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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
始まり
1/48

序章 メイドとお嬢様と惚気

 第一フィルター越しに見る赤い大地は、随分と活発な変化を楽しんでいた。

 第二フィルターの奥に居る人間は、きっと理解もしてくれないだろう。世界の外がここまで不安定な事なんて。

 万能結晶ワイズマンと呼ばれる、赤い接触変換現象を持つ物質は、この世界で当たり前のように存在する人々の生活の手段であり、人類の天敵だ。

物質の接触反応を制御する、このフィルターの中でなければ、様々な現象を起こして荒れ狂う。


 かつては東の風などと呼ばれた変化現象は、フィルター越しに除いた景色に鉄の雨を降らせ、接触変化の予兆であるで火花が弾け、その中から一つ二つの大気を巻き込みながら渦を作り上げる。

 それがフィルターにぶつかりながら消え、接触変化を鎮圧した。

 だが外の世界は変わらない。地面から空に振り出す水の滝も、その水が降り注ぎ燃え上がる炎も、誰が見ても現実の代物がここでは当たり前に発生して、薄い幕の一つ向こうに別世界を作り上げていた。これが今の時代ですらも人が脅え、そして生活の営みの中で欠かせない代物。


 世界の外でいつも風に揺られて変化を起こす赤い砂、全てを飲み込む東の風、かつてはこう呼ばれた事もある、あらゆる物理現象の根底を覆す存在自体が理解不能の物質。

 かつての誰かが言った言葉と同じくするのなら、御伽噺の復活と言うべき代物だろう。この世界に雑多に存在する物質を、錬金術の集大成にちなんで人はこう読んでいた、賢者の石と。


 その物質の危険性を肌身で感じられるそこは、果無の西鉄道などと呼ばれる古戦場。人々の営みを見せるようにバラック立ての建物が並び、それ以上の廃駅が存在する。そこを改造した居住区を見られ、その廃駅ですら人日の生活の一部であるようだ。

 どこか生活すると言うには、不思議な場所でありながら、人々の活気のある声が響いている。

 ここはそんな場所であり、同時に今もなお西域到達を目指す者達の走った愚か者達が、大地に路線を刻み廃線となり消えていく、旅立ちの場所でもある。またもう一つの側面として、そうやって旅立つものを待ち続けた人々の血縁が残る場所でもある。

 

 だがその生活は芳しいものではなく、誰もが口をそろえてここを呼ぶ、最も正しい言葉があるとするなら貧民街なのだろう。


 今となっては、そこは西域到達における敗残者達の末路であり、今も西を目指す物達の拠点であり、なによりもこの世界唯一の伝統事業である西域到達戦争の名残を示す場所でもあった。だが今となってはそれも胡散臭い話だ。

 ここに集まるのは終ぞ第二フィルターの奥で、安寧に育った物達からあぶれた犯罪者や、物語に浮かされた馬鹿か、ここで産まれた負け犬共の血統だけだ。

 

 だがそんな馬鹿達を浮れさせる、そんな物語があったのもまた事実だ。

 西域到達、かつてそれを成し遂げた男が居たのだ。ジオドレ=ジュダと呼ばれ、西域到達戦争の初めての原因を作った男。西域到達路線サクラメントトレインを引き、西を見たと言い張った、大法螺をほざいた男が一人だけ。

 それが嘘かどうかなど、正直に言えば誰もわからない。ただ様々な人間が男の言葉に乗り、列車を走らせ西を見て散っていった。


 そして何より大きな戦争が六回ほどあって、人々は西を諦めたと言う事だけ。

 これが全ての事実であり、人々は男が向かった道のりの六分割地点でその戦争を止めた。それだけが事実として残るだろう。


 かつて人を沸かせた言葉は、今となっては妄言者の語りであり。

 世界の果てを見た。なんて言う男の言葉は、今となっては子供を諭す時の親の代名詞になっている。

 嘘ばかり付いているとジオドレになる、なんて言うのはもはや第二フィルター内では、もはや当たり前の慣用句だ。それを聞いたら男はなんと答えるのだろうか、男が死んでもはや三百を超える年月がたった今では、語る事も出来ないのは当然の事だが、今となってはそれすら知りようが無い。


 だが嘘つきの代名詞である男の冒険譚は、今でも人を浮れさせる力があるのも事実だ。

 いまでもなお自殺者の様に、毎年毎年馬鹿が暇無く、この古戦場から旅たち帰らぬ人となった。

 とは言え、そういった者達とは別に資金を用意し、装備を万全で挑む者達も居るが、それとて金持ちの道楽だ。どちらにせよ帰ってくる者など一人も居ないと言う点では、馬鹿とさして変わりは無い。


 かつての西域戦争時代、一メートルを進むのにどれだけの人間が命を費やしていたかも分からない大馬鹿者達は、毎年のように死んで行く。最もここから旅立つものは、いいかえれば人生の落伍者だ。

 誰がここから旅立ち死んで行く者達に干渉しようとも思わないだろう。しかしこれは伝統事業である事も事実である、人材と資金の無駄ではあるが、西に行くのを諦めてもなお、西域到達事業はいまだに存在した。


 とは言え、窓際部門であるのは間違いなく、そして生きて変える可能性など、可能性でしかないと言う人々を送り出す為、自殺者さえも増える最悪の場所。ここに人事異動するなら、会社を辞めると言い張る者達ばかりだろう部門。


 西域到達開発事業部、度重なる死者と膨大な資金をどぶにする伝説の部署が、とうとう閉鎖になった。九割の人間は当然のことながら、ようやくかと思っただろうが、納得いかないものも存在する。

 だが簡単に止める事が出来るものでもなかった。いまだ戦争が終了し、安定期に入ったとは言え六十年程度の月日しかたっていない。当時の戦争指導者である、者達の西域到達への願望はいまだに消えていなかった。


 経営者たちはこぞって西域開発の部門を作り、資金を投入して行くが、成果が出る事はんかった。第六次西域到達戦争の一応の勝利者であるクルワカミネの中にもその風潮が強く、敵対していた他の企業の開発部門を全て統合し、大事業の一つとして西域到達事業は作られた。

 しかし利権に全く繋がらない、資金をどぶに捨てるだけの事業に対する、下の評価は最悪であったのも間違いない。企業の後継者達は、先代のそんな意思を真っ向から否定する形で、今回の事業の閉鎖を決定付けた。


 反対があったのも事実であるが、もはや発言力の強いクルワカミネの先代も病死し、他の企業の面々も寿命を全うした今となっては、西域到達事業反対派ばかりの後継者の独壇場であったのも事実。

 資金の無駄、人材の無駄、そもそもが無駄、と言う根底が無駄であった事業は、ようやくの閉鎖を遂げた。それに納得のいかないのが、クルワカミネの次代後継者である。


「納得いかない」


 ドンと机を叩きながら、高級品に対しての耐久度チェックを感情ままに行う少女が居た。

 赤い髪を振り乱し、勝気な瞳をさらに吊り上げるようにして、私は怒ってますと全身全霊のジェスチャー中だ。

 振動で跳ねた食器たちが、なかなかにファンキーな音を奏でて、こっちの耐久度が限界だと悲鳴を上げて、食器の中身を吐き出していた。


「あなたの脳の構造が納得意味ませんお嬢様」


 そんな彼女の態度を気にしたそぶりも見せずに、淡々とした口調で毒舌を突きつける侍女は、お嬢様と呼ばれた存在よりもテーブルのほうが気になるようで、彼女を一瞥すると机を見て舌打ちをしていた。

 びくりと体を動かし侍女の言葉に脅える仕草をする彼女は、なみだ目になっているが、侍女は気にしても居ない。


 態度もさる事ながら、この侍女をぱっと見るだけで、大抵のものが驚くだろう。壁外の住人がよく着るつなぎを着たまま仮にも雇い主にに対応する、正直に言えば侍女とは言いがたい姿をしている。


 だと言うのに似合わないなどと言う事はない。仕事がしやすいようにとショートに切りそろえられた髪と、メリハリの付いた体のラインを見せ付けるようなその濃紺のツナギは、主人には酷い敗北感を与え居る。

 流石に侍女としてみるなら、雇い主を馬鹿にしている様にすら思われるだろう。


「酷いよ、なんかすごい酷い言葉だよそれ」

「いえ、そう申されましても、お嬢様は旗から見て残念な思考構造をしていらっしゃられますし」

「酷いっていうか惨い、になって私が泣きそうですよ」


 指を侍女に刺したままぶんぶんと上下に動かしながら、酷いですと叫ぶ。

 この世界では一般的な赤い髪を振り乱すように動かしながら、金細工の片眼鏡をかしゃんと鳴らす。だが抵抗はそこまでだったようでそれ以上の言葉が出せないのか、言葉を詰まらせているだけだった。

 結局は侍女に対して反論しても負けるという事実を理解したのか、戦わないという選択肢を選んだように、馬鹿を押し通す様に感情で言葉を吐いた。


「というかポーオレが何を言っても納得がいかないの」

「はいはい、そうですか。それで一体何に不満を感じていらっしゃるので」

「決まってるじゃない、今日お父様たちが進めている経営者会議の議題よ。お爺様の夢であった西域到達事業の閉鎖だなんて、納得いくはずがないじゃない」


 やっぱりそれかと溜息を吐いたポーオレは、さすがはお嬢様だと残念そうに呟いた。

 父とはあまり接点の無かった雇い主は、どちらかと言えば祖父に育てられたといってもいい。その為から西域到達を目指すのは、クルワカミネにおいては当然の事だと言う考えでいる。


「私が経営者でも当然のように閉鎖しますよ、あんな無駄部署」


 ポーオレは目の前の少女の教育係でもある。

 これからこの大地における最上位の権力者となる少女が、夢見がちな馬鹿では世界が成り立たない。だからこそ彼女は妥協もせずに、冷めた目で自分の雇い主を見ながらばっさりと一言で少女の言葉を否定する。


「こんな世界で唯一の伝統事業を何で」

「アレは、一つの価値も無い無駄事業です。人材も金も資材も全てを無駄にする、無駄の塊ですよ。なにより人が死ぬのは流石に企業として体面が悪すぎます」


 今の時代において、西域開発事業などと言う存在自体が必要ない代物だという。

 同時に侍女からしてみれば、クルワカミネの後継者として、無駄である事業のそこに利益を持ってくる。

 それぐらいの根性と知識が欲しいとも思っていた。だが残念な事に今の少女では、落第点が限界だろう。まだそこに持っていけるだけの知識をポーオレは授けていない。


 だからこそ、その中で自分の予測を超えて欲しいと願う。教育係としての彼女の顔は、存外スパルタであった。

 しかしポーオレはそれだけ少女に期待しているとも言える。無能ではなく何かを持っていると確信出来るからこそ彼女は厳しいのだ。


「それは事実だけど、一つ忘れているわポーオレ。夢があるじゃない夢が」


 だが期待とはかくも容易く裏切られる。確かにポーオレの予想の斜め上を振り切ってくれたが、それは望んでいない方向にだ。内心では流石お嬢様と思わないでもないが、違うそっちじゃないと言いたくもなる暴論だ。

 今のままの少女では、これからのクルワカミネという企業いや、この鉄道企業連合の未来が心配になってしまっても仕方が無い。


「お嬢様、万能結晶を頭に打ちませんか」

「それ真剣な目で言う事じゃないって、何でそんなに恐ろしい事を平然と言えるの、嫌だよそんあな満面の笑みで言われるとか、その目と合わさって恐怖倍増だよ」」


 ポーオレの目は曇りさえなく、内容さえ別であればうんと頷いてしまいそうになる。

 だがそんな無垢な瞳と満面の笑みで言っている事は、脳に直接薬物投与しませんかといっているのだ、脅えても仕方ない。

 脅えない奴はいないと言うべきだろうか、どちらにせよ少女は真っ青だ。


「それがあなたの為になるんじゃないかと具申するしだいです」

「ならないよね、それってどう考えても、よくて廃人か結晶侵食だよね。悪かったら即死だよ、一割以下の可能性に人生を賭けろって言うの」

「私の幼馴染の男はこう言っていました。命を賭ける時、一割も可能性があるなら踏み込むべきだと」


 絶対に開拓者だと断言できる物言いだが、そういえばポーオレも元は、と言うか現在も壁外の住人だった。それを隠さず主に喧嘩を売るようなツナギを着ているのだ。

 自分は紛れも無い負け犬達の血統だと言い張る為に、それでも自分は、ここに立っていられるのだと宣言して、壁内の人間に喧嘩を売っているとも言える。


 ある意味では主以上に、肝の据わっているポーオレは、どうですと胸を張って言い切って見せた。流石はあるのかどうかも分からない、西域を目指した者達の血統だ、踏み込む時のぎりぎり加減が幾らなんでも限界を踏み越えている。


「嫌だよ、命を賭けるんじゃなくてどぶに捨てるなんて私は、それだったら私が西域を目指すわよ」

「それを行ったら、選別始発の時に爆散でしょうね。ちなみに壁内の馬鹿の開拓史は大体その一歩目で九割死んでます」


 私の経験則ですが間違いありませんと頷くポーオレ、流石は壁外で生まれ育った人間だ。

 こと到達事業に関してはシビアすぎる視点を持っている。彼らは負け犬の血統ではあるが

、断じて負け犬ではない、いまだに虎視眈々と西域到達の機会を狙うハイエナ達の血統でもあるのだ。


 ちなみに選別始発とは、第一フィルターからその外の世界に出る一歩目で、接触変化に対応しきれず戦闘機関車を破壊させ帰らぬ人になる、始めの一歩からの失敗と言う、到達戦争の頃から存在する戦闘機関乗りの新人の死亡原因だ。

 新人が死ぬ過半数の原因である為、フィルターからの出発の事を、誰か神様が人を選んでいると言ったのが、定着したと言うのが一応の語源らしい。


「一応雇い主の希望を容赦なく打ち砕くよねポーオレって」

「馬鹿が死ぬ姿はよく見ていましたから、ちなみにお嬢様と違って私は一応フィルターの外にも言ったことがあるので、選別始発などで死ぬような事は有り得ません」


 新人自殺を乗り越える戦闘機関乗りは、実はと言うか貧民街の出身には多い。

 彼らはどうあっても第一フィルターと言う、接触変化を肌身で感じられる場所にいるおかげか、万能結晶の変化に対する対応力が自然と身に付いてしまっている。

 だかポーオレは珍しいと言うわけではないが、それをうらやましいと思ってしまうのは、西域を内心ではいまだに目指し続けている彼女からすれば仕方の無いことだろう。


「それでもね、それでも、私たちは絶対に西を目指すべきなの。このクルワカミネだってそう、西域到達戦争が始まる前から、この世界の誰もが西を目指していた。それに絶対理由が無いわけがない、本当の東の風があるかもしれない」

「可能性の話は無益です。あなたは確証をもって語らなくてはいけない身分の人ですよ」


 それを言われると弱いが、どうしても西域到達を彼女は叶えるべきだと思っている。

 別に彼女が言ったとおりに夢と言う理由だけではない、西域は必ずあると確信があった。そもそもジオドレ以前から、人は東の風から逃げる為にを目指し続けていた。

 それこそ最初の歴史が確認された時から、そしてそれ以前から、この世界の人間は西を目指し続けて列車を走らせた。


 ただ何の確証も無くなんて考えられない。現在彼女たちを含めた人が住んでいる場所、移動企業国家要塞列車クルワカミネはその時代から存在していた代物だ。現代の自分たちを上回る巨大建築と技術、失伝した事は残念だが、それだけの知識と技術を持って、人は西を目指していた。

 それは惰性でもなく、何かの確信が無ければ出来ないことのはずなのだ。


「証拠が無いんだから仕方ないじゃない」


 だが彼女はその言葉に証拠を用意できない。

 必要なことはわかっていても実証が出来ないのだ。ポーオレはだからこそ現実を見てくださいと言う、侍女の言い分が正しいことは分かっているが、彼女はそれを認める訳にはいかない。


「だったらとりあえずは諦めましょう。あなたはあなたの義務があるんです」

「それを言われると弱いけどね、私はこれに関しては引けないわ。理由と理屈はあるけど、それを実証できない事だけよ」

「それを負け犬と呼ぶんです。私の父や親戚たちと一緒、ただ西を目指すだけの愚行に私は手を貸しません」


 説得力が無ければポーオレは動かない、当たり前の話だ。

 西域を目指すと言うことは、ただの自殺に過ぎない。死なないと言う確証があって、西域まで到達できると言う確信が無ければ、教育係であるポーオレがそれを認めることは無い。


「けどお嬢様と話していますと、本当に私の幼馴染を思い出しますよ。あいつもこっち側にいますが、いまだに夢見がちな馬鹿と言うか」

「そう言えば、話を聞く限りだと大分愉快な幼馴染っぽいけど、恋人とかじゃないの」

「ああそれですか、何度か告白されましたね。断りましたけど、まともな職に就いたら了承すると答えて」


 どこかおかしいと首を傾げる。一瞬だが大人の会話だと思ったが、結局相思相愛と言うことなのだろうと考えるお嬢様は、ちょっとあきれた顔をして流石はポーオレ、捻くれてると笑ってしまいそうになった。

 

「本当にお嬢様みたいな男なんです」

「ちょっと待って、さっきから言ってる事が、私への罵倒になってるよ。と言うか罵倒の言葉が私になってるって」


 間違えたとでも言うように、はっとした表情を見せる。片眼鏡越しに除く侍女は、流石にその暴言はまずかったと反省したのか、主に向かって申し訳ありませんと頭を下げた。


「あ、申し訳ありません。お嬢様があの馬鹿そっくりなんでしたね」

「変わってないよねそれ、どっちも馬鹿って結論しか感じないよ」

「それは仕方ないのでは、どちらも残念と言う意味では、なんら変わりありませんから」


 しれっと言い放った彼女の言葉に、一瞬思考が停止して、ぴたりと時間が止まる。

 訂正して欲しいと哀願するような、そんなそぶりを見せる数秒の間。

 ポーオレは気付いているようだが、フォローなどするつもりもないのだろう。表情一つ変えずに、何か間違っていますかと逆に彼女に突きつけてくる。


 その冷めた視線に、一歩後ろに下がりお嬢様は、表情を強張らせてぴたりととまった。

 そういえば自分が口で彼女に勝てるわけがないと、だから一度溜まった何かを口から吐き出し敗北を享受する。


「いやもう諦めるけど、そんな残念な人が好きなポーオレも大概だと思うよ」

「え、いや惚れてますよ、惚れてますけど、あれは駄目ですよいつか絶対に死にます。そうなったら私も自殺しますから、あいつが今の夢を諦めないと結婚なんて出来るわけ無いじゃないです」

「なにげポーオレの愛って重いよ。多分それを理解してるからその人は、動き出してないんじゃないかなと思うよ。むしろ結婚したら絶対その人夢諦めちゃうよ」


 私だったら絶対にそうなると言う自信があると、どうやら幼馴染そっくりなお嬢様が言ったものだから、侍女は驚いて目を丸くする。


「やっぱりそうなんですか」

「ちょと、やっぱりって、やっぱりって何だよ。もしかして自覚してやってたの、酷いよ。それは流石に酷いって」

「そりゃ惚れてますから、気付いてはいますよ。夢と私の境で苦しむところがですね、凄く可愛いんですよ」


 駄目だこの侍女と思うが、こんな愛の形もあるのかと現実逃避をしたくなった。

 彼氏なのか何なのか分からない人に、ご愁傷様と思いながらも、自分も扱いとしてはアレと同じなのかと思うと泣きそうになるお嬢様だ。


「最もですが、あいつはそれでもいつか旅立つのは間違いないんですけどね。理性的なくせに天性の馬鹿ですから」

「あのさ私もその天性の馬鹿の一人と言われてるのかな」

「ええ、あの次元に行くとですね凡人である私は、発想の差で泣きそうになりますから。頭のいい馬鹿ほどかかわって困る相手はいませんよ」


 辛辣な物言いの中に、相手への思いやりもあるのか、少しだけ柔らかく響く言葉に、なんとなくではあるが、羨ましいと思ったお嬢様は頬を赤くしていた。

 惚気を聞かされている様な気分になるのか、だが同時に少しだけ気になりもした。このダブルスタックカー侍女が、惚れるような相手で自分に似ているといった人物。気になる点だけならバーゲンセールのように売られている。


「それで、ここまで話したんだから、その人物が誰か教えてくれるわけよね」

「そうですね、私は教育係でもありますが侍女でもあります。お嬢様の願いをかなえられる人物を挙げるのもまた義務かと思いまして」

「それで誰なの、その愉快痛快な鉄の心臓を持ってるあなたの意中の相手は」


 鉄の心臓とは失礼なと、憤慨するそぶりを見せるが、むしろそれを持っているのは自分だと言わんばかりに無表情になる。

 だが言葉はまるで琴の音のように柔らかで甘い音、響く音色に一瞬だが彼女も見入ってしまった。この侍女ですらそんな表情をすることがあるのかと、驚きと共に女性らしさという物を教授する様な仕草に、一瞬ではあるがお嬢様は見間違える。


「最初期戦闘踏破機関車両コールブルクディル、唯一の後継機関であるペナダレンの乗り手、名前はヒサシゲ、家名はタナカ、私が知りうる限り人間的にはお嬢様に並ぶ最悪の開拓者です」

「そこでまで私を貶めないでよ」


 それが始まりではあったのだ。

 これから始まる世界を開拓する者達の物語、赤い砂が舞い上がり容易く車両を破壊しつくす赤い大地を駆る列車の物語。

 一人の開拓者と、一人のお嬢様が出会う、夢を同じくする二人の夢想家達。これは世界が馬鹿にする、大馬鹿者達のお話だ。


 西果て鉄道、その路線がようやく車両の音を響かせる。





執筆BGM

アメリカ民謡 I've Been Working on the Railroad

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