第21話 夜と規律
―ナツメ視点―
夜の学園は、静かだった。
月が高い。
雲もなく、光ははっきりしている。
校舎の影が、石畳にくっきり落ちていた。
足元が見えるのは助かる。
この時間帯にしては、妙に安心できる視界だ。
「……ん〜」
小さく声を漏らす。
「結界も、警備も、ほぼなし……かぁ」
拍子抜けするほどだった。
王都の学園。
規律と管理の象徴みたいな場所。
なのに、夜は驚くほど無防備だ。
門は閉じているが、魔術的な遮断は感じない。
巡回の気配もない。
「昼間はあれだけ“型”を大事にしてるのにね」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
危険な存在がいるかもしれない。
問題が起きているかもしれない。
それでも、“夜”は見ないふりをする。
この学園は、そういう場所らしい。
歩き出す。
目的は決まっていた。
――九条結衣。
彼女が、何を調べているのか。
何を探して、どこまで知っているのか。
それを確かめるために、ここに来た。
校舎に入る。
扉は、音もなく開いた。
廊下は暗いが、月明かりが差し込んでいる。
壁に掛けられた掲示物が、ぼんやりと浮かび上がる。
足音を殺す必要はなかった。
誰も、気にしていない。
図書室に向かう。
重い扉を押すと、ひんやりした空気が流れ出てきた。
本の匂い。
紙と埃と、古いインク。
棚を見て回る。
魔法理論。
歴史。
文献。
……どれも、浅い。
表に出せる範囲の知識だけ。
核心に触れるものは、最初から置かれていない。
「まあ、分かってたけどね」
肩をすくめる。
ここに“答え”はない。
彼女が調べているものも、たぶん別の場所だ。
図書室を出る。
校舎を抜け、中庭に出たところで、
ふと足を止めた。
空を見上げる。
満月。
昼間より、ずっと綺麗だ。
そのまま、振り返る。
――校舎の上。
屋上の縁に、
“何か”が立っていた。
人影。
動かない。
風にも揺れない。
ただ、そこに“いる”。
一瞬で、背筋が冷えた。
(……ああ)
これは、学園の問題じゃない。
規律でも、管理でも、
昼と夜の差でもない。
「……なるほどね」
小さく笑う。
自分が踏み込んだのは、
もっと別の領域だったらしい。
視線を外さないまま、ナツメは立ち尽くした。
月明かりの下で、
学園は、相変わらず静かだった。




