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第8話 噂と輪郭
午後の図書室は、静かだった。
扉を閉めると、廊下の音が遠のく。
棚は高く、列は長い。
秩序はあるが、息苦しさはない。
目録を確認し、棚を回る。
その途中で、気配を感じた。
音ではない。
視線でもない。
――いる。
棚の向こうに、人影。
背筋が伸び、無駄な動きがない。
この静けさに、自然に溶け込んでいる。
目が合う。
相手は、逸らさない。
胸元の魔法石が、わずかに見えた。
色は、周囲より濃い。
判断する気にはならなかった。
相手は視線を外し、本に戻る。
名前は知らない。
理由も分からない。
それでも、
「ここにいる理由が、自分と同じではないかもしれない」
そんな考えが、一瞬だけ浮かぶ。
仕事を終え、紙をまとめる。
振り返ると、
その人は、まだそこにいた。
静寂の中で、
確かに、誰かがそこにいた。




