第八話 雲原宗吉という男
「翔駒君、君の覚悟が本物なら…」
「おい、無視すんな!」
「自分語り野郎め…耳になんか詰まってんのか?!」
「ん?あれ、悠人くんたちか。翔駒君、天童君、紹介しよう彼らは…
「名前で!!」
「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ…」
「でも君たちはコードネームの類はないんじゃなかったっけ?」
「あーそうだね!俺たちはんなダサいもん使わなくても慎ましく活動しておりますので機密が漏れることはございません」
「そういう哉太さんのコードネームは何でしたっけ??難聴自分語り勘違い変人キャラ作りシスコン…
カーディガンの灰色の髪をした若い男は哉太の悪口をつらつらと述べ続ける。
「まぁ、彼はそういう人だ。そしてあの頭部がボウリングの球になっている人は…」
「そういう人で片付けんじゃねーよもっと語れやァ!!」
「何あれ…やばいでしょ」
珍しく天童が引いている。
「僕ちゃん達?!大人がこれから君らを貴重な時間と労力を割いて守ってあげるってんだからもう少し尊敬の念を感じさせるような表情とかできないのかな??大体君たちは少し前に一課の人間を1人再起不能にしたみたいだけど一課にいる連中なんてクソ雑魚ナメクジしかいないんだから別に誇ることではないからね?そこを勘違いしないように頼むよ?あと、日頃から感じてたことなんだけど最近の学生っていうのは
『哉太さん以上に老害ムーブかましとるやないけ…』
「???!!」
明後日の方向を向きながら腕を組みブツブツとつぶやいていた若い男が天童の愚痴を聞いた瞬間恐ろしい速さで首を90°曲げてこちらを向いた。
「あ、おい…今、なんて言った?」
「ちょっとこっち来い。悪ガキには躾が必要なようだ」
「ハ、ハハ、ハ」
「おーい!萩田落ち着けって!」
籠ったような低く、無機質だが紳士的な声が響く。
その声の主は頭がボーリング球と化した異形の男だ。
どこに隠していたのか、おもむろにムチを取り出して首筋に血管が浮き出る様子でったようにこちらに向かってくる。
「護衛対象への干渉、ましては暴力は許されませんよ」
「萩田さんこそこっちに来てください」
「や、やめて!!『アレ』だけはやめて下しゃい!」
黒目の大きいポニーテールの女性は、うつ伏せの状態になった若い男を片手で持ち上げたと思ったら突然男の臀部をビシバシと音を立てて激しく叩き始めた。
「ヒイイイ!!やめて下さい!!」
「もう勘弁して…イッ!人前で…もう婿にいけないいい!!」
しばらく経ち、ようやくその行為が終わった。
「クッソ…毎度の如くサディスト女め!許さんぞ!」
ズボン皺を直しながら負け惜しみのように男が吐き捨てた。
「私の名は鹿島瑠奈です。こちらはペアの木村優奈ちゃん」
「よろしくね。」
ポニーテールの女性はそう言うと小動物を安心させるように笑顔を翔駒達へ向けた。
『ッッッうおおおおお!』
天童の視線が瑠奈の顔からつま先を舐め回す。
(なんちゅう豊満ボディじゃこれ…今晩はもo
その刹那、突如放たれしは瑠奈の前蹴り。
「うぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
その蹴りは股間を捉え、天童は両手両足を前に出して宙を舞い、そのまま地面に蹲った。
「?!おい、さっきの自分の発言を思い出せ!鶏か!」
「護衛対象への暴力ど真ん中ストレートだぞ!あ、おい君!大丈夫か?!」
「カァア…」
「おい泡吹いてるぞ!!おい瑠奈、俺は冗談だったからな?手は出してないぞ。お前とは違う。手を出したお前の負けだ。」
「天童!大丈夫か?!」
「も、申し訳ございません…ど、どどう」
「ま、まぁ彼らこんな感じだけどポンコツではないから。安心して。」
「改めて紹介するよ。あの前髪の長い若い男は萩田悠人。多分わざと冷たく接してくるけど、根はすごい優男なんだ。まぁ取扱注意だね」
「頭部がボーリング球の男は多田鶴瓶。何にも興味がないようなそっけない感じがあるかもしれないけど、悩み事は熱心に聞いてくれるよ。残り2人は、もう向こうから軽く説明を受けたよね。」
「あぁ、はい…」
「彼らは主に君たちの登下校をこれから護衛していくから、よろしく。」
「あの、一ついいですか」
「雅もこういうゴエイみたいなのって…?」
「ん?あぁ、彼は中学生の時までは護衛付きで働いてもらったけど、今は自立している。」
(異能の存在が世に公開された今…沢嶋君も再度護衛をつけるべきかもしれない。)
(特殊部隊の投入のタイミングに合わせて、護衛を配備させるか…なんにしろ、これから忙しくなるのは目に見えているな。)
「天童くんに関しては…」
翔駒はうずくまっている天童に目をやる。
「あいつは、おそらく戦いますよ」
翔駒はトイレに呼ばれたあの日のことを思い出した。
自分から異能の話をしたんだ。天童も決心しているんだろうという了見だった。
翔駒は上を向いて、絶えず動き続ける雲を眺める。
「…そうか」
「そろそろ異能登録の時間だね。手早く終わらせるよ」
「天童くんには帰り…僕の方から話しておくから。翔駒くんは先にビルの中に行ってくれ。」
「…それとも、天童くんを待つかい?」
「いってぇ…立てねぇ…」
「ガンバレ少年!立て!負けるな!」
無機質で感情のこもっていないようなエールが天童に送られる。
「そうだぞクソガキ、こんな所で倒れるのか?!俺と一緒に戦うんだろ!」
「10!9!8!」
「いや、瑠奈さんっていう共通の敵ができただけでしょ…」
「…今度変な目で私を見たら本気で去勢しますからね!」
「瑠奈さん、落ち着いて…」
「ハァ…私、こんな所にいたら気が触れちゃいそう…」
「いや、1人で行きますよ」
翔駒は天童達のやりとりの一部始終を見て、呆れたように言った。
だが、少しその様子を見て微笑ましそうに感じていた。
「そうか…わかった」
「哉太さんも、ありがとうございました」
「いや、僕なんて何もしてないよ」
「翔駒くん!あの人達と何話してたの?!アタシのお兄ちゃんどう??」
「アハ、優しそうで感じ良かったよ」
「てかてか!なんでここにいるの?!不思議なんですけど」
「俺は…ちょっと財布拾ってさ。うん。」
「茜は?」
「アタシ迎えに来てもらった!高校入って初めてだよ!」
「そっか…これからは毎日迎えに来てもらうの?それとも週単位とか?」
翔駒は何気ない話をしながら、エレベーターで茜と別れる。
「異能登録の方ですか?少しお待ちくださーい」
天井のモニターには4人待ちと表示されている。
(ここにいる連中…みんな何かしら能力を持ってんのか)
足をフラフラさせながら待機していると、見覚えのある人物が目に入った。
(あれ、目つきが悪いあの男…校内で見たことあるな。)
(優希クンと話してるところをよく見かけるが…)
「…」
その時。ワークキャップを深く被り、新聞を読むふりをしながら翔駒を凝視する男がいた。
そんなこと知る由もない翔駒は、異能登録というダイナミックなワードに今更ながらも緊張感を感じながらも自身の順番が回ってきて、そのまま簡易的な質問を受け、すぐに戻ってきた。
自動ドアを開き、外へ出る。
「どうだった?」
「いや、なんか歯科健診みたいな感じでAとかCとか-とか言ってて訳わかんなかったです」
「どれ、検査結果の紙、渡されただろう。見せてみて」
「あ、はい」
言われるがままに翔駒は紙を哉太へ渡した。
しばらく吟味した後、紙を返される。
「成程…うん。つまり、君は現状無能力者に等しいという訳だな」
「…え?つまりそれって…」
「MPAが顕現していないんだ。大丈夫、心配しないでいい。俺が上層部に問い合わせて…
遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。
「あれーーー??お兄ちゃん、翔駒君と今度は何話してるのーー??」
「ゲッ」
「翔駒君、面倒なことになるから早く帰りなさい」
「え?でも天童がまだ…」
「どうせ後から来る!小一時間お喋りしたくなければ早く出なさい」
(天童くん…彼は異能の発現が顕著だ…多分審査は長引くだろう)
「護衛はひとまず萩田君と鹿島さんに任せるから。さぁ!」
「あ!ちょっと行かないでよぉ!!」
またしても言われるがままに、門を出てしまった。
それから翔駒は、自転車を漕ごうにも漕げない。
「おい!!ガキンチョ、抜け駆けは許さんぞ!自転車押して歩け。」
「まったく、ネンコージョレツだネンコージョレツ!歳上を少しは敬えZ世代」
「無駄口叩かないでください」
「てか、先輩はゆとり世代でしょ」
「俺はゆとりという蠱毒の中で生き残った大人だぞ!バカにするのも大概にしろよ」
翔駒は苦笑いしながら自転車を押す。
「いけ!ヤマカンクラウン!差せ!差せ!」
萩田は、競馬中継を見ながら興奮した様子ではしゃぎ出した。
「まったく…先輩!だから任務中…う?」
突然、瑠奈の目が輝く。その視線の先には、大型のショッピングモール。
特に、その中でもガラスに閉じ込められたワンピースを見ていた。
更に、その視線の先をよく見てみると値札にSALEという字が書いてあるのがわかった。
(一課の近くにこんないい店があったなんて!)
「先輩!!!」
「うおぉおなんだよ!びっくりさせんな!」
「あの、任務中に競馬見てるのは咎めませんから…その…」
「もったいぶんな!焦ったい」
「お金…すこーし貸してくれませんかね?」
「はぁ?!」
「お前、先輩に金せびる気か?!」
翔駒は、瑠奈とそのペアはまともな大人だと思ってたばかりに驚いた。
だがよく考えると高校生の陰部を突然蹴り上げるような人間なのを思い出し、平静を保つ。
「いや、萩田先輩…前から思ってたんですけど、やっぱりカッコいいというか、クールだし…甘い感じの顔が凄いタイプで」
「は?!?!何それ!!突然何よ!褒めたってなんも出ねえし、なんのつもりだ?!」
満更でもない様子で萩田が言う。
「そのセールに釣られたのか??なら自分で買えよ!ゼニゲバ!」
「せんぱぁい…考え直してくれませんか?」
瑠奈は甘えた声で誘惑する。
「?????????!」
「よしわかった。俺は今日からお前専属のATMと化した。」
「いくら欲しい」
萩田は表情を整え、慌ててマジックテープの財布をビリビリと開けた。
(やってられっかよ…)
翔駒はこんな低俗な茶番に付き合わされることが心底面倒だと言わんばかりに大きな溜息をついて先を急ぐ。
突如、ポケットのスマホが振動した。
「哉太さん…?なんで俺の連絡先を?」
『すまん。妹から聞いた。それより、天童君とは合流したか?!』
「い、いえ…どうしましたか?」
『付近のショッピングモールの西口で菜食主義者達が暴動を起こしている!』
《バアアアアアン!!》
電話で哉太が言い終わる前に、遠くで激しい爆発音が聞こえた。
「!」
デパートの西口広場にて、一課と菜食主義者達の戦闘は激化していた。
「サンキライ!!」
「何だ?!ただの暴動鎮圧のハズだろう!!」
「こんな報告は受けてな
パシュン、と音がして男の首が落ちる。
この間天童を散々クソガキ呼ばわりした一課の男だ。
「きゃあああああ!!」
子供連れの通行人の女性が発狂し、その瞬間に子供もろとも胴体が切り離されて分離する。
「あ…」
女性隊員が絶句した。
「愚かな人間どもが…」
「動物に感情の集合体と称されるMPAが発現した。これはすなわち、動物にも感情が存在するということだ。」
「これ以上動物から搾取する畜生どもは、この手で制裁してやる」
噴水の影から人影が1人、2人と現れる。
「た、たすけ」
女性隊員が懇願する間に顔面に二つの穴が空く。
「この目から発せられる二つの熱線は、動物達の怒りが私に憑依して降りてきたものだ!!」
「皆殺しにしてやる…」
全身にサラシを巻いた赤いローブの男が、大量の同志を連れて既にモールを占拠していた。
その少し前、モール4階では正井賢人が優希を連れてモール内を散策していた。
どうやら、優希のために外出用の服を探しているらしい。
「プライベートでこういう所に来んのも悪くねえな」
「あ、あのさ…正井って…その…」
「ん?あぁ言いたいことは解るぜ。俺が根っからのインドアだと思ってたんだろ」
「流石にお前も全身パジャマで外出れねえだろうからな…」
そう言うと正井は犬歯を剥き出しにして笑う。
「あ、これとかいいんじゃねえか。どうだ?」
そう言うと一つの風景画がプリントされたTシャツを取って見せた。
「あー…何だろ、そこまでカジュアルな感じじゃなくてもいいよ」
「そうか?まぁ、これが終わったら下の階で新作のゲームでも買
突如、隣の靴屋から1人のスーツ姿の男が大量の段ボールや靴と共に飛び出し、狼狽えながらもふらふらと立ち上がる。
「うおっ?!何だ?!!」
正井が驚いてそちらを向く。
よく見ると、その男の右手には古着屋の店長の首、そして左手には赤いローブが掴まれていた。
「な、なにあれぇえ?!!」
「正井君逃げよ…う?」
階段方面へ走り出そうとしていた優希が振り向くと、正井は道路標識を右手に持ち、標識に付属するコンクリートの基盤を背面に黒服の男は近づいていく。
「で、ですよね」
優希は知っている。正井はMPAを所持しており、今日異能登録の帰りで、翔駒と同じタイミングで待機室に居た。
翔駒との邂逅に関しては正井が服探しのついでに思いついたように言ったことだが、優希はその発言をはっきりと覚えていた。
「正当防衛だ!!」
標識が【止まれ】に変わる。
(俺の『サインオーダー』は変化させた標識の効果を打撃を加えた相手に強制付与するもの…だったな)
打撃が黒服の男を捉えた。
「グウッ…ぁ"あ?」
男の動きが止まる。
勢いで逆立ちし、瞬間的にカポエイラのような動きで蹴りを頭部に叩き込んだ。
「陰キャだけど格闘技はちょっとかじってんだよ。」
「お前、何者だ」
黒服の男の口角が上がる。
「秋元の兄貴…兄貴」
「3人目を見つけました…3人目を見つけましたぃぃぁぃぁぁぁあ!!!」
「!!」
正井がまた標識を生成し、構える。
その刹那、黒服の男の尾骨辺りから一本の黒い触手が現れ、正井を吹き飛ばした。
そのまま転落防止のガラスを突き破り、下りのエスカレーターに背中から着地する。
(クソ…場所が場所で受け身が取れなかった)
(だが一点に力を集中させて、ある程度は防げたか)
「優希いいいいい!!!」
「は、はいっっ!!!!」
「逃げろ…ゴフッ、早く逃げろ!」
("もう一つ"を使うしかないか)
「『サイドスクワッド』」
正井の周りに2人の分身が出現する。
「『青墨龍』」
黒服の男の触手が肥大化し、2本目、3本目と増えていき6本に達した。
「陣…秋元の兄貴……」
この何の変哲もないショッピングモールで、壮大な戦いが繰り広げられようとしていた。
森閑学園
《コツ…コツ》
屈強な体格の陰がコートに伸びる。
「夜遅くまで頑張るな、七瀬」
「ん?あぁ…累クン!どうした??」
「忘れ物だよ…ロッカーにスマホ忘れちまったんだ。もうボケできてるかも知んねえ」
褐色肌の中性的な3学年の男が首にタオルを巻いて炭酸飲料を飲みながらコートを横切った。
「じゃあな!ナナ」
自身の声が聞こえなくなる距離まで遠ざかった時、七瀬がボソっと呟いた。
「先生の仇を取るんだよ、累クン」
七瀬が校内の部室に入り、[大野]と札のついた顧問のロッカーを漁り始める。
手帳を取り出し、狂ったようにページを捲る。
『午後1時 裁判が終了』
『memo 検察側の指摘→弁護人の返答
・確実な証拠が存在しない
・プライベートで慈善活動をしていたところを職場付近の監視カメラが捉えている
=真司は前日の失踪に関与していない」
よって無罪』
『真司は一貫して黙秘』
「…」
大野は窓から月明かりに照らされ、明後日の方を睨み、後輩には見せない怒りの表情を浮かべた。
「見つけ出して殺してやる」




