第35話 沈黙と帳面
図書室の扉を開けると、奥に人の気配があった。
入口から、机の配置はすべて見渡せる。
そのいちばん奥、本棚の手前にユイが座っている。
机の上には何冊もの本が広げられていた。
伏せられた頁、開いたままの背表紙。
雑然としているようで、どれも無作為には見えない。
「……こんにちは」
声をかけると、
ユイは少し遅れて顔を上げた。
「うん」
それだけだった。
それ以上、言葉は続かない。
紙の擦れる音と、遠くの足音だけが残る。
重苦しいわけじゃない。
けれど、気軽でもなかった。
視線が、逃げる先を探していない。
そのことが、理由もなく引っかかった。
沈黙を破るように、ユイが先に口を開く。
「私ね」
一度、言葉を切る。
「まだ、やることがあるの」
理由を、確かめるべきだと思った。
事件のこと。
今朝の中庭。
謹慎という処分。
説明されなくても、
いくつかの断片が、頭の中をよぎる。
俺は一歩、前に出ようとする。
そのときだった。
「あ、エリオ」
名前を呼ばれて、足が止まる。
「あなたに、聞かないといけないことがあるの」
ユイの視線が、俺の鞄に向けられる。
「帳面」
一瞬、意味を測りかねる。
――書いた内容のことか?
そんな考えが浮かんだ直後、
「黒い紙の」
と、ユイは続けた。
……ああ。
以前、そんな場面があった気がする。
黒い紙に、視線が向けられていたような。
はっきりとは思い出せない。
けれど、偶然とは言い切れない感覚だけが残っている。
俺は黙って歩き出し、
奥の机の前まで近づいた。
ミレイアは入口のそばに残ったまま、
何も言わず、こちらを見ている。
ユイは俺を見上げて、静かに言った。
「見せて」
答えは、もう決まっていた。
俺は鞄に手を伸ばした。




