第29話 夜の中庭で
夜の中庭は、音が少なかった。
屋上から、ひとつ影が落ちる。
着地の音は軽い。
月明かりの下に現れたのは、少女だった。
明るい色の髪。整った顔立ち。
この学園ではまず見ない、和服に似た装い。
彼女は距離を保ったまま歩き、数歩手前で止まった。
「ここ、夜は立ち入り禁止じゃなかったっけ?」
軽い声。
冗談めいているが、探る響きがある。
「君は……なにものなんだい?」
彼女は答えない。
昼の出来事が、脳裏をよぎる。
あの防御。
あの圧。
そして、ユイ。
「昼のこと」
彼女が口を開く。
「あなたの目的は?」
「ん? あぁ、あれね」
ナツメは肩をすくめた。
「彼女“ら”はさ。存在しちゃダメな存在なんだよね」
言葉が落ちた瞬間、空気が変わった。
夜気が、重くなる。
ナツメはそれを感じ取る。
背筋をなぞる、嫌な感覚。
血の気が引く。
(でも、大丈夫)
心の中でそう言う。
絶対防御は、常に展開している。
「君も、もしかして……そうなの?」
彼女は一拍置いた。
「そうだとしたら、どうする?」
「そりゃあ」
ナツメは笑った。
「消さないと。ね」
彼女は、それ以上言葉を返さない。
「あっそ」
短い一言。
次の瞬間だった。
視界が、斜めに裂けた。
見えない何かが、袈裟懸けに通り過ぎる。
防御が砕ける感触。
音もなく、確実に。
彼女は一瞬だけ、蔑むような目を向ける。
それだけだ。
そのまま、背を向ける。
地面に倒れながら、ナツメは考えた。
(僕は……また……)
意識が薄れていく。
(どこかで、間違えていたの……か……な……)
夜の中庭は、何事もなかったように静まり返った。




