scene-1.【樹海】
ガサガサ。
「なぁ……ほんとに、この道であってるのか?」
フヨフヨ。
『間違いない。このまま真っ直ぐだ。迷わず進め』
「進めば分かるさ~ってか?」
『ああ』
「でもココって"迷いの森"とか呼ばれてる遭難者続出の樹海なんだろ……」
『魔物たちの間でも、そんな風に呼ばれているらしいな』
「なんで、そんな変な名前で呼ばれてるんだ?」
『濃い霧と深い森のせいだ』
「この異常に濃い霧は何となく分からないでもないけど……。でも、木も?」
『霧よりも木の方が本質的な問題だ。この辺りはいつも濃い霧が漂ってるんだが……』
「お陰で視界が悪いのなんの……」
『まあな。確かに、霧が迷いやすい原因の一つにはなってるだろう』
「手に持った剣の先すら、まともに見えないって……どんだけ……」
『それも厄介なんだがな……』
「ほかにもまだあるのか?」
『ああ。この辺りは魔王城が近いせいか、霧に濃い魔素が混ざってるらしくてな』
「まそ?」
『空気に篭った強い魔力の素ようなものだ』
「魔力の篭った霧って感じか」
『そんな感じだな。だが、ここまで濃いと魔族ですら住みづらく感じて近寄らないだろう』
「魔物よけにもなってるって?」
『獣同然のレベルの者達なら本能的に避けてしまう場所ではあるだろうが……。まあ、住もうと思えば住めないほどではないから居ないわけでもないだろう。もっとも、こんな場所に長いこと住んでいたら、本能がむき出しになって理性なんて吹っ飛んでしまうだろうが……』
「狂ってしまうってことか?」
『それくらい魔素が濃いということだ。……そのせいか周囲の樹木が悪い影響を受けて変な具合に育っているらしい』
「悪い影響って、具体的には?」
『見れば分かるだろう? 変にウネウネとねじくれてるし、太さもあちこちマチマチだ。それに加えて、やたらと育ちが早くなってる。幹に苔が生えたり、下生えが生え変わるのもありえない程に早いしな……』
「そうだったのか……」
『気がついてなかったのか……』
「わるかったな」
『まあ、いい。とにかく木々や草の成長が異常に早い森ってことだ。そのせいで木の幹に目印を刻んでおいても殆ど役に立たないし、地面に印を刻んでも、雑草にすぐに覆い隠れされて役に立たない。……そのせいもあって、ほぼ毎日のように風景が変化していくことで有名なんだ』
「周囲の景色を頼りにして歩いていると、簡単に迷っちまうってことか」
『ああ。昨日と今日、今日と明日で風景が微妙に変化してるといった具合でな。……この森に日常的に出入りしてる連中でも数日あけると風景が分からなくなる程だ。たまにしか踏み込まないヤツにとっては同じ道を歩いているはずなのに、見たことのない風景しかない。そんな不思議な森に見えるだろう』
「見覚えのない道ばかりだから迷いやすくなるってことか?」
『地面や地形に特徴らしい特徴はないからな。風景に頼らざる得ない以上、迷わざる得ない』
「ほんとに、そんなとこ歩いてて辿りつけるのかよ……」
『なに、私がいれば大丈夫だ。今はまだ霧で視界が塞がれているが……』
フヨフヨ↑フヨフヨ↓。
『ふむ。まだこのあたりか。……そうだな、恐らく昼頃までには裏山に出られるだろう』
「なんか随分上の方まであがってたけど。……もしかして、お前、このへんの地理に詳しいのか? それに、今の俺達の位置も正確に把握出来てたりするのか?」
『おおよその位置程度ではあるが現在位置なら把握は出来ているぞ。それと大まかな地形程度の情報は頭に入ってるから安心しろ』
「おお! じゃあ、これまでの道とか全部当てずっぽうっぽかったけど、勘とかじゃなくて全部分かってて誘導してたってことか!?」
『当然だ』
「……じゃあ、ここから先の道のりとかも……」
『大体、全部把握している』
「もしかして、実は最後まで全部わかってるとか……」
『多少の思い違いくらいはあるかもしれないが、そう思ってもらっておいて構わない』
「魔王の間まで案内してやるって言葉はホントだったんだな」
『ここまでついて来ておいて、まだ信じてなかったのか?』
「信じてはいるよ。でも、色々知りすぎてるから反対に不安になるんだよ」
『私が怪しいというのは分かるがな。だが、私は、お前を倒すべき【敵】の元に送り届けて、そこで闘うための助言をし、最終的には勝利させるため"だけ"に存在している【助言者】だ。なぜ知ってると聞かれても、そういった存在だからとしか答え様がない。……もっとも、私の言語を信じるも信じないも、最後はお前の判断だ……。好きにするが良い。【勇者】よ』
「まあ、そこまで言うなら信じるけどさ……」
『お前がそうしたいなら、そうすれば良い』
「……この森の先にある裏山に城に繋がる秘密の通路とやらがある、か」
『その通りだ』
「それで、その通路から魔王の間に直接入り込むことが出来るって?」
『追いつめられた魔王が王座のある部屋から逃げ出すために作られた秘密の通路だからな。そこを逆に辿っていけば、必然として王の間……魔王の前に出ることになるのが道理だろう?』
「でも、そこって敵の総大将が逃げ出すための最後の手段ってヤツなんだろ? そうなると、当然、一番警戒が厳重な場所って場所じゃないのか?」
『当然、巧妙に隠されてはいるだろうな』
「外からじゃ、それとは分からないようにってことか」
『そうでなくてはいざという時に役に立たない。だが、それだけに見張りというものはいないだろう』
「なんで、そんなこと分かるんだよ」
『巧妙に隠している場所をわざわざ守ってどうする。それでは、そこに何かあると相手に教えている事になる。それが分からないのか? それに通路の途中にも見張りはいないだろう』
「なんでだ?」
『そこが秘密の通路だからだ。秘密は知る者が少ないほど秘密足りえるのが物事の道理というものだろう?』
「でも、そこって魔王が作った訳じゃないんだろう? 専門のヤツに工事させたんじゃないのかよ」
『ああ。……魔王は、その通路の工事に関わった者達全てを、工事の完成日に皆殺しにした』
「……秘密は、知るものが少ないほどに良いってことか」
『知るものが少ないほどに秘密は守られるものさ』
「なるほどね……納得したよ」
『納得したならもっと真面目に足を動かせ。話に集中しすぎて、さっきよりも歩く速さが落ちてきてるぞ。今日は、まだ疲れる程には歩いてはいないはずだ』
「へいへい」
『分かったならペースを上げろ。疑問はとりあえず覚えておいて、辿り着いた後に口にしろ。そうすれば昼までには森を抜けられるだろう』
「はいはい。分かりましたよっと……」
ガサガサガサガサ……。