scene-5.【通路】
『死なないで済んだな』
「死ぬかと思ったがな」
『ああ、私も少しだけ心配はしていた。ちょっと危ないかなという気がしたのでな』
「へー……どれくらい?」
『おおよそで4割くらいか』
「よ、よんわ……って、かなりやばかったんじゃないか!」
『大丈夫だ』
「どこが!?」
『お前は、ここで、こうして生きていて、私のことを怒鳴っている。まだ生きてる証拠だ』
「まだとか言うな! 思い切り結果論って奴じゃないか!」
『まあ、そこは認める。だが、こういった事柄は、えてして結果が全てだ。それに人間の世界には、こういうときにこそ使うべき、良い言葉があるじゃないか』
「良い言葉?」
『結果オーライ。勝てば官軍。無理を通せば道理が引っ込む』
「全部、無理矢理じゃないか!」
『確かに無理矢理だ。だが、それがどうした? 最初からリスクは承知の上の旅だったはずだ。特に今回は生きて魔王の元にたどり着くために、あえて別のリスクを冒すんじゃなかったのか? なぜ、それを選んだのか、よく思い出してみることだ』
「それは……勝つため?」
『そうだ。勝つためだ。戦うからには、勝てなければ意味がないからな。それは、お前にだって分かっているだろう。不利な状況をひっくり返したいなら、綺麗事ばっかり言っては居られないのは分かっていたはずだ。裏道から忍び込んでの暗殺なんて方法、勇者に相応しくないなんて甘っちょろいことを何時までも言ってはいられないと言っていたのは誰だった?』
「俺だ」
『そうだ、お前だ。そして、それを勧めたのが私だった。なぜ、そんなことを助言したかは覚えているな? どんな手を使ってでも勝ち抜いて、生き残らないと全ての行動の意義が意味を失ってしまうからだ。それなら、手段など選んではいられない。無理矢理だろうがなんだろうが、勝たなければならないし、勝てない場合でも最悪、生き残らなければならない。お前の旅は、そういった種類のものだ』
「ああ」
『それなら、こうしてリスクを冒しながらも無事に望んだ結果を引き寄せることが出来たんだ。お前は、それを喜ぶべきだ。……無事に、こうして生きているだけじゃない。ケガすらなく、ここに辿り着いた。これ以上の結果なんてあるはずがないし、このこと以外に喜ぶべき点などないだろう』
「……長いよ。色々と」
『簡単にいえば、結果オーライだから喜べ。私は喜んでいるぞ』
「お前、俺のこと言い負かすの面倒くさくなってきてるだろ!?」
『まあ、良い加減、面倒くさいヤツだとは思っている』
「あーあー、そーかい、そーかい。俺だってお前みたいなの相手にすると、すっげー面倒くさいよ」
『つまり面倒くさいのも鬱陶しいのもお互い様ということだな。……さて、そんな無駄話をしている間に、お待ちかねのものが見えてきてしまったぞ』
「あれがゲートってヤツか。なんだか真っ黒な壁にしか見えないけど……」
『一応忠告しておくが、触れるなよ。下手にさわると吹っ飛ばされるぞ』
「あ、ああ」
『こいつは、かなり特殊な結界魔法が使われている"門"でな。縦方向に平面展開させた結界陣というだけでも相当に珍しいんだが、中身の方はもっと珍しい代物だ。こいつの正体はな、厚さを持たない多層式の結界陣なんだ。しかも縦横の設定が"何かと接触するまで"という、えらく曖昧で面倒くさい形に仕上げてある。そのおかげで横を掘って通り抜けるなんて真似が出来なくなっているわけだ。そして、肝心の中身の話なんだが、向こう側がいわゆる"入口"の面で、こっちが"出口"の面といった風に別々の結界が張り合わされる形で設定されている。そのせいで、出口からはどれだけ頑張っても入っていけないし、入口から出ることも出来ない。完全なる一方通行化の結界の完成という訳だ。……より専門的な言葉を使うなら、マクスウェルの選択式による選別を行っているんだが、この方式による排他的制御結界の維持には本来膨大な魔力供給が必要になる。この結界の場合には、それを張り合わせた二陣の方向性と位相の差から自然発生する空間の歪みを利用して、無理やりに抽出……』
「はいはい、そこまで。ストップ、ストップ。あんまり詳しく教えられても分かんないから」
『……そうか?』
「ああ。良く分からないけど、ここが目的の場所だって事だけはよく分かった」
『そうか』
「色々解説してくれてたけど、俺に分かることは多くない。ここの向こうが魔王の王座だって事と、この厄介な門をお前がどうにかしてくれるだろうってことだけだ。……でも、それだけ分かっていれば多分大丈夫なんだろ?」
『そうだな』
「じゃあ、早速頼む」
『ああ。しかし……今更だが、怖くないのか?』
「なにが?」
『魔王だ』
「怖くないって言えば嘘になるかな。でも、ここまできたら、もう怖気づいて居られないだろ」
『そうだが、ここを通ることは、これまでの旅とは根本的に違うんだぞ?』
「どういう風に?」
『いままでは、常に引き返す事が出来ていた。だが、ココを通ったら、もう引き返せない。ここをもう一度通ることができるのは……』
「魔王を無事にブッ倒した後だけ、だよな」
『……ああ』
「そうだな。ここを抜けたら、もう泣いても笑っても魔王と決着をつけるまで帰ることが出来ない。……怖いよ、もちろん。今でも、無理やり難しいことを考えないようにしてるくらいだし。でも、そもそもの問題として、いつかは戦わないといけない相手なんだよ。俺が勇者なんてやっている限りはさ……」
『そうだったか?』
「ホントは逃げても良いんだろうけどな。でも、もう逃げちゃダメなんだよ。魔王には、多分、俺くらいしか勝てないんだから。……だから、逃げない」
『そうか』
「周りもそれを望んでいる以上、俺は魔王と何時か必ず戦う事になるんだよ。でも、根本的な問題として、あの魔王の性格から考えても、放っておいたからって向こうから戦いに来てくれる訳がないんだし、そうなれば、いつかは自分で戦いに行くしかなんだよな」
『そうだな。アイツが自分からお前を殺しに行くことは絶対にないな……』
「ああ。そうなれば何時かは、ここを通らないといけないし、いつかは自分からここに飛び込んで戦いにいかなきゃいけないんだ。……そりゃ、どうしても"今"でなくちゃいけないのかって疑問は何時だってあるさ。でも、向こうにはタイムリミットはないけど、こっちにはあるからな。少なくとも俺が死ぬまでには戦いに行かないといけないし、出来れば人類が魔族に飲み込まれる前に魔王と決着をつける必要がある。……避けて通れない問題なら、あとは何時やるかだけの問題なんだよ」
『だから、今、か?』
「今なら、まだ色々と間に合うだろうし、俺はまだ何も持ってないから……かな」
『そうなのか?』
「たぶん。……恋人が出来たり、その子と結婚したり、子供が生まれたら? そんな色々持ってる状態で魔王に挑めるかって考えたらさ。……いろんな意味で、身軽なうちに挑んどきたいなって」
『なるほどな』
「それにさ!ここできっちし魔王に勝っておけば、あとで綺麗で可愛くて優しい嫁さん探したりする時とか、すっげー有利だと思わないか!? その子との穏やかな生活とか、もしかすると子供との3人くらいの生活だって、きっと平和で楽しくやれるんじゃないかなーって思うんだよ!」
『……ふむ。激しく煩悩まみれだが、お前らしい夢ではあるな』
「悪かったな!煩悩まみれで!」
『褒めてるんだぞ』
「嬉しくない!」
『まあ、お前の考えは分かった。正直、命がけの勝負に挑むための覚悟が出来ているのか不安だったんだが……これなら、大丈夫そうだな』
「変に気負いすぎてるより良いだろ?」
『そうだな。お前は、それで良いんだろう』
「ああ、だから魔王のヤツには、俺の幸せな未来のために死んでもらう」
『そうだな。では、私も最後の仕事にとりかかるとするか』
「……え?」
『私は、ここから先はついていけないからな。最後の戦いは助言なしで頑張ってもらおう』
「なんで?」
『私は、ここで門の方向性をひっくり返す大仕事がある』
「ソレは分かってるけど、コレを通れるようにして、俺が通ったら、門から離れれば良いんじゃないのか?」
『それは出来ない』
「なんでだよ!」
『私が離れると、内側がまた入り口に戻ってしまうからな』
「そ、そっか。それなら仕方ないよな。じゃあ、帰る時にはまた一緒……」
『いや。……どっちにせよ私の旅はココまでだ』
「……なんで」
『門の力を反転させるために門の術式の深い部分に手を加える必要があるからな。それをやるには門の術式と自分自身の術式を完全に一体化させる必要がある。……半日程度で元に戻ってしまうと言ったが、あれは私が門の術式に負けて飲み込まれて、門の術式が元に戻る事を意味している。……水とジュースの例と同じだ。混ざったものを分離するのは不可能な以上、あとはどちらかの濃度を高めていくしかないんだ。水の方が消えてしまえば混ざっている状態から、ジュースだけの状態に戻る。つまりは、そういうことだ』
「……つまり、お前は、ここで消えるってことか?」
『ああ』
「……そんなの、嫌だよ」
『大丈夫だ。これは永遠の別れではない。……今はまだ説明できないが、また必ず会える』
「……信じていいの?」
『これまでと同じだ。私の助言を信じる事が出来るのなら、それは真実になる』
「分かった。信じる」
『……そうか。では、また、な』
「うん、また」
ふよふよふよ。
「ああ。まった!」
『……なんだ?』
「名前!名前、教えて、名前!名前くらいあるんだろ!?」
『助言者は助言者だ。ソレ以外の名前なんて必要ない。それに……』
「それに?」
『もうすぐ、わかる』
バチッ
「……なんだよ、それ」