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パーティータイム

翔駒はしばらくしてパイプ椅子に腰掛けた。

先程までのガヤガヤした雰囲気は消え去り、宮河校長先生が階段を登って登壇する。


「校長式辞」


そこから先はよく覚えていない。

話が長すぎてうたた寝をし始めたところまでは覚えている。



目が覚める頃には、いつの間にか他の学生達は教室に戻る準備をしていた。

学生の波に飲まれて、先程までいた部屋に戻っていく。

静まり返った体育館で、両開きのドアをゆっくりと開く。


「あれ、もう終わっちゃったかな。」


突然至る所にピアスが付いたにいかにもなギャル男が現れてニヤニヤしながら話しかけてきた。


「あ、生徒…?」


「うん。遅刻しちゃったのよね。」


そう言うと俯いて時計を確認する。

風貌もそうだが、学生のくせに、いいブランドを持っているのも鼻につく。

心配になりそうなほど膨れ上がった涙袋を見つめていると、


「ねぇ、教室の場所がわからないんだよね。教えてくれない?」


この男も教室がわからないらしい。


「あー…」

「そしたら着いてきてください、案内するんで」


そう言うと男はほくそ笑んで傾げていた首を元に戻した。


「ありがと!じゃあよろしくね。」


ミステリアスで薄気味悪い笑みを浮かべながら、翔駒の後ろをついてくる。

道中踊り場のポスターに魅入ったり、窓の外から景色を眺めたり寄り道ばっかしていたが教室にようやく着くことができた。

息を切らしながらドアをスライドさせる。


「遅かったですね」


小田が顔をしかめて言う。


「すみません…遅れちゃいました」


「こういうことも評価対象になるので、気をつけるように。」

「今回だけはノーカンにしてあげましょう」


翔駒は心の中でガッツポーズをした。


「せんせー!」


「どうしました?」


「先生の自己紹介はしないの?」


茜のもっともな質問に小田は言葉に詰まった。


「…私の自己紹介、ですか。」

「いや、…いいです。これからの授業の中で、私の事を知っていただければ結構です」


「えー、聞きたかったのに」


「そうしたら、皆さん順次帰宅の方をお願いします。あと、部活動の見学は明日からなので、把握しておいてください。」


「それでは起立!!!」


背もたれに寄りかかっていた翔駒たちの上体が起き上がる。


「礼!!!」


「「ありがとうございました」」


机の横にかかっていたカバンを取り出した。


「うーいお待たせー」


他の生徒たちが次々友達と教室から出ていく。


「ショーマー」


翔駒は廊下に出ると、両肩に手を乗せられた。後ろを振り向くと、天童とその友人と思われる2人の男子が翔駒を取り囲んでいた。


「なぁ、この2人俺の友達。」

「こいつは緑川リョウ。めっちゃ冴えてるヤツ。」

「んでこっちは山岡響。こいつの親は俺の親と同じで国会議員なんだよ」


「国会議員??」


翔駒は驚嘆した。まさか、こんな男がとてつもないボンボンだったとは。

しかも、同じ学年に2人も親が国会議員の生徒がいるという事実に戸惑いを隠せなかった。


「あ、え?!」


「とりあえず今日はぶっキメに行くぞ、ショーマ」


「ぶっキメって…?」


「もちろん」

「ハッピーターンだ」

緑川と山岡が声を揃えて言った。


「今日、こいつんちで菓子パやるんだよ。」

天童は山岡に親指を向けて言う。


「カシパって…なんかの隠語?」


「そのままの意味だよ」


緑川が朗らかな顔で近づいてくる。


「今宵は親睦を深めるぞ」


翔駒と緑川の間に入って、2人の肩の上に手を置いた。


「でも、いいの?なんで俺を誘ってくれたんだ?」


「ん、いやなんとなく」


「おい!俺らもう準備しとくから先行くべ」


「よいしょ!じゃ、駅前で待っててくれよな」


天童はそう言い残し、謎の紙を一切れ空中に残して走り去って行った。

ひらひらと床に舞い落ちた切れ端は、よく見てみるとコピーした名刺を乱暴に破いたものであった。


「連絡先…と色々書いてあるな」


ポッケの中にしまい、自身もゆっくりと教室から出る。

ふと廊下を覗くと、化粧臭い女子達が壁に寄っかかっていたり複数の男子生徒が寄って集って1人の生徒をいじったりしていた。

翔駒にとってはまさに混沌だった。


「おい!!お前さぁ、今傘当たったやろ!」


1人の生徒が言いがかりをつけられた。複数人で構成されたグループが、標的を見つけて一斉に取り囲む。


「こっち向けや」


その中の1人の悪童が折り畳み傘の持ち手で生徒に襲いかかる。

その刹那、悪童は生徒に胸ぐらを掴まれて足を払われ、柔道の山嵐のような流れでそのまま投げ飛ばされた。


「うおおおおお!!」

「ッ〜〜〜ってええええ!!!」


ドンと鈍い音を立てて床に背中を打ち付けた悪童は、のたうち回りながら指を差し、他の生徒に攻撃するよう指示を出していた。


「お、おいコラ!」


襲われている生徒は、服装をよく見たら同じクラスの沢嶋雅と一致していた。

翔駒は止めようとしたが、喧嘩が激しすぎて間に入ることすら許されなかった。


4人の生徒が沢嶋を押さえつけようと攻勢に出たが、4人とも顎を軽く小突かれて4人のうち3人がその場に倒れ込んだ。


「おい!!お前これ退学案件だぞ!」

気絶しなかった1人の悪童が、沢嶋に啖呵を切る。


「…」

沢嶋が静かに床に落ちた折り畳み傘を指差す。


「傘…踏みそうだぞ」


そう言い残して、寂しそうにその場を立ち去って行った。


翔駒は昔から自他共に認める空気の読めない男だった。

重力に任せながら疲労した様子で階段を降っていく沢嶋に声をかける。


「君、2組の人だよね。今の大丈夫だった?」


「…俺?」


「うん。さっきの人たち、知ってる人?気にしない方がいいと思うよ」


「俺に話しかけてくれるのか。優しいんだな…」


中学生の時も、こんな雰囲気の友人がいた。

翔駒は親近感を感じたのだろうか。


「俺、まだあまり友達できてないんだ。一緒に帰ってくれない?」


「俺は西口から帰るが…大丈夫なのか?」


「うん。モーマンタイだよ。スポーツの話とかしたいし」


2人は校門を抜け、桜道に出た。


「確か…サッカークラブに入ってたんだっけな」


「あ、覚えてたんだ。地元じゃ結構有名でさ、フォワードだったんだけど県大会の決勝で骨折しちゃったんだよね」


「骨折か…どこをやっちゃったんだ」


「足首がいかれちゃったよ…そっちは骨折とかしたことある?」


「俺は…骨折はほぼしたことないけど、熱中症になったことはあるな」


会話をしていたら、駅の西口にはとうに着き、気付けばあっという間に河川敷のバス停だった。


「ここで終わりか」


「また明日」


「あ、そうだ…話しかけてくれてありがとうな。」

そう言い残すと、バスの扉が閉まった。

連絡先交換すんの忘れたなーと思っていたら、川を眺めている女子生徒が目に映った。


「あれ…?」


どうやって察知したのかわからないが、彼女は振り返ると手を振って走ってきた。

少しずつ輪郭がハッキリしてきて、彼女が白玉茜であることに気付いた。


「来ると思ってたよ。アタシ」


翔駒は苦笑しながらも、心配そうに聞く。

「何を黄昏てたの?」


俺がそう聞くと、彼女は少し寂しそうに俯いて川の方を向いた。


「あのね…本当は今日お兄ちゃんが迎えにきてくれるはずだったの。」

「でもやっぱり来れなくなっちゃった。」

「ま、しょうがないよね!そう言う時もあるし!」


彼女は吹っ切れたように笑い、両手を広げてこっちへ向き直す。


「翔駒君にも、お兄ちゃん紹介したかったんだけどな。ま、過ぎたこと気にしてもしょうがないよね。帰ろ?」


「そういえば、由美さんとケーコさんって今日どうしたの?」


「なんかさ、ずっと保健室にいたみたい。なんか、まだ学校で休んでるみたいよ。可哀想だよね…」


「何があったんだろう」


「風邪気味とは聞いたんだけど…今度カフェで4人で話そうよ!水曜日とか空いてる?」


「俺はいつでも暇人だよ」


「えへ、じゃあ成立だね!そだ、連絡先交換するんだった。スマホ出して!」


翔駒は言われるがままにスマホを差し出して、連絡先を交換した。


自分の乗るバスが停車した。


「翔駒くんバスなんだ…そしたらお別れだね」


「じゃあ、また明日」


空いている一番奥の席に座る。家に帰ったら、またバスに乗って駅にすぐ行かなくてはならない。

手を振る彼女に手を振りかえしながら、移りゆく景色を眺めていた。


(そういえば、優希…間宮優希くんはトレカが好きなんだっけな…明日は話せるといいな)


ここの川は川幅がすごく長い。対岸がほとんど見えないほどだ。

右側には、住宅街が広がっていた。町工場やショッピングモール、洒落た都会らしい雰囲気の広場。

これからどんな学生生活が幕を開けるのか。

胸が躍るようだ。


プレイリストが8曲目に移ろうとしたその時、バスはようやく目的地に着いた。

後から気付いたが、曲の雰囲気に入り浸っていたためかボタンを押し忘れていたが、他の乗客もそこで降りるため乗り過ごすことは免れた。


自身の住んでいる団地を見つけ、カバンから取り出した鍵で家に入る。

長い廊下を歩き、右側のドアを開け、自分の部屋に入ってすぐにベットに寝そべった。

ずっと動いていなかったからだろう。体が硬い。翔駒はその場で謎の動きをして体をほぐした。


(まだ誰も帰ってきてないな…)


翔駒には姉と父がいる。母は翔駒が幼い頃に外国に赴任してから帰ってこない。

机の上の文房具を筆箱に詰め込み、そこら辺の漫画を読む。


そうだ。誘われていたんだ。

翔駒は高速でTシャツに着替え、カバンを用意し慌てて天童に連絡する。

ドタキャンはしたくない。


『あ、ショーマちゃん?もう集まってるから早くこいよ!あのさ、ボウリング行くかもだけど金ある?グローブも持ってきて!』


「うす!他なんか持ってきた方がいいものってある?」


『あーせやの、モバイルバッテリーとか?知らんけど。財布は絶対持ってこいよ!これ必須な』


スマホを左耳に押し付けながら、上着を着てすぐに家を飛び出す。鍵をかけ、バスに乗り、駅に着く。


「おせーぞ彼女持ち!」


噴水に座り込んでいた天童が駆け寄ってくる。


「え?ショーマくん彼女おるん?」


「いや、いな…」


「オナクラの白玉茜と今いい感じらしいぞ!」


「えーえぐ!てえてえ!」


こいつらも気持ち悪い略し方なのか…

だが、よく考えるとなぜ同じ略し方をしているのか。


「もしかして、白玉さんと中学同じ?」


「うん、俺たちおなちゅうだよ」


緑川が答える。


やっぱりそうか。となるともっと厄介だ。これから随分長いこと俺は囃し立てられ続けるのだろうか。


「俺、正直あの娘狙ってたんだわ…」


天童がわざとらしく悲しそうな声で言う。


「でも、お前らのこと全力で応援するわ。頑張れよ。ファイト!」


「闘魂注入!オラ行くぞお前ら!」


ノリについて行けない翔駒だが、久々の感覚に躍動する。


「ガーターおつ」


「ヘタクソ、胎児からやり直せ!」


「ショーマ、15ポンドは流石にチャレンジャーだぜ…」


「なに、こんくらいは朝飯前…あっ!」


普段は酷使しない肩が悲鳴を上げた。

翔駒はその場に崩れ落ち、手から滑り落ちたボールは無慈悲にガターとなった。


「お疲れさん」


天童はスポーツドリンクを翔駒に渡した。

感謝の言葉を述べ、そのまま一気に飲み干す。



「イヒヒヒヒヒ!!」

山岡が薄暗い中煌々と光るコンビニから大量の菓子を抱えて出てきた。


「なんだそれ!お前全部ポテチじゃねえか!バカ!」


「おい待て…あそこのお姉さん今パンチラしたぞ」


「え??」


翔駒はすぐに振り向いた。駐車場にいた翔駒たちは女性の後をつけていく。

確かに、風で白いスカートが一瞬捲れたのがわかった。


「うおおおおお!!」


「究極のチラリズムやぁぁ!」


「バカ、声でかいって」



「おい!映画観るぞ!」


「は?普通家来て最初はゲームだろ!」


翔駒は当たり前のように山岡の家に来ていた。

物凄く楽しい。翔駒は笑いが止まらなかった。


「お前らに包丁の使い方を教えてやるよ」

「よく見とけ!」


いつの間にエプロンを着用していた天童はにんじんや玉ねぎ、じゃがいもを切り始める。

鍋に具材を放り込み、鼻をほじりながらルーを鍋に投下する。


「天童、まだー??」


「へいまいど、こちらクソレストラン」

そう言って3人前のカレーをテーブルに置き、丁寧におしぼりも用意する。


「うおー!三つ星シェフ!」


「天童は食わなくていいのか?」


翔駒がおそるおそる聞くと、天童は首を横に振った。


「俺がお前ら庶民と同じものを食べるわけないだろ?」


そう言って、あぐらをかきながらテレビと反対側を向いてインスタント麺を頬張り始める。


「え、本当にそれでいいのかよ」


「当たり前だ!!今日のパーティーはお前が主役だしな。」

「食い終わったら自分で皿洗えよ」


そう言って、また麺を啜る。

「おい翔駒。緑川を共にぼこすぞ」


そう言って山岡はコントローラーを俺に差し出した。


「よし、俺の神プレイを見せてやるよ」


それから何時間経ったかわからない。庭でキャッチボールをして、灯を消して突然即席のお化け屋敷をしたり、布団に篭ってスプラッター映画を観たりした。


突然、モバイルバッテリーで充電していたスマホが机の上で鳴り響いた。


「あっ、ごめん…俺もう帰るよ」


「うぇ?!まじか…そしたらこれ持って帰れ」


そう言って、天童たちは各々用意していた菓子を翔駒に渡してくれた。


「あのさ…本当にありがとうな。今日は」


「かしこまるなよ。夜道は気をつけろよ」


「幽霊が出るぞ!!おおおうらめしや」


「山岡でしゃばんな!オラお前この野郎…」


2人が喧嘩を始める中、天童は玄関から出て翔駒を見送った。天童の輪郭がぼやけ始めた頃ようやく天童は家の中に戻って行った。


バスの中は自分1人だった。もう1日に4回もバスに乗っている。また水曜日には、出会ったことのない人と話すんだ。

翔駒はプレイリストを再生しようとしたが、すでに自分の家に着いていた。


玄関を静かに開ける。


「…お帰り。」

「楽しかったか?」


リビングで新聞を見ていた父が話しかけてきた。


「随分遅かったな。泊まればよかったじゃないか」

「友達は何人できた?」


「うん。結構できたよ。今日はまじで楽しかった」


「お姉ちゃんが心配してたぞ。顔を見せてやりなさい」


「親父ごめん、俺もう疲れたから寝ちゃうわ」


トイレの中でぼーっとして、ベットに寝そべり、すぐに意識が薄れていく。





「…あれ?」


もう朝なのか?早すぎる。いくらなんでも早い。

体の感覚がおかしい。


「おはよう親父…親父?」


廊下をゆっくり歩き、光の差し込む方に進む。


「は?」


リビングの机の上には、今日のギャル男が座り込んでいた。


「あ、また会ったね。」


「え、は、え?なんで俺の家にいんだよ…?」


「アハ、怪しいのも無理はないよね。」

「MPAって知らないよね…」


「は?なに言ってるんだ?だから俺は…」


「『ストレイシープ』(迷える子羊)」


いつものリビングが姿を変えていく。部屋が溶け、家具が目まぐるしく変化する。

これは翔駒の初めて目にする、日常に潜む異能の片鱗であった。

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