scene-4.【絶壁】
「うわぁ……。ようやく森を抜けたと思ったら今度は谷かよ……」
『魔王城の真裏に出たようだな』
「視界一杯に広がる断崖絶壁って、気持ち悪いもんだな」
『深い谷を掘の代わりにしてるからな……。これほど難攻不落という言葉がふさわしい場所を私は他に知らん』
「……あの遠くに見えるのが橋か」
『正門の大橋は戦争の時に魔王軍が出陣する時にか使わない習わしだ。……普段は横の小さい方の橋を使っているようだな』
「ほー……結構人の出入りがあるんだな」
『全部魔物だがな』
「まあ、魔王の城だしな……。人は出入りしてないのか?」
『人間なんかが正面から入ったら、あっという間に食われるぞ』
「そっか」
キョロキョロ。
『何をキョロキョロしている』
「隠し通路を探してる。すぐ目の前にあるんだよな?」
『見える位置にあるが、あそこまで行くのは簡単じゃないぞ』
「え?」
『下を見てみろ』
「下?」
『谷底に流れの急な川があるのが見えるか?』
「ああ」
ひゅうぅぅう……。
「……超コエエんですけど?」
『ちょうどお前から見て対岸辺り……向こう岸の谷底に砂地になってて白っぽく浮き上がって見える部分があるのが分かるか?』
「うん。ちょっと霞んでみえるけど、それらしいモノが見える」
『あそこだ』
「……」
『問題は、どうやってあそこまで降りるか、だな』
「いいアイディアはないのか?」
『無いわけではない』
「あるんだな」
『リスクを飲めるなら、あるぞ』
「飛び込めとか言わなければな」
『飛び込め』
「…………へ?」
『飛び込むんだ』
「何処に?」
『下の川だ』
「飛び込んだらどうなる?」
『見た目は深い渓谷で流れも激しく見えるだろう』
「ああ」
『実際、流れは激しい。水棲の魔物でも溺れるくらいだ』
「おい」
『だが、場所さえ間違わなければ何とかなる』
フヨフヨフヨフヨ↓
「……オーイ」
フヨフヨフヨフヨ↑
『待たせたな。前に見た時から地形は変わっていなかった。あとは条件か』
「条件?」
『昔の話になるが、ここの真下に地下水が吹き出していた穴があった』
「地下水か……。激しい流れだったのか?」
『ああ。それは見事な滝だったそうだ』
「それで?」
『その結果、この位置の真下あたりには昔、谷底に刻まれた滝壺が残っている。今ではただの水たまり、特別深さがあるくぼみでしかないんだがな』
「それで?」
『その穴から吹き出していた地下水は昔ほどではないにせよ、今でも時折思い出したかのようなタイミングで吹き出して、魔王城に住む雑兵達の目を楽しませているそうだ』
「……で?」
『なんだ、その露骨に嫌そうな顔は?』
「どうせあれだろ? その滝が吹き出した瞬間とかを狙って下に飛び降りろって言いたいんだろ?」
『さすがに分ったか』
「分からいでか!」
『まあ、理解してくれたなら、こちらも説明が楽になるというものだ。……どんな方法を使うにせよ、下に着きさえすれば、あとは必死に泳げば良いだけだからな。目標は、あの白い砂地の場所だ。忘れるなよ。あそこ以外にたどり着いても、行き止まりだからな』
「わかってるよ」
『毎年この時期になると裏山の山頂付近の雪解け水が地下を通って、ここの穴から吹き出す。流石に細かいタイミングまでは分からないが、この陽気と気温だ。数日中に雪解け水が地下を通って吹き出し始めるはずだ。そうなれば滝が復活するのは確実……』
ドドド……ドン!どどどどどどどどどど。
『……噂をすれば、だな』
「こ、これは、また……予想以上というか何というか……。すごいな。下が見えないぞ」
『どうした、早く飛び込め』
「そ、そんな事言われても……」
『いいから行け。早く行かないと今年も滝が出来たかと見物に来る連中に見つかるぞ』
「そんな事情があったのかよ!」
『はやく!』
「わ、わかったよ! お、男はくそ度胸ぉ! 俺は勇者~! せーの!」
ぅぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉ……。