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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第一部 かつての要塞列車
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無職の男

 赤字部署の閉鎖、元々が利益が出るか分からない伝統行事は、次代のお天道様たちには受け入れられる事も無く、西への願望を侮辱しながらの終わりとなった。

 それ自体は仕方の無い事かもしれない。

 彼らはこの企業国家の人間ではあっても、本質は銭勘定をする商人だ。儲けが無い商売をするなんて言うのは馬鹿のする事であり、商売人の本質からすれば、今回の事は妥当な判断ではある。

 その観点から見れば、納得が出来ないと言う事は無いが、それでも男は納得できなかった。別に部署の閉鎖などをどうと言っているのではなく、企業はその赤字債権を少しでも回収しようと、伝統事業が多少なりとも金になる方法を提示してきた。


 男の所有していた車両は、踏破戦闘機関車両の後継機であり、この世界では唯一現存している戦争以前の車両である。

 歴史的価値という意味では、相当に高い代物であるペナダレンを、博物館に展示すると言い出したのだ。

 男は流石に憤慨した。これは彼の所有物であり、長年貸与はしてはいたが、他人にくれてやるものでは断じてなかった。

 だがそれを知っているのか、知らないのか、彼に閉鎖を言い渡した男は、そんな事は関係無いと言う。


 ここは所詮はクルワカミネと言う国家であり、その頂点がこうしろと言えば、下は粛々と従うのが義務であり、その代償としてこの要塞列車で生きる権利を与えられている。

 所詮は独裁国家であるクルワカミネでは、上に逆らうと言う選択肢は存在しない。商人が契約を踏みにじると言う最悪の心象を彼に与えながら、長年連れ添った相棒であるペナダレンは奪われていった。


 そして彼は無職になって、唯一の財産である戦闘機関を奪われたのだ。

 別にそれ自体が、どうと言う物ではないのは、この場所で生まれ育った者なら、ある程度は納得してしまう事も大いにあるだろう。

 心情の問題は別として、それがこの世界で生きる者の義務ではあるのだ。だが彼には夢があった、西域に到達すると言う開拓者としての夢が。


 その為に西域到達事業に手を貸し、戦闘機関乗りとしての技術を磨き、支援を貰える様にと努力してきたのだ。

 だが結果はこれだ、お天道様は銭勘定が忙しく、赤字を補填する為に馬鹿達を大量に吐き出し続ける、西域への夢を形にした博物館を作ると言う。

 確かに金にはなるだろう、何しろこの世界でこれほどスリリングな娯楽は無い。いくつもの物語が語られ、西域と言う憧れを人々が描いた絵画が存在し、それを演じる人々がいる。


 今もなお、安定の中にある世界であったとしても、人々は西を求め続けてはいたのだ。


 そんな人の夢の形をある意味では展示した博物館、儲かるのは間違いないだろう。そして企業は富み、社会福祉事業として生活の手助けをしてくれるのだろう。それは当然のように人々の生活を豊かにして、誰もが健やかな日々をすごく手助けになる。

 そう考えればなんと素晴らしい事だろうか、男一人の夢を犠牲に万を超える人が幸せになれる、社会のあり方としてなんと裏表の無い事だろう。


 そういう意味ではペナダレンは、看板的な役割を果たす事だろう。

 ジオドレ=ジュダが乗った踏破戦闘機関コールブルクディルの直系、そして第一次西域到達戦争が始まる前に作られたが故に、戦争の為の機関とは異なり、西域到達の為だけの装備で作られた最後の純戦闘機関でもある。

 それは言うなれば、西を目指す者達の純粋な願いで作られた最後の車両だ。その歴史的価値と、西域到達と言う願いの象徴にもなる踏破戦闘機関直系機、あの当時の車両は現存するものが極僅かなのだから、その潜在的な資産価値は相当なものになる。


 だからこそお天道様は、壁外の人間との契約とは言え破棄してまで、莫大な資金を生み出す資産を手にしようとしたのだろう。

 そう言う意味では彼の相棒は、随分と優秀であったようだ。だがそんな方向での賞賛など欲しくはなかった。


 男が欲しかったのは、その相棒と向かう西への路線だ。

 彼はこの要塞列車で既に二十八年と言う時間を刻んだ、その間片時も自分の夢を諦めた事はなかった。

 だがただ目指したところで、西域は届かない場所である。万全の準備と、優秀なスタッフ、様々なフォローがあって初めて西域と言う場所は目指せる。そのサポートですらも無駄に帰すのが、西域到達事業の駄目な所ではあるが、それでも最も可能性の高い道を選んだつもりだった。


 だが現実を振り返ってみれば男に残されたのは、何一つ無い負け犬の証明だけだ。

 無様、男と言う人間を分かりやすく表現するならその言葉に尽きるだろう。撤去作業を行う壁外にある男の駅では、粛々と誰もが男にかかわる事も無く、資材の一切を固唾家手いる。

 その中で男がしている事は、ただ呆然と立ち尽くすだけだ。


 周りの声も耳に入らず、ただ自分の人生に対して自問自答を繰り返す。間違っていなかったはずの男の生活設計、惚れていた幼馴染が告白を受け入れてくれない事に安堵をしながら、後一月もあれば自分は西を目指していたはずだった。

 夢はあともう少しの所にあった、だがいまその願いを思い返すと、一体どこに手を伸ばせばいいのかすら分からない。


 手が届いた筈の夢は、感触まで感じられた夢は、男はただそう繰り返した。

 実績を作り、技術を磨き、そうやって生きてきた日々は、お天道様が儲けにならないからと言う理由で、台無しにされていたのだ。

 悔しいと、自然と握る手に力が入る。食いしばる歯茎から血が滲み、鉄の味が口内に広がった。


 何より悔しかったのは、相棒を取られた事。そして企業から口止め料のように渡されたペナダレンとの手切れ金、一万と言う三十年は遊んで暮らせる金額が、丁度夢を目指した自分と同じ年月と被ってしまい。

 男とペナダレンの夢の値段を突きつけられているようであった。

 企業としては男がごねない為に、用意した金ではある。それだけあれば壁外の住人だったら、十分すぎる額ではあったが、ただ皮肉が利きすぎていただけ。


「あいつ殴ってやるべきだった」


 撤去作業はいつの間にか終わり、男の呟いた言葉は随分と苦渋に満ちたものだった。

 相手がそんなつもりが無かったとしても、自分の夢を終わらせた復讐ぐらいは、させてもらっても罰は当たらないだろう。

 口角を吊り上げながら、溜まった鬱屈を吐き出すように、楽しげに笑って見せた


 だが生憎と、自分の夢を終わらせた、馬鹿が誰か分からない。

 そもそも夢を終わらされて、人生の終わりを感じて自殺を考える程度には、男は追い詰められていた。

 人生の暗雲を感じ、歩く事もままならない暗黒に踏み込むような恐怖を感じていた。そんな心情になるまで、悲観を繰り返した、マイナスのサイクルによって絶望した男は、クルワカミネに力で敵うわけがない、とまともな判断を下し相棒ですら手放してしまった。


 感情で喚けば、何か変わったかもしれないのに、男はそれすら出来なかった。

 自分の夢に対する復讐を忘れていたと、吊り上った笑顔は随分と強暴だ。折角の近代化を果たした駅も、ただのハリボテに変わり、今となってはこちらのほうが、自分らしいとすら男は思う。

 人に頼りすぎた夢は、他人の尻馬に乗っかっただけの、やったつもりの夢物語に過ぎない。効率がいい、最も妥当、そう言った当たり前を乗せて、路線を引いたところで結局は、最後に他人頼みになる。


 それはあの赤い大地で、現象に轢殺される未来があるだけだ。

 他人に頼る夢はそれが所詮限界だ。

 あの大地において人に頼るなどと言う行為は、所詮それまでの人間と、自分で言い張るのと変わらない。

 どうぞ私をあなた達の変換現象で、殺してくださいと万歳突撃するような物。


「こんな精神状況だったら、間違いなく出ていたら、選別始発で死んでたな」


 幾ら夢から遠ざかっても、男は夢を諦めるとは言わない。

 目指すものがある人間は強いが、彼も場合はそもそも夢を諦めると言う思考が無い。ただ遠くなって絶望しているだけ、彼は夢に向かうことに関しては天才的馬鹿だ。


 こんな事だからあいつに馬鹿にされると、頭をかいて反省する。

 復讐もそうだが、ペナダレンをどうやって取り戻すか、博物館に死蔵されるなんてのは、現役戦闘機関としては最上位の侮辱だ。

 確かに製造から既に三百年以上が経過している、その間に手を加えられ今の形になったペナダレンは、既に一線からは退くべき戦闘機関ではある。


 だが男はペナダレンでなければ嫌だった。なによりアレほど、踏破だけを目指した車両はこの世界には存在しない。ただ西域を目指すためだけに作り上げられた車両は、数百年程度で劣化するような代物ではない。

 長い間ずっと変換現象にさらされるのだ。耐久度に関して心配などしていたら、純踏破戦闘機関直系の車両に対して、侮辱をしているだけだ。


 その辺の一線級の戦争用戦闘機関では、目指している物が違いすぎて、踏破車両であるはずのペナダレンとでは、耐久力がペナダレンのほうが上である。変換現象に対する対策なども含めれば、最新式の戦闘機関にすら劣るものでは無いと、断言できる車両ではあるのだ。


 何よりペナダレンとの約束でもあった。

 ただ子供の時に、いつか西域を見せてやると男は、ペナダレンに向かって告げた。男の夢の始まりはきっとそこだ、ただ駅に廃棄されるように放置されていた旧式どころかい戦闘機関、まだ動けるのに旧式と言うだけで馬鹿にされ、誰も触れる事の無かった戦闘機関の主である男は、その昔を思い出す。


 幼い頃から思っていた。家族は死に孤児として生きてきた男は、唯一の生きがいとして、このペナダレンと育ってきた。

 それこそ幼馴染よりもずっと昔から、夜の寒さも、時折襲い掛かる変化現象の残滓で震える夜も、彼はペナダレンと過ごしてきた。その月日の中でずっと言っていた、ただ西に行こうと、そんな夢物語をずっと相棒としてきたのだ。


 夢が一度終わったその時、男は流石に意気消沈してしまった。

 だがよりにもよって奪われては成らない物を、奪われた事をようやく認識できた。渡された金を見ながら、貧乏人から見れば莫大な量だ。

 しかしお天道様から見れば、はした金に過ぎない。男の夢はそのはした金で買われたのだ、そして相棒はそのついでに奪われただけ、悔しかった、男は悔しくて仕方が無かった。


 自分の夢は、西に向かった開拓者の一人の願いは、その程度の物であると突きつけられたのだ。彼の幼馴染は常々、馬鹿な事は止めて落ち着けと言ってきた。

 いつも曖昧に笑っていたが、諦めるつもりは無かった。もう少しだと決意を固め、一歩一歩を歩いてきた。人はそれを馬鹿にするのかもしれない、いい年をして夢ばかり見ている馬鹿を、誰一人として賞賛で迎えることなど無い。


 結果を出せば無くなる夢という物語、だがそれを出さずに人は夢を認めない。

 ただ妄言を吐き散らかすだけの実績すらない言葉は、信用も価値も何一つ用意できない、納得させるだけの力が無い。

 だが夢とは元来そういうものだ、達成して現実に塗り替えてこその賞賛がある。夢想や空想の類を現実にする事こそが、夢を叶えると言う事に他ならない。


「そう思うと少し頭が冷えたか、ペナダレンには悪かったが、アレは取り返せばいい。夢を目指すには丁度いい資金も出来た」


 そう考えたほうがいいと、マイナス思考に陥りかけた精神をプラスに持って行く。

 変換現象の余波か酷く冷たい風が吹いて、身を小さくしながら男は、駅の中に入って行く。一応そこが彼の寝床だが、扉を開けたとき寝具の一切が無くなっていた。


「それは取っていくなよ。それも一応俺の私物なんだぞ」


 日用品どころか、機能まであった全ての生活必需品が消え失せていた。

 流石にその光景を見た時、一瞬だが心が折れる。今まで愛用したもの全てが、根こそぎ消えているのだ、仕方ないとは言えば仕方が無いが、苦笑いしか出てこない。

 あいつらと愚痴を重ねるように口にしてみるが、それに対して反論を返すものなど存在する訳も無く、男の声が途方に暮れた様に響いていた。


「一体どこで寝ろってんだ。あいつの家にでも行くか、泊まると最低でも二日ぐらい監禁されるからな。流石に今の心情で行きたくない、この精神状態だと逃亡するのに三日はかかるか」


 頭をかきながら、何もなくなった自分の拠点を見ながら呟く。

 行く当てはあるのだが、そのリスクが尋常じゃないため男は二の足を踏む。彼があいつと言う幼馴染は、どうにも性格的には難のある人物ではあるらしい。

 困った表情を見せるが、告白している相手に対して、かける言葉としては、不適当な代物がいくつも存在していた。


「金はあるし必要なものだけ揃えるか」


 辺りを見渡して何も無くなった自分の拠点は、いつも居た筈の相棒すら見えず、心にどこか空洞が開いたように冷たく風が吹いていた。

 いつもの光景はもはや存在せず、男の心に去来するのは寂しさだけだ。もう一度ペナダレンに乗りたいと、思うが容易く触れられる場所に相棒はもう存在しないだろう。もしもう一度だが相棒に乗る機会があるのなら、それはきっとこの要塞列車から旅立つ時だけだろう。


 あの車両の解体する度量のある人間は、このクルワカミネには存在しない事は、西域到達事業の従事しながら、車両の改造を行えなかった所からも彼は理解している。

 当時の技術者が完全な手作業で、製作されたワンオフ品である為、不用意な改造は機体の寿命を縮める事になる。その為最低限の手直しなどしか行えず、随分と技術者泣かせの車両であった。


 それをいまさら金を出してまで、クルワカミネの経営者たちが、整備するとは考えずらい。見栄えを好くする為に、磨いたりと言った手間ではあるが、行うには面倒な事を勝手にやってくれるだけだろう。

 西域到達以外では唯一の趣味であった、ペナダレンの清掃が出来なくなったのは、男からすれば不服かもしれないが、これから西を目指すのであればやらなくてはいけない事は、幾らでもあるのだ。


「とりあえずは拠点を作り直すか、寝る場所も無いんじゃ生きていくには、少しばかり面倒くさい。撤去の金のほうが無駄になるだろうに、それぐらい残しといてくれよ。あいつらの気の利かなさって言うのは病気だね」


 トランクに納まっている金を持ち上げながら、よいしょと声を上げる。

 歳を取ったなと思いながらも、今からが男盛りだと力を込める。自分にとっての夢はこれからだ。

 男は始めて夢を歩き出したような気がした。一度挫折を経験しても、その心に抱える闇があふれ出したとしても、彼は歩き出す。


 誰もが見ない西を目指して、車輪の音が響き始める。


「取り合えず、色々と面目が立つまでポーオレには会わないほうがいいだろうな」


 西を目指すと、言い張る諦めを忘れた男。赤い大地に轢殺される時が来たとしても、西へと言い張るような存在だ。

 正確に難のある存在から、天性の馬鹿と言わしめた愚直の男である。クルワカミネに対して多大なる損害を与え、西を目指すことになる開拓者。後の世に馬鹿とだけ、記されることになる男だ。


 その男の名前をタカナ・ヒサシゲと言った。


「絶対に監禁される」


 それ溜息を吐くように物騒なことを言った男が、そんな名前の人間である。

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