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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第一部 かつての要塞列車
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一章 レッドストームの序幕

 なんにしてもだが最初の一歩目と言うのは大切なものだ。

 タカナ・ヒサシゲ、彼はそういう意味では、いきなりの大失敗を迎える。

 決意を固めて一歩を踏み出した、その夢の道は一歩目にして、妨害と言う名の暴力によって始まった。


 駅を踏み出した瞬間の事だ、彼はくの字になって地面に膝を付いた。

 目の前がましろに染まる明滅が、暴漢か何かと錯覚させられる。ここの治安ははっきり言って最悪だ、犯罪者たちが集まると言う意味でも、そうだが西を目指すために手段を選ばない者達が多い。

 立ち上がる為の呼吸を全て吐き出して、地面に手を付く事も出来ず、顔から地面に叩きつけられた。混乱からくる動揺は、彼が自分が何をされたかの判断すら奪い、顔に放たれた衝撃に意識が飛びそうになる。


 その時に口を切ったのか血が滲み、痛みと共に鉄の味が口に広がる。

 だが相手はそれでも執拗に彼を攻撃し続けた。何度も感じる体への衝撃に、少しだけ冷静になれたのか、それとも本能からか、痛みを避けようと身を縮める。

 虫のように丸まり、体に対して致命傷を避けるようにと考えただろう、頭などの弱い部分をかばいながら、彼は暴力を受け入れる。その無様な姿に相手は押し殺したように、侮蔑の呼吸を吐いた。


 それが相手の嗜虐心を煽っているのか、あいにくとそんな淫売じゃないと、内心では思いながらも抵抗出来るほどに強くも無い男は、痛みに耐える以外の手段を持たない。

 幾ら暴行を受けても呻き声をあげるだけの打楽器は、単調な音しか吐き出すことも無く、次第にその音も静かになって消えていく。


 気絶したのか死んだのか、完全に音の消えた男の手からトランクを奪う。

 金が目的の殺人なんてものは、容易く存在する代物ではあるが、その瞬間にビンの転がる音がした。

 何事だと辺りを見回す加害者は、辺りから人の気配がしない事を理解すると、落ち着いたと溜息を吐いていた。それは男のポケットから転がった香水瓶のようであったが、赤い粉が入っていた。


 しかしそれを見て安心したのか、空気ですら分かるような安堵の笑みを浮かべ、その場から立ち去った。

 かなりの暴行を振るわれた男は、骨などは折れていないにしても、かなりの怪我ではある。相手はそれなりに使う人間である為、心得の無い男はダメージを抑えるのに必死になったのが、功を奏したのだろう。


「壁内の奴等か、どこまで銭を出し渋るつもりだ」


 男は呻く。

 ただやられる事が性に合わないのか、わざと万能結晶を転がして見て反応を見たが、警戒の色を見せない人間が、壁外と住人に居るわけが無い。それは単一結晶と呼ばれる、接触変化を固定化させた、壁外の住人の護身用の武器である。

 先ほどの状況でも空気中にさらせば、この一角ぐらいなら吹き飛ばせる威力を持つ代物だ。


 こういった護身用の道具を持っている人間を壁外の人間はかぎ分ける嗅覚がある。

 まして目の前で見せれば、過剰とも言うべき反応を見せて逃げ出しただろう。それを目の前で見せて安堵するなんて馬鹿をする人間は、平和ボケした壁内の住人だけだ。

 痛みを引きずって一文無しになった自分を自嘲する。

 クルワカミネの商人たちは、維持でも損失を出すつもりは無かったようだと、見通しの甘さに卑屈に笑う。ここで盗まれたので、もう一度お金をくださいなどと言ってくれる人間が居るのなら、お人好しかただの馬鹿だ。


 壁内の要人や公務員が、壁外の人間に関わる時というのは、基本的に犯罪まがいの事や、西域到達の生贄探しの時ぐらいだ。この要塞列車中でも、差別は当然存在するその代表的な例が、壁外と壁内の人間の関係だろう。この要塞列車内で上に行けば行くほど、壁外の人間を人と見ない傾向が強い。

 だからこそこんな事がまかり通る。そしてこうやって奪った金は、更なる事業の為に使われて、壁内の人間の生活を富ませるのだろう。

 なにより、そう言った差別があるからこそ、行政に申し立てても、おざなりな対応しかされない。つまりだ、この件に関して被害者である男は、泣き寝入りしか出来ない。


「決意十秒で妨害か、宣戦布告と取るぞお天道様」


 これからの再起の為の元手すら、男は容易く奪われて流石に困ってしまう。

 逆境には随分と慣れてきたようだが、体に纏わり付くような暑さを持った痛みは、男の表情を容易く歪める。

 人を殴りつけてまで奪いたい金なら、最初から渡さなければ良かったのだ。契約上ではるが、彼の所有物であるペナダレンを奪いたい為に、それなりの資金を渡して挙句に奪い去る。その金の行き先まで男はわからないが、法治という建前を使って、ここまでしてくれるのであれば、男だって満面の笑みでどうぞなどと言ってやれない。


 風に晒されるだけで痛む体を無理やりに動かす。

 その度に軋む体が動く事を拒否している事だけは、雄弁に語ってくれるが、それを気にして止まれる程に男は、根性なしでもないのだ。

 表情は笑っているようにすら見えるかもしれないが、流石に怒り心頭と言ったところなのだろう。ここまでされて押し黙るのは、現実的な対応ではあっても馬鹿の対応ではない。


 口の中に溜まった血を吐き出しながら、笑っている表情の中だが随分と目が据わっている。

 痛みで歩き辛いのか、体から動かす力が湧き出ることも無くバランスを崩しそうになる。

 口に広がる鉄の味も違和感を感じず、痛みで体中が燃える様な感覚にとらわれ、冷たく吹き寄せる風が刺す針の様な状況。


「とは言え、倒れるぞ流石にこれだと」


 もう一度倒れると二度と立ち上がれる自信が無いのだろう。歯を食いしばる様にしてたつという状態を保っているが、幾度と無く崩れるバランスに耐えかねて、先ほどの香水瓶を地面に叩きつけると踏みつけた。

 

 本来なら単一結晶としての用途で精錬された万能結晶は、それ以外の効果を発する事は内のだが、壁外の住人においては話が変わるのだ。

 彼らは肌身で万能結晶の変化を感じる本能が自然と備わっている。そしてそれを歩いて井戸ではあるが自在に操れると言う、一種の感覚による万能結晶の支配が可能なのだ。単一結晶はあくまでだが、壁内の住人が生活に困らない為の必需品である。

 実際彼が持っている単一結晶は実際は、ただ火を起こす為の代物であり、壁内の住人にとってはライター代わりという代物だ。これを爆発物にすら変えてしまう壁外の住人がおかしいだけであり、先ほど彼が転がした瓶を見て襲撃者が安堵したのも、この辺りが原因だ。


 その変化はただ鉄の棒が出来るだけの物だが、今の彼にとってはこれほど有難い物も無いだろう。流石にこういう状況では何も出来ない、痛みのあまり熱が出て随分とぼやけた思考のままだ。

 このままではどうにもならないと、考えを呟いてみる。


 親愛の言葉の篭った言葉だが、聞き届ける相手のいない惚気は寒空に響いた。

 男は動かすたびに痛む身体をしかめながら、身を捩るようにして歩く。目的地を取り合えずと目指すが、痛み以上の何かがあるのか、自身の選んだ選択肢に随分と嫌そうな表情をしている。


「それに監禁コースはごめんだ。ってことは、あっちかコルグート爺さん、まだ生きてるか。もう五年ぐらいあってないが」


 あそこならと彼は思う。

 知り合いながら彼が嫌がる類の人物であるのは間違い無いのだろう。

 随分と表情が引き攣っている、現在進行形の痛みさえも忘れる程には、濃い人物であるのは間違い無いのだろう。

 だが交代のねじの無い男は、表情を楽しそうに歪めた。これが夢に向かう為の痛みだと思えば、笑えると思っているのだろうか。

 暴行を受けて、元でである金まで奪われる、それを笑えるようになれば、どちらにせよ大物出る事は間違いないだろう。

 最も馬鹿の殿堂でもあるわけだが、後者のほうが彼らしい気もする。


「大丈夫だろう。そんな噂は聞いてないし、その辺りはポーオレから確実に耳に入るだろうし」


 どうせ彼にはそこに行く以外の選択肢はないのだ。

 前途多難な自分の夢の行く末に、笑う以外の選択肢が無い男は、上等だと艱難辛苦の全てを嘲笑う。

 彼は己の夢はきっと、戦争だと思った。己に敵対する何もかもを倒して、始めて成立する代物であると結論付ける。

 クルワカミネは自分に戦争を挑んだのだと、たとえ羽虫の如き存在であったとしても、その宣戦布告を受けて立つと決めた。


 きっと相手は彼の事すら、ペナダレンの所有者程度にしか考えていないだろう。しかもそれも忘れてしまったかも知れないぐらいには、取るに足らない存在である事は間違いない。

 理屈も泣く彼の前から夢を奪い去り続けたのだ。西を目指す夢を侮辱に彩った相手に、タカナ・ヒサシゲは覚悟を決めるしかなかった。


 ひっひっひと笑う口の姿に、痛みを感じながらも笑うことを彼は止めなかった。

 馬鹿にしてくれるのであれば、後悔させる程度には馬鹿になるつもりだった。息をする様に自然に感情を笑い出す男は、笑ってると言う行為よりは、牙を向いているような表情に見えた。

 このあたりでも変人扱いをされている彼に、話しかける住民たちは存在せず、遠目に傷だらけの男を見ているだけだ。耳障りに響くノイズ交じりの嘲笑さえ、この程度の逆境がどうしたと笑えるものなのか、荒い息を吐きながらも一歩一歩が軽くなっていた。


「負け犬になってたまるか、絶対に俺は西に向かうんだ。相棒と一緒に、邪魔をするなら容赦なんてしてやるか」


 夢に足掻く馬鹿は、目の前のそれしか見えていないのだろう。

 かつて一人で山を目指した登山家がこういった、山を何故上るのかと言われて、好きだからと、自分に湧き上がる欲求を制することさえ出来ないからだと言った。

 細かい御託を並べる必要はない、ただ好きで止められないで十二分なのだ。


 男またその一人である。何故西を目指すのかと言われれば、西に向かう事が好きだからだ。

 その行く末が死であったとしても、彼はただそれだけなのだ。西を目指すことに対する欲求を抑えることが出来ない。普通ここまで出足で挫かれれば、諦めても仕方ないほどの妨害だ。

 自分には無理だと嘆いてそれでお仕舞い。諦め切れなくても立ち上がるまでに、時間がかかるものではある。人の心は頑強な様でいて脆い、一つ一つが小さな物であれば耐えてしまうが、一度に襲い掛かる悪意が強大であればあるほど、容易く心の根が折れてしまう。


 耐えられない重みを幾度となく受けても、絶やす食う歩く行為を止めない彼は、狂人とたとえてもなんら不思議ではない存在だ。

 馬鹿とたとえられるだけまだ救いがある。二十八番廃駅の主と呼ばれる男は、開拓者と呼ばれる戦闘機関乗りの中でも有名な変人だ。夢の為なら容易く壁内の人間に頭を下げ、地面の糞尿でさえも食らうと思われているような畏怖を持って語られる存在だ。


 夢の為なら全てを投げ打つ、あまりにも強大な敵に一度は茫然自失となるが、それから彼は歩みとめなかった。

 心が強いのか、夢を見過ぎなのか、どちらにせよ馬鹿といわれるだけの理由を備える存在であるのは間違いない。


 だがある意味では狂人としか言いようのない男は、夢を害さない限りは比較的ではあるが、まともな類の人間ではある。ただ西域を目指すと言う点において、正気ではないというだけ、いや十二分に論外な人間ではあるが、日常生活においてはそれほど害のある人間ではない。

 一応ではあるがまともな感性を持っている事は持っているのだ。

 そんな彼が会うことをためらう人物、それが今から彼の出逢うべき存在ではある。

 彼の住処である二十八番廃駅から徒歩で約十分の距離ではあるが、バラック立ての家が並ぶ居住区を抜けた場所にある為、人々の視線に晒される事になる。

 その全てが嘲笑であった事からも、彼と言う人間がそれほど評判のいい人物でない事は明らかではあるが、だからどうしたと言い切れるのが彼でもある。


 むしろそれよりも今から会う人物のほうが彼にとっては問題なようだ。

 目的地にたどり着いた時、酷い溜息を吐いて一度覚悟を決める為に、相棒を思い浮かべて心を満たす。

 怪我による発熱で意識が朦朧としてるはずなのに、それでも嫌かと言う人物なのだろう。

 それを象徴してか彼の目指した十六番廃駅と呼ばれている、この辺りには人の姿が全く存在しない。

 ここから十メートルも移動すれば居住区があり、その喧騒だけが風と一緒に吹き抜けて行く。


「このあたりに来るのは五年ぶりだが、相変わらず駄目人間みたいだあの爺さん。死んでる、死んでるな、死んでるよな」


 助けを求めに来たと言うのに、言っているのは死の哀願と言うのもどうかと思うが、そんな言葉を吐きながら彼はノックをした。

 だが反応がないのか、響いたノック以外の音は響いてくることはなかった。


「くそ、ホームの方かこっちはもう身体限界きてるのに」


 荒く鳴り出した息が、少し詰まるような音をし始めていた。

 痛みだけじゃ無いのだろう、彼の身体自体に限界が来ているのだ。死ぬ事はないだろうが、このまま何もしなければ少しの間は身体を動かすことが出来なくなるだろう。

 それだけは男は拒絶する、今は一分一秒が惜しい。呻く様に息を吐きながら、目の前の扉を開ける。このまま地面転がってしまえば、クルワカミネの貴重な有機資源の仲間入りをしてしまう。


 流石の彼もそんな事態になるのはごめんだ。

 誰も近寄らない場所だからこそ、この扉に鍵はかけられていない。それはこの駅の持ち主に誰も係わり合いになりたくないからこそではあるが、それと同時に彼の本職が理由でもあった。

 結晶精製者である。と言っても、それがどういう業種の人物かといって分かるものは居ないだろう。簡単に言えば万能結晶の加工や、単一精製などを行う業種であるが、それと同時に壁外では別の顔がある。

 それは武器商人、この界隈において最も万能結晶を理解した存在。万能結晶の扱いを極めたと言われるほどの人物は、かつて襲い掛かってきたこの辺りの総元締めであった蛇殺しの夫人、その子飼いの手下度も全てを皆殺しにしたほどの強者でもある。


 そんな武勇伝も会って、辺りに人が近づく事が少なくなった。

 この辺りの武力バランスを台無しにしてしまった武器商人である。彼のこういった活躍もあって、万能結晶に対して壁外の住人は必要以上に脅えるようになる。


「ん、誰だ。こっちは客を取ってないんだ。知人以外進入禁止だよ」


 そんな危険人物の住処の扉を開けると暢気なしわがれた声が響いた。

 壁外と住人の嗅覚だろうが、辺りに散らばる小振りな純結晶の濃密な空気が、ヒサシゲの表情を強張らせる。

 だがここに居るのは、彼が知りうる限り稀代の職人の一人だ。暴発させるような、ヘマをしないことぐらいは、理解しているのだが、その辺りは壁外の住人の本能みたいな物だ。

 どうあっても警戒を止める事は出来ないだろう。


 吐き出した緊張と響いた声に、彼は一つの安堵の感情を芽生えさせる。

 懐かしい声にどうしても表情がほころぶ。


「居留守かよ、ちなみにだが残念ながら知人のほうなんだ爺さん。ちょっとヘマしたもんで、弟子が救いを求めにきたんだが、助けてくれる気はあるか」

「おー、その声はヒースか。蛇女にでも絡まれたか、それとも列車王にでも喧嘩を売ったか、随分とぼろぼろだな。何時ものところに、薬が入ってるからそれを飲め」

「いや、クルワカミネに喧嘩を売られた。相棒奪われたりかね取られたりと最悪の状況だ」


 老年の男はその言葉を聞いて表情が強張った。

 それは前者か後者か、はたまたどちらもなのか、どちらにせよその老人にとっては、予想外の言葉だったようだ。


「冗談じゃないようだが、あのポンコツも奪われてどうするつもりだ」

「無料でメンテさせてると思っとく、それでちょっと怪我が治るまで匿ってくれ、今ポーオレに捕まると色々と拙い」

「あの、お嬢ちゃんはまだアレなままかい。しかしヒース、その調子だとそろそろ出るのか西に」


 「ああ」と彼は頷く。

 棚から取り出した赤い液体を喉に流し込んで、椅子に座りながら一息つく。代謝を活性化させる薬だが、不用意に飲みすぎると発熱や栄養失調になる事もある代物である。

 その辺りは職人技なのか、製作者腕が分かる調整を行っているのだろう。効果は弱いが、身体に変調をきたすほどの物でもない。

 痛み止めの機能もある為、ゆっくりとではあるが彼も落ち着いてきている。


「最悪でも半年後には居なくなる。ちょっと騒ぎにはなるとは思うけど」

「そうか壁内にまで尻尾を振っていたが、ようやく自分の足で歩く気になったか。開拓者鳴らそうあるべきだ、口すっぱく言い続けてきたがようやく理解したか馬鹿弟子」

「気付いたのは少し前だけど、理解はしたかお小言は勘弁してくれよ。今から相棒を取り戻す算段をしなくちゃいけないんだ」


 その言葉に老人は首をかしげた。

 目の前に居る男は奪われたペナダレンを取り戻す気でいるらしい。


「あのポンコツを以外の選択肢はないのか」


 もっといい性能の戦闘機関もあるだろうと、かつてと変わらない強情さを師に見せ付ける。

 呆れた声で紡がれた言葉に、彼は頷いた。


「当然だろう、あいつが俺の棺おけだぞ。列車王に見たいな淫売じゃないんでな、惚れた女も戦闘機関も一途にってのが基本でね」

「そこに夢を加えてか、しかしそれを成し遂げるとなると、確かにクルワカミネとの喧嘩になるなそりゃ、ヒースの感覚なら戦争するつもりか」

「当然だろう爺さん、人の夢をここまで侮辱しくさったんだ。やられた事はやり返す、そういうもんだろう、仮にもあんたの一門だったら」


 敵対者に容赦する事は無い。相手が自分たちを路傍の石と勘違いしようが、結果がテロリスト扱いであろうと、やることを変える様な類の人間ではない。

 だからこそ困ったものではあるが、その老人は彼の言葉を否定することは無い。自分も同じ事をやらかした側の人間だ。


「お前の人生だから好きにしな。ただちゃんとお嬢ちゃんには、決着をつけておけよ。泣く子は見たくない」

「当たり前だろう、惚れた女を泣かせるってのは、なんと言うか嫌だろう爺さんでも」

「違いないが、なかせる側が言うもんじゃないぞ馬鹿弟子」


 確かにそうだと罰の悪そうな顔をする。

 しかし体力の消費や、暴行などで限界が来ていた彼は、少しずつではあるが口数が少なくなっていった。

 疲れからなのか、分かったの一言さえも口に出来ず、目の前が落ちて行く。椅子に倒れこむように座りながら、一つ呼吸をすると線が切れたように眠ってしまった。


「でだ、とうとうやっこさんは、西に行く決意を固めたようだぜお嬢ちゃん」


 老人の声に反応するように、部屋の置くから女の声が響いた。

 声からも分かるどこか辛そうな言葉に、弟子は女の扱いに関しては落第点だと笑う。


「ようやくですか、相変わらずこの人は、無茶だけは得意なんですね。私に心配ばかりさせるんですから、本当に監禁してあげましょうか」

「止めときな、あの馬鹿が寝る事も、食事も取らないから、無理矢理休ませてただけだろう。そういう行為に気付けば、土下座してでも結婚をせがんだんじゃないか」

「嫌です、私は献身的な女じゃなくて、独善的な女でありたい。そうじゃないと、この大馬鹿者に付き合えないじゃないですか」


 その言葉に老人は顔中に皺を刻んで笑い出した。

 確かにこいつは落第点だと、だが同時にお嬢ちゃんは及第点どころか合格点だと、拍手を始める。


「馬鹿弟子は女を見る目だけはあるっぽいな。扱いは最低だが」

「いいんですよそれで、ヒースが女の扱いがうまいなんて言うのは、聞くだけで悪夢じゃないですか。こんな馬鹿の被害者が増えるって事ですよ。

 それは私だけで十分ですし、私以外に必要ないと思うんです」

「止めてくれ止めてくれ、老体に若者の惚気は毒だ、病気になっちまう。お嬢ちゃんはつまり、ただそいつを独占したいだけか」

 

 ただ笑いながら頷いて彼女は肯定を返す。

 こんな駄目人間が好きな女は一人で十分ですと、その言葉に老人は大きく溜息を吐いた。


「趣味が随分悪いな」

「私でもそう思います」


 だがやはりと言うポーオレは満面の笑みで、その事実を喜ぶように告げるのだ。

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