いの機動が比較的ではあるが、マシになったと客観で見ていたエース達は思うが、それは単純にラディアンスの軌道が分かりやすくなっただけだ。
素人の浅知恵とは言うが、あらゆる方法を使い続ける所為で、彼女の機動はいっそう読みやすくなって行くだけである。
汎用性の高い機動ばかりだが、その根幹に入るのはあくまで蜘蛛掛けを中心とした囲いと呼ばれる戦術でしかない。
本来の蜘蛛掛けは対策に対策を重ねて、ギリギリまで路線を展開させず座標の入力だけに留まるのが普通だ。しかしラディアンスにそれだけの機体を掌握する力はない為に、路線を展開させざるを得ないだけである。
その辺りの事はすでに読まれている。何よりこの速度では座標の入力がかなり難しいと言うのも一つの理由だ。第四音速域での重機関の操作を掌握すると言うのは、球体、指標、座標の三つ操作を並列して行う必要がある。
それを音速域で行うのだ、普通に考えれば無茶である。現代の戦闘機ですらそんな無茶苦茶な操作をするシステムにはなっていない。ヒサシゲは目の前でこれぐらいの事は出来ると見せてくれたが、あの時ヒサシゲは制限をかけられていた。
それでも出来る事があると彼女に見せている。
しかしそれをこなせるかは、ラディアンスしだいであるのもまた事実で、彼女の領域でそれを操るのは無理難題だった。だからこそラディアンスは速度という最後の可能性を引っ張り出す。
第四音速域は重機関が持ち得る最大の武器とも言える領域だ。操作不能領域と言われるが、操作出来ない存在は重機関を操れていないだけとも言える場所。
これを使いこなして一人前なのだ本来は、これを使いこさせたエースが一人だけと言うのなら。
そのエース以外は本来使い物にならない凡愚と言っても差し支えない。
重機関とはそれほどに乗り手を選ぶ機体なのである。この三つの操作、そしてこの速度域、この二つを縦横無尽に操ってこそ、かつてに名高い重戦闘機関の本来の名前である踏破機関は眩く光るのだろう。
西を目指した幾万の人物は、それに値しない乗り手であったと言うだけだ。
だがラディアンスはその先を求める。求めなければ足りないと思う。
第五音速域、名前だけで知られていた場所だが、彼女は一度届いて見せた。だが彼女の能力ではまだ、その一つ下の領域すらも覚束ない。
そして経験と言う壁が、対応力と言う差となって現れるまでもう数秒前にヒタギの声が響く。
「まさかだけど」
がくんと彼女の額でも貫くように蜂の一刺しが、機動掌握に必死になっていたラディアンスの意識の外から衝撃として抜けてくる。
別にフィルターに機体が接触したと言う訳でもないのに、完全に体を貫いてきた一刺しは、ラディアンスの目を白黒とさせた。何が起きたと思考するより先に更なる衝撃が彼女の腹部を貫く。
「まさかだけど、その速度程度で私たちを抜けると思ってたのあんた」
そう冷たく彼女に放たれた言葉は、まとめて襲い掛かってきた衝撃の数に操作も出来ずに、操縦席でのたうった。体の機能ごと停止させるような暴力は、ラディアンスの体感で十五、実際は二十五と言う数の暴力に、彼女はその場で膝を付いた。
「う、うああ、もう、目の前が真っ白ぃ、って」
これがヒサシゲだったら間違いなく気絶して終わりだっただろう。
視界が淀み目の前がまったく見えなくなる。手を必死に動かして機体を動かすのをやめないが、それがどれほど無茶苦茶な起動を行っているか、目の前で見せられる二人のエースが呆れるほどであったのは間違いない。
ただそれは、ヒタギが配置したであろう蜂の一刺しに身を晒す事になる結果と変わるだけだからと言うのもあるだろう。同時にどれほどのダメージを受けても、動かすことをやめない彼女の執念に対してというのもだ。
動かなければその瞬間すり潰される。それは赤い大地では当たり前のことであり、この程度の事が起きない筈はないという。その程度の心構えは出来ているから、無茶苦茶であっても自分で操作をし続ける。
死ぬその一瞬であろうと、自分の道を定めた少女の意思は、何一つ変わらないと示すように、その生き様と同じ軌道を見せ続けた。
「いったぁ、ああ、もう、くそ、くそっ、エースの技能にも段階があるって聞いた事があったけど。その一刺しは配置出来るなんて、本当に厄介な物ばかりそろえてる」
ふらつく頭を必死に振り乱しながら、正気の境を作り上げる。
今も彼女を突き刺す痛みを飲み込みながら、ロデオのような機動を自分の機動に塗り替えて行く。肉体のダメージが、体の機能を削減して行く中で、磨滅する様な感覚にたゆたうラディアンスは、体の機能をただ精神力だけで上回りつつある。
本来の一撃ではなく、大したダメージではないとは言え、何度も受けていいような代物でもない。
そんな衝撃を何度も受けながら、追い詰められ始めてからラディアンスは、それを乗り越える感情を体に編みながら、痛みを食いしばるようにずっと隠し続けていた片眼鏡をさらに強く握る。
軋む音を響かせながら、多目的眼鏡としての根幹であるレンズにとうとう彼女は亀裂を入れてフレームを歪ませた。
「あっ」と、間抜けな声を上げるラディアンスは、自分がどれだけの力で握っていたのかも分かっていない。片目でずっと除いていた視界を、ゆっくりと開放しながら両目で世界を覗く。
本来の予定では、演算をさせ続けた多目的眼鏡によって、操作に関する論理値を出そうと言う物だったが、一瞬にして御破算になった絶望はいかほどか。
「先ほどから格好付けに隠していると思っていましたが、それに演算をさせていたのですか。そしてを握力で握りつぶしてしまったと、馬鹿じゃないですか」
「馬鹿じゃない。ただちょっと痛みに耐えるために強く握っただけ、それに、まだ壊れたわけじゃない。ちょっと不恰好になって、機能の視力矯正以外が使い物にならなくなった……」
呆れているのが丸分かりなポーオレの声を聞きながら、白んだ世界から広がった視界のそれは、まるで赤い世界のようだった。亀裂が走り世界のすべてが台無しになったような光景は、彼女の起こした破壊とレンズ越しの世界によって、世界をそう認識させてしまう力があった。
「ひ、ひひ、ひひっ」
上擦るような声の音階、自然と緩む頬は、一瞬でも間違いなくラディアンスに世界を錯覚させる力があった。
感情を押込めるかのように、機動も疎かに、機体ごと世界をぐるりと見渡して、過呼吸気味の調子で必死に酸素を体に取り込もうとする。
「ひひひって、それがお嬢様だった人の笑い方ですか」
「いや、いやいや、お嬢様だよ生まれも育ちも。ただね、ちょっと今の視界が気分的に、私が望んだものだったからさ」
「赤い大地でも見えましたか、それとも東の風でも、それとももっと違う何かですか、どれでも大差ないんでしょうけど」
余裕を振りまいているように見えるポーオレも、先ほどからの攻撃で足元はふら付いているし、顔色もいいとは言い難いが、それも自分が起こした失態の結果だ。
彼女は追い詰められながらも、そして何よりラディアンスの操縦に完全に命を預けている。彼女ならどうにかするとでもいうような態度に不釣合いな挑発染みた言動は、彼女がそういえば発奮することを知っているからなのだろう。
「そりゃ大差はないよ。その全部が見えたんだからさ、そうだよそう、こうじゃないと、全部を台無しにした意味がない」
ラディアンスは言う。ラディアンスは語る。自分の為に世界を台無しにする女は誇る。
死ぬのは人間生まれた時から決まっているものだ。そんなことは誰でも知っているが、理解していないだけ、必死になる人間と言うのは生きている事が有限だと知っているからだ。
だからどんな事をしてでも手に入れる。どうあろうとも手にする。足りないのはたぶん時間だけ、そして生める方法も手にした、引きつるような笑みは牙を剥くのと変わらない挑むと言う意味の体現だろうか。
狂おしいほどに感じる西への情動、それは感情の道ともなって、一筋の赤い光を灯している。
人は知っていても、それがどう言う事か理解できない。死んだ後なんて結局誰も結論として下せない。死んだ後も勝手に人は続いて破滅するだけ、その世界で生きると言うのはつまり、結局最後は何もなくなるという事に過ぎない。
愛した人の意思も、必死に叫んだ心の声も、どれほどの功績も夢も悲劇も結末は、全部何も存在しなくなる。その事実だけは拭い去れない結論として残るだろう。
不変な世界がないのなら、いつかそれは終わる問い事に他ならない。だがそれでも爪を立てようとする、自分が自分に刻む傷跡として、そのためなら何でも出来ると言い張る存在がいるのも事実だ。自分の何もかもがきっと無くなる世界を本当の意味で知っていると言うのに、それでも何かを残そうとするのは生物としてはきっと正しい。
そしてその為なら、世界の全てを代価と出来るからこそ、ラディアンスはこの場に立っている。
いつ終わるとも知れない世界の断崖に、彼女はきっと何かを残し続けようとする。己に刻む傷跡の深さは、うごめく鈍痛となって永遠に刻まれ、傷跡となって膿むだろう。
彼女はその痛みを求めている。
貞淑なお嬢様じゃない、彼女はいつだって火遊びを楽しむお嬢様だ。体の芯に滲みとけるような、甘露を持った痺れを求めて、いつだって体を火照らせ続ける。
それは肢体を愛撫するような手ではなく、いつだってそれは彼女を濡らす吐息のようなものだ。
貫くような緋を散らすような痛みよりも、彼女が欲しがるのは身を刻む痛み、自分が自分に刻む自傷という加虐と被虐を重ねるような性的倒錯にも似た衝動は、間違いなく精神が体を上回るようにと自身を改造して行く前段階のようにさえ錯覚する。
ラディアンスは自分でも自分を作り変えるように、追い詰められだしてからその牙を確実に研いでいくのを錯覚させる。
だがこれは当然ともいえる。手負いの獣なんて言うのは、厄介以外の何者でもない。
鼠だって格上に対して挑む権利を持つ、それはどの世界だって同じなのだ。ラディアンスだって人間だってそれは同じである。
抗う力がある以上は、絶対にその牙を向けてくる。嬲り殺しにしか出来ないエースの現状では、どうあっても追い詰める事しか出来ないが、それでも手を緩めることだけは出来ない。
ラディアンスが一度エース以外に牙を剥くことがあれば、その時は本当に全てが台無しになる。
分かっていてもやめられない攻撃を重ねながら、ただ厄介になって行く敵に歯噛みする。
追い詰めれば追い詰められるだけ成長して行く彼女は、ただ錯覚だと言うのに赤い世界を視界に収めているだけで、その成長の速度が加速的に伸びて行く。
先ほどまでの無駄だった速度は、研ぎ澄まされて行くと言うのを体現するように、彼女の移動は確実性を増して、段階を飛ばしながら世界の飢えに駆け上がって行く。
餓狼の精神は、間違いなくのど笛を噛み千切るだけの不安を与えてくるだろう。
しかしそれでもまだ足りない。彼女がこの速度域をほぼ掌握したと感じられる程に、全ての機動が体感で三段階ほど鋭さを増す中で、シュベーレの車輪が吹き飛び機体はまるで空中でバウンドするように跳ねた。
どうだと自分の成果を確認しようとする度に入ってくる茶々は、不愉快なものであったが機体損傷と言う状況に比べれば、そんな物は無視できる代物である。路線を外れ側転のように機体跳ね上がり、無防備になった淫売の肢体が男を誘うように、艶やかな素肌を晒す。
そして間を置かずに襲い掛かる蜂の一刺しは彼女たちの命運が尽きたと突きつけるようだ。
その中で彼女は必死になって加速因子を操り機体を無理やり前に飛ばす、その瞬間後部に備え付けられている居住区の一部が吹き飛んだ。
爆炎を抜ける中で、何が起きたのだと理解するまもなく。シュベーレは発生させた路線からまた脱線する。スピードも乗っていない状況だったからこそマシな姿勢制御が出来たが、期待はまたも路線から外れて、バレルロールのように空中を転がった。
「ああ、もう。さっきからあっちは反則技が多くない」
「存在が反則の人間からは言われたくないと思いますよ。ですが、確かに厄介ですか。車輪自体の運動能力を片側だけ停止されば、確かに機体はそうなるでしょうね線路ですから」
「確かにそうだけど、対策は出来るけどさっきの被害はどんなもの。再生は出来るだろうけど、まわす余裕がないから、操作に関してどうかだけ教えて」
「私たちの衣食住の内の住が台無しになりました。強いて言うならそれぐらいですが、むちゃくちゃな機動をしているんです。これからそれがどうなるかは責任もてません」
たちがあると言うことに関してラディアンスは誰にも負けない。
損傷を端で見ながら、後一歩加速が遅ければ自分は死んでいたと思うが、生きている以上は自分がその一歩分成長したのだと自覚する。
これでも足りないのが西かと言う驚きと、間違いなく進めている自分の一歩に、確かな手ごたえとエース達の刈り取ると言う意思に、軽く身を震わせながら視界を必死に研ぎ澄ませる。
「そう言うのは、これから当たり前になることだからね。仕方ないと思っておこう」
ここは赤い大地だと認識させる片眼鏡に、声を上げるように自分を言い張る。
この世界ではこれぐらいのことが起きるのが当たり前なのだと彼女は分かっている。だから声を上げるだけ、するべき事との再開だけを間違えなければ、ラディアンスの道は揺るがない。
「あれだけやってもまだいき足掻くって曲芸、手を抜いているわけじゃないのよね」
「そんな事をするほど暇に見えるかい。あれは実力だよ、少し前から明らかに命にかかわることに関しての感覚が鋭くなってきている」
「ギリギリで生きる選択肢を引き出せるって事よねそれ。こういう状況じゃなかったら才能があるってほめてあげられるんでしょうけど」
そんな賞賛を与えるつもりは一切ない。
もしかしたら彼女はエース足りえた存在かもしれない。だがそれを認める彼女の席はなく、同時に居場所もこの場所には存在しない。
だからそれは悪態だ。才能があると言うことは厄介だと言うだけ、邪魔と言うだけでしかない。
「何より対応力が異常だ。同じミスを二度しない、行動に対する自己判断にまったくの自己愛が感じられない」
「でしょうね。せっかく配置していた針も、さっきから見ている限りだとよけ始めている。どうやってみているのか、本当に教えて欲しい限りよ」
「野生の勘だろうさ、本当にそれ以外にあるとは思えない」
何を冗談を言っているのだと笑う。
今、この場に存在するラディアンスと言う少女は、純粋培養とも言っていいお嬢様だ。そのどこに野生があると言うのだと、聞いたヒタギは鼻で笑う。
「お嬢様が野生だったら私達はなに、温室育ちの獣か何か、私にはあんな嗅覚ありはしないけど」
「それが得る素質が開拓者なんだろう。独立独歩の精神だろうね、あの世界じゃ自分の力だけが真理だ」
そこに域儀他なく存在しようとしているラディアンスは、エースたちよりも貪欲で凶悪だ。
欲しがるものの膨大さが彼女に、膨大な飢餓感を与えて、人が持つ獣の感性を引きずり出す。本来人間は、どの生物よりも貪欲な存在である。そんな存在の飢餓感たるは、どんなものかを説明するのも馬鹿らしい。
鏡の前の自分と、獣の領分を考えれば納得もいく。
「だからあのテンポの速度で成長すると言うの。私たちだって何度も、何度も」
エース達は赤い世界に何度も旅立っている。
修行と称して最初のバンドぐらいには、行った事がない人間のほうが不思議なほどだ。かたくなに行かなかったのはヒサシゲぐらいで、エースを名乗るならこなさなくてはならない道程の一つ程度の話だ。
だからただ目指しているだけの人間が得る才能にしては、それは強烈な力であったのは間違いない。しかしそれが事実として残る。
「そりゃ心構えの差でしょう、私は世界を滅ぼしたって西を目指すんだよ。ただこなすだけの人と一緒にしないで欲しい」
その回答はずいぶんと斜め上の方向から、衝角反応とともに現れる。
音さえも置き去りにした、閃光とすら見紛う一両がその間を抜けるが、ただの加減速だけで、それを交わして見せるエースの妙技は、ただ音と閃光が通り抜けるだけの見学と変わらなかった。
「っぃ、ほざくな雌豚が、お前程度の願いに価値があると本気で思っているのか。いや本気で思っているからこそ」
「必要なものをぶち壊していったってことか、分かっていてもなんて不愉快な」
「そりゃ当然だ。私の願いは人に仇なす妄言の塊だもの。自覚はしてるけど、それ以上にこの世に大切なことが無いなら」
後部居住区を破壊され黒煙を撒き散らしながら動く機体は、蒸気機関のように後ろに煙を巻き上げる。世界の全てを動かし続ける輪転のように、彼女一人の歯車は苛烈な音を上げていく。
「私は世界の一つや二つと相手取る覚悟は出来てるんだ」
だからこそ苛烈で、だからこそ遠慮が無い。
その女は目的の為なら三千世界を相手取る覚悟をしている。それだけの覚悟がたやすく出来てしまうからこそ、絶望を駆け巡る山河を笑い、阿鼻の地獄も足蹴に出来る。
カッツェの足取りのままに、己の自由を張り通す覚悟と言うのはそういうものだ。だからこそ一つの行動に対する重みの差となって現れ、踏み越える力となって行く。
だから成長の段階が異常なのだ。なぜならそこまでの成長が無ければ、自分の覚悟が劣っていると本気で勘が低きているがラディアンスである。薄氷を割れないままに歩くような慎重さを持ちながら、そこをあえて走って抜ける覚悟を持つ。
その命を削る練磨は、ゆっくりとかみ合う歯車の形として現れ始める。
それは撃鉄を起こす仕草、引き金を弾くまでの一瞬の停滞だ。
「だから、だから、だからね」
蕩けた声は、誰を誘うと声とも覚束ない随分と剣呑な響き。
意志をはり続けるラディアンスが見せるのは、踏破機関と呼ばれた時代の軌跡。重機関を操る上で最大のポテンシャルを発揮させる領域の機動。
第五には未だ届かないとしても、足掻き続ける彼女の執念は間違いなく、一つの壁を乗り越えたのを証明するように、唯一つの力で一切合財を追い抜いて行く。
「乗り越えさせてもらうよエース」
対要塞列車級エース(第四音速域到達エース)
名を空狩と呼ばれていた。常勝艦カチドキのトップエースであり、最強艦タイシャと同盟を組んでいたが、六次の末期その同盟は破綻をきたし、完全な泥沼化していくのだが、三次分割地点接触の際に羽によって撃墜される。
それがヒモロギの敗北でも在ったが、この二人は実は親友であり、空狩のほうは実はコルグートの恋人だった事が、後々のタイシャの崩壊につながる。




