第十三話 劣等感
「優希ぃー!!!!」
《ウィーン『アリガトウゴザイマシタ』》
爛々光るコンビニを後にして一行は優希の本名を叫ぶ。
「すまん、俺の過失だ…」
雅は申し訳なさそうに俯いた。
「いや、俺らが見てなかったのが悪い…いつの間に」
優希の失踪は実に一瞬の間の出来事だった。
「優希ィーーー!間宮優希ーーー!」
連呼し続ける天童のもとに、たむろしていた5人の不良がこちらへやってくる。
「君ら、さっきの子探してんの?」
「そっちの坂を登って行ったよ」
そう言って4人が降ってきた暗闇に包まれた急な上り坂を指差した。
「てかさ、君ら夜中になにしてんの?」
「俺OBだから通報できちゃうよ?」
そうやってスマホを耳元に置くジェスチャーをした。
「OB…?」
「森閑」「森閑学園の」
「ジンクス!!」
ピアスだらけの黒帽子を深く被った男が割って入ってくる。
「うわーー!!!!」
「と、とりあえず戻ろうぜ」
「相当暗いな」
「ヒグマとか出たりしたら死ぬぞ…」
「滅多な事を言うなよ…」
「帰りにバレない保証もない」
雅は少し不安そうに言う。
(今は刀も持ってきていない…実質有事の際に動けるのは天童だけだ)
「まぁ、お前らは黙って俺に背中を預けとけ」
天童は親指を自分に向けてキメ顔を決める。
「使い方違くね?」
「とりま登ってくか…」
《リーリーリーリーリーリー…》
「異能登録の一環として行われる簡易的な試験の結果で」
「あの子から膨大なDAが検出された」
「それがそのアーマーと関係あるの?」
「『アラクネ』は核融合に似た独自のエネルギー変換システムを有している」
「その制御と細部の機動にはMPAの顕現になるべく割かれない純粋なDAが必要になる」
「はぁ」
「間宮くんが万一暴走したとして、いつ渡すつもり?」
「萩田君達に持たせてある。公用車のトランクに一応積ませてはあるが…」
「何せ全国で犯罪が多発している中、警備に当たれる人材がめっぽう少ない状況だ」
「そこで…彼らを利用すると」
「うん。…鵺子さんは、茜達のためにも行事は成功させたいんだろ?」
「…」
「本当なら間宮君を厳重な警備のもとで拘束した方が手っ取り早いんだ」
「どうしてもっていうから、こんな手を取ってることは理解して欲しい」
「…そうね」
「アイツ遅ない?」
天童が畳の上に横たわって4畳間の中でポテチをボリボリと頬張る。
「やっぱり遭難したんじゃないのか…?」
雅があぐらをかきながら心配そうに腕を組んで畳を見つめる。
「縁起でもねえこと言うなよ」
「…とりあえず後30分待って、来なかったら流石に…」
翔駒が心配そうに汗をかきながら窓の方、カーテンの間を見やる。
「「???!!!!!!」」
そこにいたのは、カーディガンを着た灰色の七三分けの男。
何と先日の公安部ニ課の男、萩田悠人。
窓ガラスに顔を押し付けて監視しており、その右下には双眼鏡を持った大きい黒目が特徴的な鹿島瑠奈がいた。
「ウェッ?!なんで!??」
「ゲッ…」
天童と雅も時間差で気付いたようで、目に見えて驚嘆しているのがわかる。
『窓を今すぐ開けろ』と言わんばかりに大袈裟なジェスチャーでアピールしてきた。
《ガラガラ》
「あ、あの…なんでここに?」
「あの老害から監視しろって言われてるんだよ」
「全く、公費で北海道旅行とはおめでたい身分だぜ」
おそらく哉太のことを言っているのだろう。
「文句言わないでください」
「ヘン!」
拗ねたように口を尖らし鼻息を荒げて天井を見上げる。
「あ、あの…優希見ませんでした?」
「あ」
「ちょっと小柄で、黒髪の…ルームメイトなんですけど」
「アカン」
(監視対象を早速見失っていく〜〜〜)
「萩田先輩…?」
鹿島の項垂れた顔が徐々に引き攣っていく。
『あっあ〜…すみません、あの、これに関しましては僕だけじゃなく…』
「あいって?!!!」
萩田は手首に致命的なしっぺを受けた。
「骨折れた…。」
おもむろに左手を鹿島の方に伸ばす。
「慰謝料100万請求します。今なら50%オフ」
「はぁ?何言ってるんですか?」
「いくら私が割引に弱いからってそんな…」
「あの!!」
「見ませんでしたよね?」
「…仲間を手配する」
「俺たちはともかくアイツらはシゴデキだからな、人探しなんて朝飯前だ」
「ちょちょいのちょい」
そう言うと、萩田は意地悪そうな顔で歯を見せて笑う。
「歯垢ついてます」
「マジで黙れ。」
「ちょまっ、…うおっ!!」
天童が何かを言おうとしたその時、2人はすでに窓から飛び降りていた。
「…!!」
走って窓に辿り着き、暗くてよく見えない下の方を覗き込むと身悶えしている萩田と呆れた顔でそれを眺めている鹿島の姿が見えた。
「本当にあの人たち公務員なのか…?」
「腐っても…公安だ」
「まぁこれで流石に多分優希は見つかるだろう」
「なんで断言できんの?雅クン」
「あの人たちは少し前にも遭難した子供を救助したことがある」
「すげー!それってあれか?ボランティア的な…」
天童は目を輝かせる。
「本人らは暇つぶしの一環だったと豪語していた」
「まじか!!」
「とりあえず天童、翔駒」
「アソビキングでもするか」
「アソビキング…」
天童は突然明後日の方を向いて硬直した。
「いけません飛鳥さま」
「えーーーなんで!?」
「これ買ってくれるまでオレ帰らない!」
「意地悪!新パックみんな買ってるのに!」
「旦那様の方針ですので…」
「辛抱してくだされ」
「んだよドケチ!」
「銭ゲバ!」
「じゃあ、代わりにフードコート行きたい!」
「いけません!あのような庶民的で健康に害をなす…」
「なんなんだよぉー!!」
「飛鳥?」
「飛鳥、ないなら俺のデッキを貸すぞ」
「…ん、あ、あぁあんがと」
「恩に着るぜ」
「てか、雅クン何気に下の名前で呼ぶの初めてじゃね?」
「あぁ確かに」
「雅〜」
「いや…別にそういうのじゃ」
「とにかく始めるぞ」
「うす!デュエルゴー!」
同時刻のロビーにて
『女子部屋行くぞ!長門!』
細目の小柄な男の影が外の電灯の光により薄暗いロビーに伸びる。
長門という生徒を先導しているのは性悪の小金。
『小金!流石にやばいんじゃ無いのか』
『せっかくお前がバスの件でみんなに見直され始めてるってのにこんなのバレたら…』
『るっせえな、俺記憶ねえよって言ったじゃねえか!』
『…長門?』
『おーい!ケンチャナ長門?』
『…なんだあれ』
エントランスから何者かが足を引きずって館内に入ってくるのがガラス越しに見えた。
「破傷風ってやばいらしいぜ」
「こういう畳とかでも充分気をつけたほうがいい」
天童はコンビニで仕入れたガムを奥歯で噛み潰し、何度も位置を入れ替える。
「こええな…ターンエンド」
翔駒が宣言したその刹那。
《バゴオオオオオオン!!!!》
「「うおっ?!鼓膜が」」
「「なんだ?!」」
「結構近いぞ!!」
「いってえ…」
「なんだよ…」
「鼓膜がぁ…!!」
1組の長門と2組の小金は吹き飛んでカウンターの近くで転がっていた。
「2人」
そこにいたのは、まるで蠅の顔を模したような近未来的なマスクを被り赤と黒がモチーフのジャケットを着た低身長の男。
禍々しいオーラが全身から滲み出る。
それは2人の悪童達にとって肌に突き刺さるような感覚だった。
「ヒッ!!!!」
「来るな…来るなぁ!来るなぁ!」
血が滲んだ腕を振るって瓦礫を力一杯投げるも、一向に効く気配がない。
「だっ駄目だ…!!」
「ユウキ、俺はこんなにもお前のことを考えてあげてるんだよ?」
「今更遅いからおとなしく俺の言うことを聞け」
まるで二重人格かのように、自問自答を続けている。
「『完全変態☆パーフェクトボウラー』!」
抜けた声がホールに響く。
蠅男の背面に颯爽と現れた異形頭の男が両手を合わせて少しずつ離していくと、ボーリングの球が青白い光と共に徐々に生成されていく。
「『摩擦レス』!」
「多田こっちだ!!」
萩田が多田鶴瓶の出現に気を取られた蠅男の背面に登場し、掛け声を出す。
「おっけー2枚目野郎」
流れるような美しいフォームで放たれた16ポンドのボールが転がるたびに冷蔵庫と同等の大きさに肥大化し、蠅男の足に直撃した。
「うおっ。」
「トロピカルキック!!」
(俺の摩擦を操る力で翻弄する!)
摩擦がまるでなくなったかのように、スケートリンクを滑り抜けるような華麗かつ無駄を省いた洗礼された動きで萩田の足が蠅男の顔面を捉え、そのまま勢いで転倒する。
「痛い」
「もういっちょいくぜ!」
萩田は壁にぶつかると、ターンして再度蹴りを叩き込もうとする。
「くどいのは嫌いだよなぁ?ユウキ」
首が回転する。
(動きを見切られた!)
「『完全変態☆パーフェクトゴルファー』!」
またしても青白い光と共に生成されたゴルフクラブで腹部に打撃を加える。
「そのまま止まれよ」
異形の男が何かを仕掛けたのか、蠅男の動きが突然止まった。
鎖が突如蠅男の体を拘束する。
「頭に当たればお前は即死するぜ!」
ティーに乗ったボールにクラブが直撃し、コツンと音を立てて蠅男の喉元を貫いた。
「痛かった?痛かった?」
「ねぇ、ユウキ、痛かった?」
「逃げて…はやく」
自問自答を繰り返している。
(効果なしかよ)
突如蠅男の強烈かつ致命的な右ストレートが萩田の左頬を捉える。
「効かねえよ!」
(頬の摩擦除去が遅れていたらやられていた…!!ぱねぇぞ、これ)
(間宮優希…手強いな)
(アラクネの動員もやむを得ないか。仕方ない、彼に頼…
どこから引火したのか突如あたりに火の手が回る。
暗い静寂の戦いの中に徐々に光とギャラリーが追加されていく。
「何の騒ぎだ…?」
ざわつく生徒達が部屋から様子を覗こうとするも、燃え盛る炎がそれを阻止する。
「Noobども!どけ!」
野次馬の生徒達を押し退けてホールに向かって廊下を一直線に進んでいく。
「駄目だ天童!!」
雅が必死に止めるも、制止虚しく天童は炎の中に突っ込んでいった。
「天童少年来るな!!」
「…あれ?天童少年?」
雅に肩を貸され、翔駒は目を見開いてまじまじと蠅のマスクを着た男の体を眺めていた。
「くそッ…倒壊する!」
雅が落ちてくる木片をいなしていく。
「刀…トランクにある刀が必要だ」
(やはり部屋に置いておくべきだったか…翔駒をここに置いていくのは心許ない)
(何が起きているのかはさっぱりわからないが、優希のことも心配だ…)
「翔駒、なるべくここから離れろ!他の生徒にもできれば声をかけておいてくれ!」
「俺は忘れ物を取りに行ってくる!頼むぞ翔駒!!」
「お、おう…」
呆然としていた。俺以外はみんな動いているのに、俺は一歩も動けていない。
それどころか、いつぞやの筋肉痛が再発して雅に迷惑までかけてしまっていた。
翔駒は今までことあるごとに自戒の言葉を幾度となく自分に対して投げかけていたが、今はただ自分を責めることしかできなくなっていた。
『また、逃げるのか…?』
「翔駒くん」
ふと前を向くと、そこには涙袋の大きいピアスまみれのギャル男がいた。
「お前は…」
「アレ、思い出してくれた?嬉しいな」
「雲原宗吉だよ」
ギャル男は膝を脇腹につけて軽く手を振る。
「お前は…例の入学式に遅刻した…」
「ん?あぁ、僕の分身体のこと?」
「え?」
翔駒は何が何だかわからなくなっていた。全てがごちゃごちゃだ。
「気付かなかった?気付く方がおかしいか」
「死体を見て何も思わなかったでしょ?」
「落石が起きてもみんな何も思わなかったし、」
「僕が突然クラスから消えてもみんなはおろか君ですら何も疑問に思うことはなかったはずだ」
確かに、翔駒はこの男のことを綺麗さっぱり忘れていたところだ。
不自然すぎる。今思い出すと、何もかもが辻褄の合わないことばかりだ。
「それに…」
「茜に翼が生えても何も思わなかっただろ?」
「!!」
「例のパーキングエリアで、トイレにこもってた子はあれを見て何を思ったのかな?」
「一緒に遊びにきた他のお友達は?なんであの状況に誰も疑問を抱かなかったのか?」
「大人数と喧嘩してたやつと普通友達になろうなんて思うかい??」
「要するに、僕の能力は夢に侵入したり夢を改変したりするだけのものじゃない」
「記憶改ざんが僕のMPAなんだ」
「夢の改変などはその副産物に過ぎない」
「この何週間も、僕と公安の人たちが都合のいいように改変してきた」
「お前は!!」
「何がしたいんだよ?!」
「助けてくれ」
音を立てて燃え盛る炎の中で、その一言だけがその場にこだました。
「…え?」
「…MPAは遺伝するらしいんだよね」
「英語科のサッカー部顧問を務める大野天助の自殺」
「異能所持者の検察によると、現場には大量のDAが確認された」
「3時間の睡眠をとり、首を括る前に突如暴れた痕跡がある。」
「まるで…悪魔にうなされたかのように」
「…は?」
「僕の実体は今『ハピネスハウス』っていう場所にいる」
「頼む。僕のパパを…止めてくれ」
「これが最後の贖罪なんだ」
「そして、その罪を…世に告発…
「晴れて…森閑学園に……」
少しずつ雲原の体が消えていく。
「待ちやがれよ!!!」
夢から覚めたような気分だった。なんだか、動悸が高まっている。
この数週間の間の自分がまるで嘘みたいに遠くにいるようだ。
「雲原!!雲原ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」




