第十一話 人狼ゲーム
馬場谷山荘行きの都営バス
「うえーーい!」
「カラオケしようぜ」
「ヤッターマン、コーヒー、
「レク早く出てこいよ」
「混浴あるか?」
バスの中の喧騒はうたた寝しかける翔駒の機嫌を損ねた。
嬌声が鼓膜を刺激する。
「エッ?!通知きたって!」
「まじまじ?」
「早く撮んないと〜」
特に隣の席に座る戸部綾乃は一際声が大きい。
例の事件当日トイレに篭っていたという制服改造したおかっぱの恵子もそこにはいた。
《パシャ》
「うおっ…」
綾乃の撮った写真に翔駒が映り込む。
「あ?ごめーん。」
(おいおいマジか…)
『災難だな翔駒』
『ご愁傷様』
翔駒がもたれかかっている座席と窓の間から天童の顔が出てくる。
「うおっ!びっくりした」
「おい、君たち。俺らは人狼やるけどどうする?」
制服の上にコートを羽織った赤坂がシートベルトが伸びるギリギリの所まで出て翔駒達に話しかけた。
「お前ら、カラオケしようぜ」
低身長で短髪、一重の小金という生徒が反対側から誘ってきた。
極度の緊張のせいか彼の自己紹介の時は聞きそびれていたが、どのような人間なのだろうか。
「翔駒どーする?」
隣ではしゃぐ綾乃らをチラ見する。
『横気まずいし人狼の方いくわ』
「おけ笑」
自動車信号が赤になった所で、バスの最後尾の方へと足を運ぶ。
「俺ゲームマスターね!」
八田という平凡な顔つきの好青年が名乗り出た。
その他には雅と太、赤坂、そして深田と宮部、新保そして長岡という生徒がいた。
『雅クン案外ノリいいんだね』
天童が囁く。
「なんとなく数足りねえなぁ」
「うーん…」
その時、バスの前の方で嫌な声がこだまする。
「ユウキちゃーん」
「俺らと一緒に、歌おうや」
小金らが優希と馴れ馴れしく肩を組み、カラオケに誘う。
優希は面倒といった苦笑いの表情になるが、その顔の奥には何かそれ以上の感情があるように思えた。
「嫌がってんじゃん、やめたげたら?」
「ホント性格わる…」
綾乃らが真顔で小金らを非難した。
「はぁ?w言っとくけど普段のお前らも大概だからな?」
薄ら笑いを浮かべながら、女子達と距離を詰めていく。
「うわっ、近づくな」
小金のプライドが完全に傷つけられ、顔が引き攣っていくのがわかった。
「もうよせ小金」
「ボーカルの前にこんなくだらないことで喧嘩したら気分が悪くなるだろ」
雅が血管を浮き立たせた小金の肩に手を置いて、制止する。
身長差は歴然で、作業服を着たその姿は大人と言われても驚かないレベルの威圧感があった。
『雅クン、案外ああいう輩と話すんだ』
『話すというか普通に注意だろ』
『正義感が強いんだろうな』
『昨日の件も、』
翔駒の脳裏に雅が悪童を投げ倒す光景、雅がテロ組織の首領と交戦するがよぎった。
(俺は…何もできないままなのか)
「…〜〜〜〜〜ッ!」
雅が反射する綾乃の瞳がまた目に見えてハート型に変わった。
「どうした?えずいているのか?」
純粋に聞く。
「あのォ…今度、時間あれば…その…」
「例えば…野球の試合とか?…行ってみたいなーみたいな…」
「???何の話だ?1人で行きたいのか?」
「家とか大変そうだし?」
「クラスメートとして…もっと沢嶋君のこと知りたいな」
「…」
心配して損したという顔で再び最後尾の方に戻っていく。
「…」
「失敗したぁあ〜〜!!!!」
「うおっ、ちょっと…やめてよ〜」
「綾乃、アタックの仕方下手すぎな?」
「彼天然すぎ…」
「ちょっと最後ウブだったくね?w」
「…すまん。戻ってきた」
「人狼しよう」
雅が優希を連れて戻ってくる。
(何だこのモテ男が…俺が人狼になったら絶対初日噛んでやる)
深田という生徒は心の中で勝手に因縁をつけ、静かに怒った。
その目の中では深い憎悪と嫉妬の感情が渦巻いているようだ。
「優希君やんの?」
「あ、うん…」
「役職は占い師と狩人と霊媒師と狂人が1人ずつ、人狼が2人で後は市民ね」
「うし、じゃあまず役職から言ってくから伏せて」
八田の指示に従い、全員が伏せる。
(ちょっとだけ外見てもバレないかな?)
翔駒は顔を隠している手の指の隙間から外を覗く。
「今背中叩かれた人人狼ね」
やっぱりこんなのやめよう。正々堂々やるんだ。
そう思って再び顔を伏せようとしたその時。
「…」
天童が顔を隠していた本を異能で透過してガッツリカンニングしてたのを発見してしまった。
目配せで天童にやめるように催促するが、面白がって止めない。
『おい!お前バレたらやばいぞ!』
『哉太さんも言ってただろ!』
『ヒヒヒ』
悪びれる様子もない。
「はいみんな顔あげてー」
「俺占い師!」
天パでノンデリだと噂の男子生徒、宮部は声を張り上げて主張した。
(ケッ、こいつトークおもんないくせに女子と話しててムカつくんだよな…)
(キレ症のくせに、何で女子に人気なんだよ…)
深田は親指の爪を噛みながら陰気臭いオーラを漂わせて上目遣いで宮部を見つめる。
「俺も占い師なんだけど」
天童が便乗して名乗りを上げた。
「は?!俺が本物だよお前ら信じてくれるよな!」
「こいつは偽物!」
「いや、こいつがfakeで俺がrealだぜ」
「こんな胡散臭い金髪のこと信用すんなよ!」
宮部の唾が飛ぶ。
「おちつけ」
「感情論で決めるのが一番しょうもないぞお前ら」
深田が落ち着いて宮部を諭す。
「あたぼうよ」
天童がなぜか手柄顔になり、鼻を高くする。
「一応タイマーとか使う?」
「いらん」
ゲームマスターの八田が全員に問いかけるが、即答される。
「占い師名乗りが2人いるってことは確実に2人のうちの誰かが人狼だろ?」
「適当に宮部と天童のどっちか吊って、霊媒結果黒ならそれで1人確殺。白でも片方黒が確定するから次の日確殺」
深田が熱弁し始める。
「だが狂人が演じている可能性の方が高いだろう」
雅が足を組んで淡々と喋る。
「そうだな…」
「狩人は名乗って、霊媒師を守…
「狩人は潜伏させておいた方がいい」
「この場合2人の人狼が2人の占い候補の他にいたとして、まず狩人を噛みたがるのは当たり前だ」
「…他に選択肢がないな」
「占いと霊媒結果で黒判定が出るのは人狼だけだから、現状確定できる霊媒師を守らせる」
「あとはシラミ潰しだ」
「人狼または狂人が霊媒師の対抗に出てきたらどうしますか?」
太が問う。
「うーん…初日で出ない時点で利敵と判断するべきだなァん」
長岡は鼻水を垂らして小刻みに震える。
「太人狼臭くね?太ってるし普段から人食っとるんとちゃうん?w」
「なっ、お前何事にも限度があるべや!」
天童は宮部のデリカシーの欠いたいじりに憤慨する。
「いや、先ほどの発言の流れもあって太が人狼の線は薄いと踏んでる」
深田は冷静に推理を続ける。
(雅…俺が誰よりも目立ってその化けの皮を剥いでやるよ!待ってろ…モテ男が)
「まぁどちらにせよ、霊媒師。出てきてくれ」
「いやーお前かよ人狼!」
「緊張しましたねー」
「…緊張したべや。」
太が笑みを浮かべて照れくさそうに頭を掻き、宮部はつまらないといった表情で爪を覗き込んでいる。
「宮部途中仲間うちしてたな、あれも戦略のうちか」
「知らね。」
唇を尖らせて拗ねてしまっているようだ。
「俺なんもできんかったワ…」
新保が天井を見上げ、儚げな表情で黙り込む。
「まぁ、仕方ない。人狼初心者がいきなり狂人をやったらこんなことにもなる。」
深田は間髪入れずにすかさずフォローを入れた。
『深田…なんか上から目線でうざくね?』
『もう殴りに行くわ。』
『天童お前どうした…』
『ムシャクシャするぜ。宮部のヤツ、俺が初日死んだ時《死人に口なし〜ホワァ〜ふぃー》とか言ってきやがって。』
『次のパーキングエリアで風穴開けたるわ。』
(いくらなんでも真似の仕方誇張しすぎだろ…)
『アホか、ほどほどにしとけよ。』
翔駒は優希が視線に入る。
やはりどこか憂いているようだ。何があったのだろう
「あ、優希クンどうだった?人狼」
「あ、あぁ〜」
「楽しかったです、はい」
「優希クン今日あんま話してなかったね。なんかあった?いつでも相談乗るよ」
「あ、ありがとうございます」
「ちな役職なんだった?やっぱ市民?」
「ぼっ僕は、狩人でしたね…」
「マジ?!じゃあずっと霊媒師守ってたんだ」
「ナイスプレーだよ優希クン!」
【毎ターン同じことを繰り返すことの何がナイスプレーなんだ?】
「うっ」
【こいつも人種が違う。殺したい】
「…っ」
優希の顔が引き攣り始める。
「?優希クン大丈夫?体調優れねえか?」
「いや、大丈夫ですよ…、」
「その、翔駒さんも今日結構静かでしたね、は、は」
「うん…」
【喋り方がまるで俺等を馬鹿にしてる。鼻につくよな?殺してやりたいよな??】
【ヒヒッヒヒヒヒ】
「…」
「…ごめん、何か」
翔駒は体調が悪そうな優希からそっと離れた。
「あーあー!なんてーー!」
「あなたの希望がー」
「このままどこまで行けるのー」
「大好物はね!」
「あの時妙にー」
「限りない夢を〜」
「僕は気づ〜け〜なかった〜」
生徒たちは次々とマイクをまわして、片手に持ち熱唱している。
バスはトンネルに突入した。
「うぇっ!通信わっる!」
「最悪なんですけど」
女子たちはスマホの通信が悪くなったことに怒って悪態をついている。
「みて。萌え袖かわいくなーい?」
「他校の佐田っちに色々改造してもらいましたー」
「えー、すごいかわちい」
「ハァ、ハァ…」
「長門…ちょっとやべぇわ。」
「…小金?動悸か?」
「「あぶなぁぁぁぁぁぁぁい!!」」
突然、様子が豹変した小金がシートベルトから逃れて運転席に駆け出し、飛び掛かる。
「うわっ!何をするんだ!」
40代後半の薄毛絶賛進行中の運転手は血相を変えて小金に抵抗する。
「小金?!」
「どしたん!」
アクセルが強く踏み込まれた。
その時。
《ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ》
バスの背後の岩盤が轟音を伴い崩落する。
「うわぁーあーあー!!?」
「何あれ!なにあれえええ」
「やばしゅぎー!!」
「ホッホーー!!」
トンネルを抜けると同時に、女子達のスマホに通知がピロンと鳴って表示される。
「え…嘘…何これ」
「これウチの近くだ」
{飯田原 外国籍の男が老夫婦の自宅に侵入して殺害 被害者の腹部に共通して食痕が発見される}
{沢中扇通りで通行人が突然暴行を受ける 『まるで取り憑かれたようだ』}
{長柄南口 暴力団組織の幹部逮捕 直後警察車両に落雷 4名殉職}
{長柄 暴力団幹部逮捕時に落雷 その場に居合わせた通行人含め6人が死亡}
飯田原金丹通りにて
アロハシャツの男はライターを取り出した。
「政府の揉み消しができなくなった今、異能は突発的に起きたものだと国民に言い聞かせようとしている」
「だが、政府はこれまでの隠蔽工作に関わってきた公務員や裏社会の人間がどれほど日本にいるのかわかってない。」
「もう何人もの関係者達が告発している。今更遅いんだ。もう全ては始まってるんだよ」
「錦城さんは…」
「俺だってそうだ」
「これから長い間世界は低迷期に入る。だからこそ、武力は個人で身につけなくてはいけない」
右手がみるみる紫に変化していく。
「自分たちの命を守るために」
「…あっ、そこのレストラン俺の行きつけだ」
「げっ、秋元のとこがケツモチしてる店ですよ…」
「皆さん!後部座席の方達、無事ですか?!」
冷や汗をかいた小田が声を張り上げる。
「大丈夫です!」
生真面目そうな赤坂の返事に、一瞬頬を緩めて安堵の表情を浮かべた。
「このまま山荘に行きます。緊急事態ですので、着いたらすぐホールに移動してください」
「くれぐれも声を出さないようにしてください。申し訳ございませんが、今から私語禁止です」
『落石程度で大袈裟なんだよ!』
『はやく風呂入らせろや』
『てか混浴あるか?』
バスの中で不満の声がヒソヒソと行き交う。
「皆さァん!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「先生の言うことは聞いてください!!!!!!!!静粛に!!!!」
全員の背筋が海老反りになる。
バスはトンネルを何度も抜けて、ようやく山荘へと辿り着けた。
慣れたように二列横隊が形成され、列を成して入り口に生徒達が入っていく。
ホールに集まった生徒達。
「皆さん、責任者の真斗と申します」
「まず、最初に先程2号車が危うく事故に巻き込まれるところを、どういうわけか小金くんの咄嗟の判断で切り抜けることができたと聞いています」
「まずは彼の勇敢な行いに拍手を!」
《パチパチパチパチ》
『…覚えてねえよ』
震えた声で小金が言ったのを翔駒は聞き逃さなかった。
覚えていない?どういうことだ?
まぁそこからの話は何も入ってこなかった。まぁまずは風呂入って落ち着くってこった。
「聴いたか?緑川達によると…」
「混浴があるらしいぜ!」
天童が寄ってくる。
「マジ!行くわ…」
ふとホールの方角を向くと、正井が優希を手を引いて廊下の方に引き連れていくのがわかった。
「雅も行こうぜ…」
「あぁ。」
(あの時…微かにDAを感じた)
「着替えろ着替えろー!!」
「お前期待すんなよ、女子いるわけねえから」
天童は扇風機の前に立ちながら囃し立てる。
「してねえよ!」
「男湯でよくないか…リスクを冒したくない」
不安そうに雅が呟く。
「リスクよりロマンだろ!ギブアンドテイクだ!」
「それはなんか違う」
天童が素っ裸で大浴場への両開き扉を開けた!
「ほほーーーーーう!!」
「体なんか洗わねーよい」
「おま!」
内湯の中に飛び込んでいく。
「うわ!!!水風呂じゃーーーー!」
天童がガクブル震えて暴れ出す。
「バチが当たったな」
「はは、雅も言うなぁ」
「うわっ!こっちはコールドシャワーだ」
非日常的な感覚にワイワイしていると、物陰から数名の陰が見えた。
その正体は戸部綾乃と、その取り巻き達であった。
『あかん!!』
(ほんまにきよった!!)
『お前等露天風呂のほうに隠れろ!』
天童の掛け声で慌てて翔駒達が外に隠れる。観葉植物の影や、岩陰などでやり過ごすがやはり誘惑には勝てない。
おそるおそる覗き込むと、ガラス越しでもわかる滑らかなボディラインが目に映り込んだ。
『わ、わ、わ』
鼻血を出して卒倒。
『翔駒ーーーーー!!!!!!』
『俺はお前を忘れない』
「ん、なんか今聞こえたくね?」
「ねーほら言った通りじゃん!男子いるんだって」
「嘘!ウチ等の裸見られてるってこと?!」
「きゃー!」
『天童バカ!終わりじゃねえか!』
『るっせーノコノコ着いてきたお前らも大概だかんな!』
『俺の金髪でこの花とうまく同化できねえか…?』
『逃げるぞ』
雅が神妙な面持ちで2人の真後ろに現れた。
幸いガラスは水滴が付着して内からも外からも見えないようになっている。
『…天童。異能で抜け駆けすることは許さんぞ』
『わあってるよ!』
『このままでは俺たちの学園生活は終わりを迎える。』
『そうならないうちに出るんだ』
『でもどうやって』
『あの柵を登っていくぞ』
『無理だ!上の方は水滴もないし、第一そんなの向こうの奴らにも怪しまれるに決まってる!』
『ええい、一か八かの大博打だぜ!ドーパミン出てきたー!』
『もういい、どうなでもなれ』
そして1人ずつ竹でできた大きな仕切りを登っていく。雅が先陣を切り、翔駒らに支えてもらって少しずつ確実に登っていく。
『お前等…あと少しの辛抱だ』
『よし!逃げるぞ!俺がロープやらなんやらを持ってく…る?』
そこにいたのは、裸体を晒した女子生徒達。
「キャーーーー!!!」
「「雅くん?!」」
雅の筋肉質な肉体はみるみる萎れていき、青白くなっていく。
(右と左もわからなくなってしまったか…)
(人狼でカロリーを消費しすぎたのが敗因だな。フ、フフ)
少しずつ涙袋が浮き出る。雅の裸体は学年の女子達の目にくっきりと焼き付いた。
『あ、こっち側女湯だわ』
『!!!!?????』
『戦死したか雅クン』
『君の最期は忘れないからな』
『勝手に殺してやんなよ…!』
『俺はアイツに生かされた…もし俺が透過してここを通っていたら犠牲になったのは俺だった』
天童は涙を流して女湯の方角に敬礼した。
その後は、なんか普通に女子達が帰るのを待ってからこっそりと混浴を抜け出した。
せっかくの銭湯なのに、お風呂に入った心地がしなかった。
廊下の椅子には、多くの生徒が溜まっておりその中にやつれた雅の姿もあった。
タオルを首に巻き、どんよりした雰囲気で牛乳をちびちびと飲んでいる。
「ミ、ミヤビクーン」
『…』
「大丈夫…だったわけないよね?」
『全て見られた…そして全てを見た』
「それは…深淵を覗くと深淵もまたこちらを覗く的な?」
「だから意味わからんて」
『終わりだ』
「えと、それは自分のジュニアも見られたということでOKです?」
『OKじゃないが…そういうことになる』
「あっ、ご愁傷様ですー」
(軽いな…)
「お、俺は自分の部屋に戻るます」
ぎこちない動きで気まずい場所から逃げるように廊下を練り歩いていく。
その時、見覚えのある髪留めが目に入る。
(あれ…茜?)
今日はいつものショートヘアと違い、ポニーテールのようだ。青髪の先っちょが部屋に入っていく彼女を追っていった。
気は進まないが、少し部屋を覗いてみる。先程の件もあって一時的にメンタルがブーストされたのかもしれない。
それとも、なんだろう。入学してから気分が変だ。落ち着かないというか、それとも違う、落ち着きすぎているような。
部屋の最奥から啜り泣いている声が聞こえる。
体育座りで床を向いているシルエットが目に入り込んだ。
(…)
「…翔駒、君?」
(あっ)「あっ」
「なんで…いるの」
「ちょっとごめん、寄ったら、なんというか、その…」
彼女の顔を向き直す。
「…ごめん。こんなつもりじゃなかった。ほんとごめん」
彼女は両手で目を強く擦ってから歯が見えるようにニコっと作り笑いをした。
「うん…いいの、少し寂しかったから」
「寂しい…」
哉太から送られたメールを思い出す。
「お兄ちゃんがまた仕事で遠くいっちゃったから…翔駒君は知ってたの?」
「まぁ、そうだね…」
「ごめん…ちょっと薄々わかってた」
「え?」
「私もそうだから」
突如、制服を突き破って茜の背中から翼が生え始める。
右翼は青く、左翼は赤く染まっている。
その頃ホールの付近の運動場ではレク係主導のクラス対抗ドッヂボールが行われていた。
そこには雅と天童も参加していた。
(なんだあの胸の張り方!)
(まるで目の前の壁に肩でぶつかるような綺麗すぎるフォーム!)
(雅…恐るべき相手だ)
3組のハンド部 森 昭弘は、雅から繰り出される豪速球に翻弄されていた。
(なんとか目で追うのがやっとだ!)
《ガシッ》
「「掴んだッ!」」
雅と昭弘は同時にボールを所持する。
「やれー!あきひろ!」
「雅君頑張れー!」
「下の方見られたからって萎えんなよ!」
宮部の最悪なフォローが雅のトラウマを再発させ、イップスを引き起こした。
『宮部…』
(俺が狙うのが雅だと思ったか?お前だ!天童 飛鳥!)
ステップを踏み、高くジャンプして方向を強引に天童の方に変えて思いっきり投げ、線ギリギリに着地する。
(避けられねえ!!!!!!!!)
「うそだどんど
(やむを得ない…俺は遊びでも本気なタイプなんだよ)
(『ゴーストメリーゴーランド』)
迫り来る森の豪速球を、間一髪のところで能力を行使して切り抜けた。
「え?」
「なんか今透けなかった?」
「通り抜けたような希ガス〜」
(まずい、今の他のモブ生徒に見られちゃあおらんよな?)
(まぁバレてないな!ヨシ!)
「いいの?茜」
「何が?」
「あんな連中とつるんで…」
「俺が口出すのは良くないと思うけど」
ここでの連中というのは、戸部綾乃達のことを指している。
「…時々思うの」
「ソリが合わない?馬が合わないっていうのかな?」
「なんというか、ノリが合わなくて…たまに行き違ったりして、中学生の時からも外出して遊ぶ時とかよく変な喧嘩ばっかしてた」
「私の羽、飛ぶだけじゃなくてなんか凄いこともできちゃうんだって」
「この話できたの、お兄ちゃんと翔駒くんしかいないな」
「…」
《あんな男たらしと…》
「そっか」
「このことは俺たちだけの秘密だな、当たり前だけど」
「俺はまだしも…茜のはバレたら大変そうだし」
「うん、ありがと…」
「…それと!!」
「?」
「例の落盤の件…」
工場地帯にて
《コツ、コツ》
「どういうことだ?」
「あの土地は鵺子という女のものじゃないのか?」
「いえ、何と言いますか複雑でして…」
「例の裁判の後から、彼から正式な手続きなくあの土地を引き継いだんですよ」
「そんなのどうしようもない!」
「まぁ諦めるべきですな」
「……俺は諦めない…!!」




