last scene.【旅立】
「むかぁし、むかし、とある村に、一人の人間の子供がいました。その子には、父も母もおらず、兄や妹もなく、いつも一人で生きていたのです」
「ハハ様、ニンゲンの子供はトト様もハハ様もおらず生まれてくるのですか?」
「いいえ。この子は特別。生まれてすぐに何か事情があって親がいなくなってしまったのよ」
「なんだか、かわいそう」
「そうね。でも、その子にはすぐに友達ができました。それは光る小さな妖精のような生き物でした。その生き物は助言者と名乗って、少年に色々な教育を行い、正しい道へ導き、遠い地へと続く旅路へと連れ出したのでした」
「ぼうけんのたびのはじまりはじまり~だね」
「ええ!その子は本当に頑張ったわ。周囲の人達が無理難題を次々に投げかけてきたけど、それに文句を言いながらも必死に頑張って頼みを叶えていったの。そんな子供に、周囲の人達はお礼の言葉とわずかばかりの金貨を与えたわ」
「その子は、それで納得していたの?」
「表面上はね。ただ、多分だけど、完全には納得はしてなかったんじゃないかなぁ……。心の何処かで悟ってた部分はあったんだろうし。頼みさえ片付けてくれれば後は用はないから、さっさと出ていってくれ、コレ以上の厄介事はゴメンなんだって態度が透けて見えていたから……」
「ニンゲンってなんだか薄情」
「あら。これは人間に限らないわよ。人でも魔物でも、受けた恩は総じて忘れやすく、恨みは末代まで忘れないものなのよ。だから、最初から心からの賞賛や感謝、無条件の信頼なんかを期待して相手の頼みを聞いちゃ駄目なの。100尽くして1返ってくれば上々程度に考えておけば、どんな態度を取られても相手に失望しなくて済むし、自分のやってきた事と、その結果を思い出した時に変に徒労感を感じなくて済むから……」
「でも、それだとユウシャって報われないねー」
「もともと、そういうモノなのかもしれないね。でも、そんな少年のことをずっと見守っていた人がいたの。その人は、その子にとっては親であり、兄妹であり、親友であり、もしかすると恋人だったのかもしれないわ」
「……それがハハさま?」
「ええ!そうよ!お父様は、とっても可愛かったんだから!それに凛々しい顔もよく見せてくれたし、苦しい旅の中で何度も何度も泣いたり怒ったり苦しんだりしたけど、それでも私に会いに来るための旅を止めないでくれたのよ。……そんなお父様の姿をずっと側で見ていたことで私は彼を愛してしまったのかもしれない」
「……ハハさま、泣かないで」
「ええ。大丈夫。もう、悲しくはないわ。あの人は人間。私は魔族。ともに過ごせる時間はほんの僅かだったけれど、それでもあの人は沢山の愛情を私に注いでくれた。……貴方を、私に、残してくれた。だから、私は、もう寂しくない」
ギュッ。
「私は言ったわ。勇者である貴方は人間の世界では決して幸せになれない。だから、私が幸せにしてみせるって。……でも、本当は違ったのかもしれない。ここでいつも一人で沢山の部下たちと適当に接することしかしてなかった私は、心の何処かで信頼できる相手との本当の心のつながりを欲しがっていたのかもしれない。……私は、きっと寂しかったのね」
「ハハさま」
「さあ、旅立ちなさい。偉大なお父様のように。お父様は見事、私の心を射止めて、自分が死ぬまで人間の世界に手を出させない代わりに目一杯私のことを愛するという誓いを果たしてくれました。今度は私達が彼との約束を果たす番です」
「私は何をすればいいの?」
「お父様は、人間の勇者と魔族の魔王の両方の血をひく貴方になら、きっと和解の道を見つけ出せると期待を寄せていたけれど。……でも、私は、そんなことは望んでいません。ただ、幼い頃のお父様のように自分の目で世界を見つめて、この広い世界を旅しなさい。その上で、自分が何をしたいのか、何を目指し、何を成すべきなのかをしっかりと考えて、それを探すのです」
ふよふよ。
「……これは?」
「貴方の助言者よ。……きっと貴方を正しい道へと導いてくれるわ」
「中身はハハさま?」
「いいえ。私は、ここにいて何もしてないでしょ?」
「じゃあ、この光の玉って、いったい……」
『いよいよ旅立ちかー。なんだか自分が子供だった頃を思い出すなー』
「……えーと、貴方は?」
『俺は、お前にとっての助言者だ。若き勇者よ。これからよろしくな!』
──導かれし旅は、今、再び始まる。