第17話 準備と視線
昼休みの中庭は、いつもより散らかって見えた。
人が多いわけじゃない。
声が大きいわけでもない。
ただ、視線の動きが揃っていない。
誰かと話していると思えば、すぐに別の方向を見る。
笑っているのに、どこか落ち着かない。
俺は記録補助の指示で中庭を横切りながら、その様子を眺めていた。
――いる。
昨日、声をかけてきた男だった。
生徒と話している。
相手は下級生らしい。
距離は近すぎず、遠すぎず。
威圧するでも、媚びるでもない。
ただ、相手の話をよく聞いているように見える。
しばらくして、その生徒が頭を下げた。
男は軽く手を振り、何か言葉を返している。
次は教師だった。
廊下の影で、短く会話を交わしている。
教師の方が困ったような顔をして、
それでも、はっきり否定はしていない。
――上手い。
そう思った。
相手に答えを言わせる前に、
「困ってるなら力になる」
その位置に立っている。
助ける側。
正しい側。
そう振る舞えば、疑われにくい。
男は、また歩き出す。
今度は、校舎の方へ。
進む先にいる生徒を、俺は知っていた。
静かで、
目立たず、
あまり群れない。
図書室にいることが多い生徒だ。
男は、その生徒の前で足を止めた。
距離は、さっきより近い。
声は聞こえない。
けれど、男の表情だけは見えた。
――困っている人を見つけた、という顔。
相手の生徒は、戸惑っているようだった。
一歩、後ろへ下がる。
男はそれ以上、踏み込まなかった。
すぐに距離を取り、何かを言って、去っていく。
強引じゃない。
でも、狙いは定まっている。
詰めていない。
準備している。
それが、はっきりと分かった。
俺は、その一連を遠目で見ていただけだ。
近づきもしないし、声もかけない。
関わる理由がない。
判断する材料もない。
ただ――
帳面に書く。
・外部の人物
・生徒、教師に接触
・特定の生徒に関心
黒い紙は、相変わらず何も返さない。
白い紙だけが、静かに埋まっていく。
昼休みが終わる。
人は散り、会話も途切れる。
男の姿は、もう見えなかった。
けれど、
学園の空気だけが、わずかに変わっていた。
これは噂じゃない。
偶然でもない。
誰かが、
意図を持って、
踏み込もうとしている。
そう感じながら、俺は校舎へ戻った。
次に動くのは、あの男だ。
――そんな気がしていた。




