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恋の行方 愛の絆

作者: あずきなこ
掲載日:2026/03/03

こちらに訪問していただきありがとうございます。

読者様が不快になる、もしくは苦手な表現(要素)が出てくる可能性がありますので何でもOKという方のみ読み進めれることを推奨させていただきたいと思います。

 「サクマさんお疲れ様です!」


 後方から追いついてきた後輩同僚からそう声をかけられ、私からもお疲れ様と返せばちょうど手にしていた携帯がなった。


 「はい」


 「‥‥あ⁉ナオちゃん?サキコだけどナオちゃん今まだ仕事中?」


 電話をかけてきたのはごく最近連絡先の交換をしたばかりの()()()()()()()友人の奥様である。


 「え?サキさん?あの、先日は大変お世話になりました。私はちょうど会社を出て駅に向かって歩いているところです」


 「ホント?それならよかった!あのね、急なんだけど明日空いてる?もし都合が良ければうちに来てまたケーキでも食べない?」


 まさかサキさんには透視能力でも備わっているのだろうか?

 会社を出てから私の頭の中は何か甘いものが食べたいで埋め尽くされていた。

 それに電話の直前にはこれまで食べたケーキの中で一番おいしかったと言っても過言ではないサキさんお手製のかぼちゃケーキを思い浮かべていたのだ。


 「サキさんはいわゆる霊能力者と言われるようなタイプの方だったんですね?私、ちょうどサキさんのかぼちゃケーキを食べたいと思っていたところなんです!こうなったらもう遠慮もマナーも知ったこっちゃない的に欲望のままぜひお伺いさせていただきます!と即答させていただいてもよいですか?」


 サキさんは電話越しにフフフと笑いながら「そうよ、霊能力者の言うことは素直に従っていただかないと」と告げ、明日は彼女と旦那さんが経営するカフェバーに二度目となる訪問が決定した。


 そして翌日。

 彼女の申し出に素直に甘え、カフェバー近くの駅からは迎えの車に乗せてもらい、昼前には無事店に到着することができた。


 「シュンは朝から釣り仲間と出かけてしまっていないの。店も今日明日は休みだから何時まででもずっとゆっくりしてもらって大丈夫だからね?」


 店には着いたが前回とは違い、店に隣接している、というより見た目は二世帯住宅のような感じになっている別のドアから中に通された。入ってみればやはり店同様、落ち着いたインテリアで統一された大人な雰囲気の空間が広がっていた。


 「あれ?ここってお店ではなくコジマ家宅ですよね?」


 私は店に招待されたと思い込んでいたため多少混乱していたせいか、尋ねる必要もない当たり前のことを口にしていた。だがサキさんは至って普通に「そうなの。ここが私たちの家よ」と返してくれた。


 「ここの土地は元々シュンの両親のもので家も建てられていて家族で住んでいたのだけれど、数年前にナオちゃんたちの会社の駅付近に引っ越しをして今はそこに住んでいるわ。ほら、()()()もちょうどシュンが両親のところに顔を出していてトオルと待ち合わせてここに来ることになっていたのよ」


 あの日‥‥‥

 つい先ほどまでかぼちゃケーキのことしか考えていなかった阿呆な私はここにきてようやく今日ここへ来たことは間違っていたのかもしれないと思い始めた。


 コジマ夫妻は私が思いを寄せている男性の友人である。

 それは彼女の言うあの日に発覚した。偶然その二人とばったり会ってしまった私が流れで一緒にここへ来ることになり、その際紹介された奥様であるサキさんと仲良くなったという経緯がある。


 問題はそのことではなく、私の思い人であるイチジョウトオルさんは()()()であり、好きになった後にその事実が判明したものの、いろいろとあって恋愛感情は持ち続けているという点である。


 そして私が一方的に好きでいるだけで、告白も連絡も何もしていないのに、なぜかイチジョウさんの奥さんから因縁をつけられてしまい、危うく会社を辞めさせられそうになるという恐ろしい体験をしたばかりであるということだ。


 呼び出しに応じて会ったあの美人妻とはもうできれば一生関わりたくはない。

 よって美人妻を勘違いさせるような、余計な刺激を与えないよう細心の注意が必要なのである。


 私はかぼちゃケーキ食べたさに後先考えずここに来てしまったが、サキさんはそのイチジョウさんの親友であり、当然その奥様ともお知り合い、もしくは仲良しである可能性は高く、そうなら完全に詰み、いや、新たな悪夢の再来も十分あり得るということだ。


 私は一分前まで浮かれていたのが嘘のように顔面蒼白となってしまう。


 「ナオちゃん?なんか顔色が良くない気がするけど大丈夫?もしかしてあまり体調がよくないのに無理して来させちゃったかな?」


 だから突然無口になり、動かなくなった私を心配したサキさんがそう言って顔を覗き込んできた。


 「いえ!違うんです!ホント、違いますから!私は大丈夫です!」


 私は慌てて首も手も振りながら否定したが、かえってその慌てぶりが余計に怪しかったのか、サキさんからは部屋に布団を敷くからそこでゆっくり休むようにと説得されてしまった。


 「あの‥‥サキさん、実はお話ししなければならないことがあります‥‥聞いていただけますか?」


 私はその短い間にいろいろと観念し、すべてを話さなければこの状況を打開することなどできないと悟った。だからもうどうにでもなれと半ば投げやりな気持ちでため息まじりの告白を始めた。


 「サキさんはもうすでにお気づきかもしれませんが、私はイチジョウさんのことが好きです。もちろんご結婚されていることは知らずに好きになりました。後になってそのことは知りましたが、それでも気持ちが変わることはありませんでした」


 「ちょっと待ってナオちゃん!なんで今その話?ナオちゃんの具合が悪くなったことと何か関係でもあるの?」


 まあ確かに具合が悪そうにしているものから突然恋愛について語られても戸惑ってしまうだろう。だが今の私にはもうそういった説明のための話の順序など、考える余裕すらないのだ。

 

 「すみません‥‥関係はなさそうで実はあるのですがうまく言えなくて‥‥」


 「そ、そうよね?私が余計な口を挟まず最後まで聞くべきだったわ。もう黙っているから好きなように話してちょうだい」


 私はその言葉に安心し、続けて、好きでいるだけで何も行動は起こしていないのに、なぜか不倫をしていると勘違いした奥さんから会社宛てに手紙が送りつけられたこと。そしてそのことで上司から注意を受けたが事実無根であったため事なきを得ず済んだこと。さらにその後私の方から抗議と関係性の説明のために奥さんに手紙を送るとしばらくして返事がきて二人で会って話をすることになったことなどを話した。


 「それでたとえ不倫の事実はなくとも私が既婚者であるイチジョウさんのことをまだ好きでいること自体が奥様を傷つけているのだと言われたんです。でもそんなのはおかしいと私は反論してもう二度とそんな勝手な妄想で暴走し、迷惑をかけないよう忠告して逃げるように店を出てしまいました」


 「なんていうか、ホント大変だったわね?マジでお疲れ様。で、まずトオルの奥さんのことだけど、実は彼女とは結婚式以来会ったのは一度きりで、はっきり言ってよく知らないの。でもまさかナオちゃんにそんな酷いことをしていたとは‥‥」


 よかった‥‥少なくともサキさんと奥さんは親友ではなさそうだ。

 私はそのことに少しだけほっとしてそこから段々と落ち着きを取り戻していった。


 サキさんは私がイチジョウさんのことを良く思っていることには気づけたが、それが恋愛感情かどうかまではわからなかったと言った。そしてどういうわけかイチジョウさんの方が私に対して恋愛感情に近い好意を抱いているように感じたと言い、そんなイチジョウさんはなかなかレアであるため驚いたが、半面うれしく思い、そんな私に興味が湧いて仲良くなりたいと思って連絡先の交換を申し出たのだと教えてくれた。


 「私はイチジョウさんとスキー場で出会って好きになって、でも既婚者だとわかってからは特に好意がバレないように装っていたし、私からすればイチジョウさんは完全にあるあるなモテ男タイプで、誰にでもやさしいがために相手が勘違いしやすく、トラブルに巻き込まれるのが日常茶飯事なのではないかと思うんです。あと、奥様と会ってみて第一印象はすごくきれいな人だと思いましたが、話していくうちにかなり歪んでいるというか、正直少し病んでいる印象も受けました。本当にただの勘違いの割に確認もせず会社に手紙を送り付けるとかあまりにも常軌を逸していてやはり正気ではないのではと‥‥」


 「まあ話を聞いてみても確かに普通ではない感じよね?それにナオちゃんの推測通りでトオルはかなりモテるの。だからまあいろいろあってトオルが好意を持つ女の子ってレアなわけなのよ。で、思ったんだけど奥さん、トオルとはまったく話していなさそうじゃない?それで部外者が口出しするのもなんだけど、ナオちゃんはすぐにでもトオルとこの件について話したほうがいいと思うんだけど?」


 実は私もそうするべきだとずっと考えてはいたが、そうなるとどうしてもイチジョウさんと連絡を取らなければならなくなる。それはイコール奥さんがまた勝手な妄想で私への攻撃を始めるかもしれないとも考えられ、それが原因で尻込みをしていたのだ。


 「でもそうすると私の方からイチジョウさんに連絡を取ることになってそのことを知った奥様がまた暴走しないとも限らないので悩んでいるんです」


 だからその苦しい胸の内を話し、連絡をとるのは難しいのだと告げてもサキさんからはあっさり一言「大丈夫でしょ!」と返されてしまった。


 唖然とする私に「だってもうトオルと話すわけだから、あとはトオルにすべて任せられるでしょ?ナオちゃんは奥さんのことはトオルに全部丸投げしてあとはもう知らんぷりでいいのよ」とやさしく背を撫でてくれた。


 さらに「そうだ!」と握りこぶしを手のひらでポンと叩く閃いたアクションをして、ここにトオルを呼べばいいだけじゃんと、私が制止する間もなくさっさと彼に電話をかけ始めてしまった。


 心の中で圏外、電車の中、多忙で留守電、なんでもいいからとりあえずは繋がらない状況を祈ってみたが、割とすぐに繋がってしまったようですでにここに来るようにと話をしている。


 「よし!ちょうどよかった!トオルは今晩ここでシュンと待ち合わせていたみたい。だから私が召喚しなくても自動でここに来るわ」


 サキさんはニコニコと機嫌よさそうにキッチンへと向かい、ケーキとコーヒーの準備を始めた。私はソファーから立ち上がり彼女の後を追ってキッチンへ行くと「あの、もしかしてイチジョウさんと今晩ここで話をするのですか?」と恐る恐る尋ねてみた。


 「ん?そうよ。でもこんなにタイミングがいいとかさすがナオちゃんもってる!私もそんな約束をしているなんて知らなかったから余計ビックリ!まあトオルはこの家のことは自分の別宅くらいに思っていそうだし?」


 彼女はそう言って苦笑した。


 いやいや。あなた方の関係性ではまったく問題ないとは思いますが、私個人に関してははっきり言って圏外?いや、ギリお友達認定はされているような関係性の立場というだけで堂々とこの場に居座って話し合いなんて無理です!と、心の中で叫んでいたが、目の前できれいなお皿に取り分けられる世界で一番好きなケーキに気を取られ、気づけばリビングのとても座り心地の良いソファーに出戻っていた。


 そして香りも良い挽きたてのコーヒーと、毎日でも飽きない毎日食べたいくらいに大好きなかぼちゃケーキを堪能することに。


 「サキさんホント天才!よくこんなにおいしいケーキを考案して作りましたよね?冗談でもごますりでもなく、マジのマジでこのケーキは最高です!群を抜いて一番好きです!私は運が良すぎでちょっと怖くなってきました。サキさんに出会えてこのケーキを二回もご馳走になってしまうなんて絶対運を使い果たしてしまいました」


 また阿呆な私に戻り、阿呆なことを話し続けていたが、その後もサキさんが作って冷凍してあるというハンバーグをわざわざ焼いてこれまた手作りだというバーガーパンに新鮮な野菜と一緒に挟んだハンバーガーを用意してくれ、これは市販のもので悪いけれどとフライドポテトまでが添えられた少し遅めのランチまでいただくことになってしまった。


 「なんだかここは居心地が良すぎてものすごいダメ人間になってしまいそうです。でもいっそダメ人間でもいいんじゃないかと速攻開き直れてしまうくらいに帰りたくなくなっています」


 だからついそんな言葉が口からスルッと出てきてしまったが、サキさんはなぜか大げさに高笑いの真似をしながらついにナオちゃんも私の魔の手にかかって堕ちてきたわねと満足そうに仁王立ちをした。


 そんなこんなであっという間に日が落ちてきて、サキさんおすすめの映画を二人で観ていたらいつの間にか旦那さんとイチジョウさんが帰宅していたようでキッチンのカウンターで立ち飲みをしていた。


 「え⁉い、いつの間に?」


 「おっと?ようやく気が付いたか?それでもまあ十分は経っていないかな。ところでナオちゃんがここに来ることは聞いていたが、こんな時間まで留め置くとは聞いていないぞ」


 思わず立ち上がって叫ぶようにして出てしまった言葉であったが、旦那さんもイチジョウさんも冷静に持っていたグラスもそのままリビングの方へと移動してきて左右にあるソファーにそれぞれ腰を下ろした。


 「だって緊急事態が起こったから。ねえ?ナオちゃん?」


 「えっ⁉と‥‥‥‥」


 返答に困っていたのも束の間、サキさんは「と、いうことで!シュンは今から私とお出かけだから」と言いながら座ったばかりのソファーから旦那さんを立たせてどこかへ連れて行こうとしていた。そして私と同様、困惑気味な様子のイチジョウさんに向かって「じゃあ後はよろしく!ナオちゃんとよく話し合って」と鋭い眼差しを向けた。


 直後、出て行ってしまった二人の後を追っていったイチジョウさんであったが、しばらくすると戻ってきた。そして自分が私に何か大変な迷惑をかけているようだと頭を下げ、しっかりと聞くので全部話してほしいと告げてきた。


 私はまず、サキさんたちの行方が気になったのでそのことを尋ねると、ここから車で少し行ったところにあるサキさんの実家に向かったという返答があった。どうやらサキさんのお姉さんが子供と来ているらしく、その甥っ子に当たるおチビちゃんに会いに喜び勇んで向かったということだった。


 「あの、でも家主がいないのにここに居座るというのもなんというか‥‥」


 それでもサキさんが私のために急遽予定を変更してそのようにしてくれたということは解かり切ってきたので、あまりの申し訳なさと居たたまれなさで小さな声でそう呟いてしまった。


 「それなら心配しなくていい。確かにサキの気遣いではあるが、本当に二人とも甥っ子のことは可愛がっていて、養子にくれと毎回頼んではしつこいうるさいとうざがられてるほどだ。それにサキもたまには実家でのんびりしたいというのも本音だろうから気にすることはない」


 そう言われたところで簡単にはいそうですかと受け入れるのも図々しい気がして悩んだが、結局二人で話ができる機会は本当に今しかないと思いなおし、サキさんの心遣いに感謝して話をすることに決めた。


 「では‥‥あの、割と最近のことなのですが、イチジョウさんの奥様がなぜか私とイチジョウさんの関係を疑い、不倫していると勘違いしたらしく、私の会社宛てにその勘違いの内容を記した手紙を送ってきたんです。それで私は上司に呼ばれて話すことになって、それが事実無根の内容であることは認められて特に何も咎められることはなかったのですがきちんと私の方から不倫の事実はないことをはっきり説明する必要があると思って奥様に手紙を送りました。それでしばらくして返信があって二人で会うことになってカフェで待ち合わせてしばらく話をしました‥‥」


 ここまで黙って聞いてくれていたイチジョウさんであったが、ずっと下の方を見ていたのをふと見上げてみれば、首を垂れていた彼の姿に気が付き思わず話を止めてしまった。


 だが話が途切れたことが気になったのか、顔を上げたイチジョウさんがゆっくりと立ち上がり、ソファーの横に正座すると手をついて頭をさげながら謝罪の言葉を口にした。


 私は慌てて彼に近づき同様に正座の状態になるとこんなことは止めてくださいと告げ、ソファーの上に座り直すよう懇願し続けた。するとようやくソファーの上に座り直してはくれたがやはり頭を下げ、本当に申し訳ないと謝罪を繰り返した。


 そしてこの状態に少しイラついてしまった私はやや強めな口調で「イチジョウさんが謝ることではないです。奥様がするべきことだと思います」と感情のままに言葉を放ってしまった。


 「君の言うことは尤もだが、こうなった原因は俺にある。何を言ったところでただの言い訳になってしまうが、聞いてもらえるのならば話したい」


 本当はそんなことを言うつもりもイチジョウさんにこんな辛そうな顔をさせるつもりもなかった。それなのに、彼への思いが溢れ、奥さんへの怒りの気持ちも溢れてきて自分でも表現し難い感情の波が’押し寄せてきてどうにもならなかったのだ。


 だからただ頷くことしかできない私にそれでも「ありがとう」といつもの優しい音色を返してくれる彼に涙を見せないよう顔は上げられないまま彼の紡ぐ言葉に耳を傾けていた。


 「実は俺たち夫婦は半年ほど前から別居しているんだ。俺はそのことを家族以外には誰にも話していないが、彼女は自分の友人数人には話しているようで、そのうちの一人からはそのことで話を聞かれ、責められることもあった。それでそんな状態でいるのは良くないとわかっていたからもちろん離婚に向けての話し合いもしてきたがなかなか進んでいないというのが現状なんだ。今回のことは恐らく別居中とはいえ、夫婦関係は変わらないのに俺が好き勝手な行動をしていることで彼女の方がいろいろと疑念を抱くようになってしまい、君にまで迷惑をかけることになったのだと思う。なぜ彼女がそんな愚かな行動を起こす前に俺に話さなかったのかはわからないが、そのことにまったく気が付かなかった自分も情けないし、そんな自分自身に今とても腹が立っている。とにかく、まずは彼女と会ってきちんと話す。それで君には改めてきちんと謝罪させる。もちろん俺もだ」


 私は最初の一言で呆然とし、そのあとに続いた彼の言葉は耳をすり抜けていった。別居?彼は間違いなく奥さんと別居していると口にした。でもなぜ?なぜ別居しているのだろう?彼はその理由については言及していない。


 「あの‥‥なぜ、どうして奥様と別居なさっているのですか?」


 だから咄嗟にそう口から言葉が漏れ出てしまったのだ。

 それでも彼は「それは‥‥‥」と言葉を濁し、申し訳ないが話せないと答えた。


 私は一体何に対してショックを受けているのか自分でもわからないままただ黙していたが、彼は続けて私をまっすぐに見据え、自分に原因があるのだとはっきり明言した。その姿が私には奥さんを守っているようにも感じられ、それが夫婦という二人の間にある確かな絆なのだと突き付けられてしまったような気がしたのだ。


 「そうですか‥‥イチジョウさんは奥様のことをとても愛していらっしゃるのですね?そのことを直接きちんと奥様に伝えて差し上げるのがよいのではないかと思います。これからお二人でよく話合われてください。それと私への謝罪はもう結構です。手紙の件も忘れてください。どうぞ奥様とお幸せに‥‥」


 私はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。


 それ以上もし何かを口にすればもう涙を止めることはできないだろう。

 絶対に彼に涙など見せたくなかった私はソファーから立ち上がると頭を下げ、急いで玄関の方へと足を向けた。


 だがそんな私の気も知らず、彼は私をを追いかけてきた。

 そして追いついた玄関先で私の手を取った。


 「‼ごめん‥‥‥」


 彼は一瞬、自分のその行動に驚いているようにも見えたがすぐに手を離して謝罪した。私はそんな彼を前に、できるだけ冷静を装い失礼を詫びながら帰宅を告げた。


 「では家まで送ろう。俺に送られることは気が進まないと思うが、タクシーだと思って代わりに送らせてもらいたい」


 そんな辛そうな言葉が聞こえてきたのと同時に私の携帯がなった。

 私が彼に目線を合わせると、彼は頷き私から少し距離をとった。


 のろのろとした指先で触れ、繋がった相手はサキさんだった。


 「ナオちゃん?邪魔してごめん!今、ちょっとだけいい?」


 「はい‥‥」


 「今からそっちに戻るから帰らないで待っていてほしいの」


 「⁉‥‥え、えっと‥‥‥」


 まさに今、帰ろうとしていたところであったため、驚きとともにどう返事をするべきか悩んでいたが、そんなことすらお見通しとばかりに彼女はすぐだから絶対そこにいてと言い残し切ってしまった。


 しかもイチジョウさんのところにも同じタイミングで旦那さんから連絡があったようで、同じようにここで待てと言われたらしい。イチジョウさんがとりあえずリビングで待とうと言って私をそちらへと促し、結局二人とも元に戻ってソファーに座ることになったが、さすがに気まずい雰囲気を変えることはできなかった。


 だが反面、居たたまれないというのはまさにこんな状況を指すのだろうと、どこか冷静な思考でいられる自分に少しだけほっとしてもいた。イチジョウさんも冷静さを取り戻せたのか、私に何か飲もうと言ってキッチンに行き、手慣れた様子で準備を始めた。


 意外にもその飲み物効果なのか、気まずい雰囲気は徐々に拡散されていき、いつの間にか始まっていた世間話でリラックスムードも漂い始めていた。


 そこへ家主だというのに「ただいま?」となぜかとても申し訳なさそうに入室してきた二人は「きちんと話はできたのかな?」と言いながらソファーに腰をおろした。


 そしてとりあえず時間が時間なので今日のところはナオちゃんは私と一緒に甥っ子のところに行こう!とサキさんから謎の誘いを掛けられた。


 突然そんな誘いを投げかけられてしまった私ははいともいいえとも答えられずにいたのだが、心無しか不貞腐れているようにも見える旦那さんが「ナオちゃん?俺の甥っ子のかわいさは発狂レベルだから覚悟して行くように」とさらに答えに困る忠告までされてしまう羽目になった。


 結局サキさんから超かわいい甥っ子自慢をしたいので今晩は自分の実家に一緒に泊まるよう懇願され、前回の反省もあって今回は素直にその真意と気遣いに感謝して受け入れサキさんに言われるがまま車に乗り込み彼女の実家へと移動することになった。


 「なんかいつも強引?な感じでごめんね?」


 車中でそう呟いたサキさんに慌てて「そんなことはありません!こちらこそいつもいろいろ助けていただいて‥‥なんか本当にすみません‥‥」と返して頭を下げた。


 そして私とイチジョウさんの会話をそのまま伝え、最終的に完全に失恋したことを告げた。


 「う~んナオちゃんはちょっと先走りし過ぎというか、勘違いしているというか、私からすると失恋はしていないと思うのよね。でもまあトオルが悪いわ。そう!トオルがダメダメ過ぎなのよ!」


 サキさんは呆れながらそう告げ、イチジョウさんと奥さんの別居の原因については自分たちも本当に聞かされていないが、その前に二人の間に起きたゴタゴタの件が影響していることは恐らく間違いないだろうと言って少しだけそのことについて話しをしてくれた。


 それは簡潔に言えば子供に関してのことであった。


 二人の間に子供はいないが、そのことで二人は少しゴタゴタしてしまい、その時に奥さんの方から離婚話を切り出された。それでもよくある夫婦の問題であり、その後は収まり落ち着いていると思っていた。だが実は別居していたと知り、もしかすると収まっておらず、それを引きずっているのではないかと彼女は推測した。


 その後彼女の実家に到着し、玄関に入ると目の前によちよち歩きの天使が現れた。この子が噂の可愛い甥っ子ちゃんだとすぐに気がついたが、想像以上の可愛さにマジで卒倒しそうになっていた。


 サキさんの旦那さんが言っていた発狂レベルの可愛さの意味をここで知ることになったわけだが、どうも他人に対する警戒心の無さからなのか、天使が近づいてきて私の足につかまりその神々しい笑顔で見上げられてしまい、まさか本当に発狂しそうになるとは思いもよらなかった。


 そしてその後はサキさんの家族の中に混ざり、一緒に夕食を頂きながら少しの間、自身の問題のことは忘れ、ただ楽しく過ごすことができた。


 「子供って皆、本当にかわいいですよね?私なんて結婚相手もいないのに子供が欲しくなってきてしまいました」


 だから素直にまた思ったことが口からスルッと出てきてしまったのだが、次のサキさんの言葉でやっぱり自分は阿呆であることをつくづく実感してしまうことになった。


 「そうよね~私もホントにそう思う。でもどんなに欲しいと思っても、こればっかりはどうしようもない。妊娠するしないっていうのもあるけれど、妊娠したとして無事に生まれてくるかどうかもわからないし、まったくもって自分たちではどうしようもない領域の話よ」


 そうか‥‥

 サキさんたちは結婚されて数年。お子さんはいらっしゃらない。


 私のような阿呆はつい、結婚=家族=子供のような安易な思考に陥りやすいが、人それぞれであり、たとえ結婚を選択したとしても二人だけで楽しく暮らす人もいれば子供を持って暮らす人もいる。どんなパターンであっても型通りの思考で言葉を口にすれば相手を傷つけてしまう可能性もあるのだ。


 だが私が自身のそんな阿呆さに呆れ果てているのを尻目に、サキさんは余裕の笑顔で子供の話をし始めた。自分も旦那さんも子供が好きでずっと努力はしているものの、今のところ結果は出ていない。そして周囲の人たちからは様々な形で子供に関して尋ねられることもあるが、その時は素直に欲しいと思っているがまだいないのだと返していると教えてくれた。


 サキさんはやはりとても素敵なかっこいい大人の女性だ。

 私はそう改めて認識することができた。どういうわけか、私の周囲にいる先輩女性たちは本当に皆素敵で人間性も素晴らしい方ばかり。なんてラッキーなんだとしみじみしているとお酒を勧められ、少し頂いて気分も良くなってきた。それからおいしいお菓子なども食べさせてもらったりして最後はお風呂にも入らせてもらい、結婚前のそのままの状態になっているというサキさんの部屋で一緒に休むことになった。


 翌日は私の希望で近くの駅まで車で送ってもらい、そこから来た時と同じルートで帰宅した。サキさんからはもう一度イチジョウさんとゆっくり話し合うことを助言されたがそれを断っての帰宅となった。


 それから私はしばらくの間、自身の日常を過ごしていた。

 

 週五日仕事をして、同僚とお茶を飲んだりランチを食べたり、終業後にはたまに飲みに行ったりもした。休日には買い物に出かけたりただ家でのんびり過ごしたり、散歩に出て季節の匂いを感じてワクワクしたりもしていた。


 だが一月ほどが経過したある日、突如として非日常が訪れた。

 

 いつものように受付の仕事についていた時、目の前にイチジョウさんの奥さんが現れたのだ。驚きのあまり固まる私に戸惑いながらもすぐさま隣に座っていた先輩同僚が代わり対応してくれた。


 「いえ、私はこちらのサクマさんに用がありますので‥‥サクマさん、突然ごめんなさい。今日少しお時間を頂けないかしら?急で本当に申し訳ないのだけれどお願いできませんか?」


 そんな先輩同僚を遮り、私にそう告げた彼女になんと返すべきか考えていると、その様子を見ていた先輩同僚がここは任せてと言い、左手奥にある談話コーナーを指し頷いた。


 すると時計を確認するまでもなく、終業のチャイムが鳴り響いた。

 私は先輩同僚に頭を下げると目の前の彼女を談話コーナーへと導いた。


 「あの、私に何か御用でしょうか?」


 私はできるだけ冷静を装って静かにそう尋ねた。


 「私とトオルのことでお話したいことがあってきたの。私は明日の夜の便でヨーロッパへ発つ予定だからその前にと思って‥‥‥」


 この時の私の頭の中は?だらけで正直返すべき言葉がまったく出てこなかった。

 でもそれを察したらしい彼女が苦笑しながら詳細を話すのでよかったら外に出ないかと提案してきた。私はなんとか頷いて急ぎ職場へと戻り、慌てて着替えて戻るとタクシーを呼んでいた彼女に連れられ行ったことがない駅周辺のとある場所で一緒に降りることになった。


 「ここは以前、会社の同僚とよく来ていたお店なの。会社を辞めてからもたまに来ることもあったのだけれど、もうしばらくはここに来ることもできなくなるから最後にと思って。付き合わせて悪いけれどおいしいマフィンと紅茶をご馳走するから許して」


 そうだった。

 彼女は以前、イチジョウさんと同じ会社で働いていたのだから、この駅周辺のことは知っていて当たり前かもしれない。でも会社のあるあちら側ではなく、私の会社があるこちら側の駅周辺のことを知っているのは意外だった。


 それにどうも以前会って話した時の印象とだいぶ違う。

 表情はやわらかく落ち着いているし、何よりちょっと茶目っ気を感じてしまうのは私の目がおかしくなってしまったのだろうか?


 とにかく、よく見ないとお店だとはわからず通り過ぎてしまいそうな一軒家のドアを開け、中に入ると靴を脱いであがる畳のスペースにソファーが置かれた和モダンに目が惹きつけられた。


 「いらっしゃいませ!あら?ま~リサちゃん?随分久しぶりじゃなの!」


 奥から出てきた母親よりも少し上くらいに見える年ごろの上品な女性がそう声をかけてきた。リサという名前はもちろんイチジョウさんの奥さんである彼女の名前だ。


 「ご無沙汰しています。実は私、明日日本を離れるので最後にユウコさんのマフィンと紅茶をいただきに来たんです。それで急なんですけれど、もし空いていれば‥‥」


 「もちろんよ!空いているから奥へどうぞ!いつものマフィンと紅茶でいいかしら?すぐに持っていくから待っていてね」


 彼女の言葉を遮りユウコさんというらしい店主がそう告げた。

 私は彼女に案内されて店の奥へと進んで行くと、大きな暖簾がかけられた場所で足止めた。そしてそこをくぐり中へと入ると先ほど見た和モダン席を少しせまくしたようなスペースがあった。


 靴を脱いで揃え、ソファーに座ると彼女は言った。


 「ここはね、よく来ていた私たちがいつも三人か四人だったから、空いている時はユウコさんがここに通してくれていたの。四人までのグループなら運が良ければここに通される人たちもいるみたい」


 そう話す彼女はとても穏やかなやさしい笑顔であの時話した彼女(ひと)と同一人物だとは到底思えないのであるが、間違いなく同一人物のイチジョウさんの奥さんである。


 私は相槌程度でほとんど口を開かず聞き役に徹していたが、程なくして良い香りとともにマフィンと紅茶が運ばれてきた。そして「ごゆっくりどうぞ」と一言告げ、去っていく店主を見送っていると向かいに座る彼女が本当にうれしそうに紅茶に口をつけ、マフィンを食べ始めた。


 つられるように自分も手をのばし、紅茶に口をつけるとほんのりジンジャーとレモンの香りが広がった。さらに先ほどから気になっていたマフィンもナイフで小さく切り分け添えてあったバターをつけてフォークにさして口に運んだ。ホクホクとした何かとごろごろ入ったチョコレートが絶妙にマッチした丁度良い甘さの好みの味に思わず口がほころんでしまう。


 少しの間、会話もなく、互いにマフィンと紅茶を堪能するだけの時間が流れていたが、突然彼女の方からそのまま食べながら話を聞いてほしいと言われ、そこで現実に戻されたようにはっとなった。


 こんなにほのぼのとしている場合ではなかった。

 そもそももう二度と関わりたくないと思っていた相手からの誘いでここに来て、どんな話をされるのか戦々恐々としていたはずが、すぐ甘いものに釣られ、あまりにも単純すぎる自分にため息が出そうになっていた。


 それでもそんな自分に一切の嫌悪感や対抗心も感じられない凪いだ雰囲気を不思議に思いながら彼女の話に耳を傾けた。


 「まずは謝罪からさせてください。本当にとんでもないご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。謝ったところで許していただけるとは思っていませんが、本当に反省しています。ごめんなさい!それで、あの当時の私はトオルに執着しすぎるあまり他が何もまったく見えていなかったんです。というか、トオルに関係する私の知らない女性はすべて敵に見えていたような感じでした。サクマさんのことはここに一緒によく来ていた元同僚で今でも仲のよい友人からいろいろと聞かされ、サクマさんがトオルに恋愛感情を持っているのは間違いないから気を付けるように言われてそこからおかしくなっていった気がします」


 「あの、そのご友人は私と面識のある方なんでしょうか?」


 「‥‥恐らくないと思うわ。会社のスキーに行ったメンバーの中に私の友人は誰も入っていなかったはずだから。一緒に行ったトオルの同僚からいろいろ話を聞いて想像したというか、疑ったのではないかと‥‥トオルは会社でもとてもモテていたのよ。私がトオルと結婚できたのも私がそう()()()()から。余計な横やりが入る前にプロポーズされたっていう嘘の噂を流して強制的にハッピーエンドを演出したのよ‥‥」


 「‥‥それでもイチジョウさんは奥様と結婚されてずっとお二人で生活されていたんですから何も問題ないのでは?」


 「もちろん私も最初はそう思っていたわ。でも違ったのよ。トオルは嫌いではない私を受け入れただけ。責任を取ったという言い方は好きじゃないけれど、まあそういう感じだったのだと思う。トオルは私のことをずっと大切にしてくれていたし、常に誠実でいてくれたことも理解はしている。でもそれだけだったの。一緒に暮らす間に築かれた絆は確かにあるとは思うけれど、私への恋愛の意味での愛を感じることは一度もなかった‥‥‥」


 瞬間、とても悲し気な表情を見せた彼女にとても胸が痛んだ。

 だが私が彼女を癒せるとは思えないし、そんな自信もない。


 「あの‥‥私はそんなことはないと思うんです‥‥人って自分に自信を持てなくなるとすべてにネガティブな感情を持ってしまいがちですし、ましてや好きな人のことになるとちょっとしたことでも不安な気持ちになってしまうことはよくあると思うんですよね?だからその‥‥もしもそれが別居されている理由なら、今のその奥様の気持ちをきちんと伝えてもう一度話し合われてはいかがでしょうか?」


 なのに口からはそんな言葉が出てきてしまった。自分でもなぜかはわからない。

 それでも今の彼女を見ていると、なんとか元気を出してもらいたいと、そう思ってしまうのだ。


 「ふふふ‥‥あなたは本当にお人好しがすぎるのではない?自分を冤罪で陥れようとした相手をそんなにやさしい言葉で慰めようとするなんて‥‥それにね、別居の理由は違うの。私たちになかなか子供ができなかったから、私が医者に診てもらったりしてそういう子供を持つためのいろいろな努力を求めたのを拒否されたからなのよ。美男美女のカップルで二人の間に生まれてくる子はどれだけかわいいのだろうってずっと言われ続けて顔を合わせる度にまだですか?楽しみですねとプレッシャーが与えられる私の身にもなって欲しかった。それなのにあくまで自然でいいという主張を曲げないトオルに我慢できなくなって離婚を突き付けて私が家を出たの」


 そうだったのか‥‥‥

 だからといってこのことに関して夫婦以外の誰かが口出しするのは違う気がした。


 「でもね、離婚を言い出した私の方が離婚を引き延ばして別居していても誰にも近寄らせないよう見張ってトオルに執着していたの。トオルに対する不満と怒りでかなりおかしくなっていた自覚もある。それでもトオルは全部自分のせいにして私が正気を取り戻すのを待っていてくれた」


 沈黙した私に続けて話をし始めた彼女はその後もコジマ夫妻宅ですべてを聞いたイチジョウさんから自分たちのことで他人を巻き込み免罪で陥れようとしたことだけは絶対にしてはならないことだったと初めて声を荒げ注意されたことや、驚くことに奥さんには実はもう別に交際している相手がいるということを伝えられた。


 そしてなにより衝撃を受けたのはイチジョウさんにも()()()()()()()という話しだった。


 彼女は私が馬鹿正直に本当に何もしていなかったことと、彼女の方がイチジョウさんを裏切り別の男性と交際しはじめたのにも関わらず、一切責めることなくイチジョウさんがずっと誠実でいてくれたことで深く反省し、正気も取り戻して正式に離婚し、その交際相手が赴任するというヨーロッパへ一緒についていくのだと告げた。


 私にはイチジョウさんが誠実でいてくれたという彼女の言葉とイチジョウさんには好きな人がいるという話が結びつかないような気がして頭の中でグルグルしていると、そんな私を嘲笑うかのように超特大スマッシュが浴びせられた。


 「あれ?なんだか思っていたリアクションと違う?トオルの好きな人ってあなたのことよ、サクマさん?これまでずっとトオルが好きになる女性ってどんな人だろうと想像してきたけれど、正直意外だったわ。サクマさんのような可愛らしい容姿はまあいいとして、性格的に頑固っぽい感じでガードも堅くてアプローチしづらい子は苦手だと勝手に思い込んでいたから。私のように気が強くて自信満々な感じのタイプも苦手だけれど、だからといって真逆のタイプも受付けなさそうだし、なんとなく自分と同じ真面目でしっかりもののクール系美女とか?なんかそんな感じの女性を想像していたのよね」


 ()()()

 イチジョウさんの好きな人がわたし?

 

 聞き間違いではないかと思い、そう心の中で呟いたつもりがしっかり口に出ていたらしく、ちょっと呆れ顔の彼女の口から改めてトオルが好きなのは()()()()()よとゆっくりはっきりと伝えられることになってしまった。


 「トオルはあの容姿であの体格、しかもあの性格でしょ?まああの容姿ならチャラ男がフィットするところを真逆の誠実真面目男だからね~モテすぎてあしらうのに必死だったトオルがようやく初恋できたことに実はちょっと感動しているくらいなのよ。まあサクマさんもいい加減真面目でお人好しでトオルといい勝負だからこのままだと私が流行りの悪役令嬢?として名を馳せることにもなりかねないから一応トオルの尻も叩いておいたけれどさっさとくっついてくれると有難いわ」


 なんだろう?

 私はこれまで好きになった人は何人かいるが、それはあくまでかっこよいな~とか、良い人だな~の延長であり、恋愛感情と呼ぶには躊躇してしまうような、そんな微妙な好意だった。


 私にとってイチジョウさんは初めて感情が揺さぶられる特別な相手だったことは間違いない。


 でもまさか既婚者であった特別な恋の相手と相思相愛になる未来など誰が予想できたであろうか?しかもそれが現実になるという奇跡に思わず身震いしてしまった。


 そんなあまりにもすごいミラクルサプライズが起こった日から約一年後。


 コジマ夫妻やイチジョウさんの同僚、私の同僚や友人たちの手により計画された結婚おめでとうパーティーが開催されていた。


 「先輩妊婦さんのサキさんには早く伝えたい気もするけどなんかいまいち話すタイミングが‥‥‥‥」


 「まあ昨日わかったばかりだし、とりあえず安定するまではいいのではないか?今日は結婚を祝ってくれる皆に感謝しながら俺たちも楽しませてもらおう」


 人生、本当に何が起こるかわからない。


 彼は今もリサさんを慈しみ彼女の幸せを祈っている。

 もちろん私も同じだ。


 愛には様々な形があるが、究極は自分も相手も大切にすることができ、同様に尊重し合えることなのだと思う。そしてその愛の絆は目に見え、周囲にも伝染(影響)する。


 「そうね。入籍(結婚)しただけで式をあげなかった私たちにこんな素敵なパーティーを開いてくれるやさしい皆さんに一人ずつきちんとお礼を伝えに行かなきゃ」


 私のお腹をそっと撫で、腰に腕をまわした彼を見上げて微笑みを交わすとゆっくりエスコートされながら皆の元へと歩みを進めた。

 




 


 


 

お読みいただき本当にありがとうございました。

感謝いたします。

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